第13話:現代魔術師の初日
あの手紙が挟まれていたのはいつなのか。
便箋を半分破るように開封して中身に目を通した時、舞もしていただろう不安は完全に革新へと変化していた。
サラが入ってきた時にはなかったはず、それならば答えは一つだ。
「リ、リンッ!?」
サラが驚いた声を上げる程の勢いで燐は脱いだ靴を履き直す暇を惜しんで、靴下のままでカーペットを蹴り上げてドアをあけ放つ。
そこには手紙を挟んであろう人物は誰もいないが、廊下の曲がった先には誰かの足音が聞こえた気がして再び角の先を見る。
――—その、瞬間。
バチンと雷のようなものが目の前にで弾け飛んだ。
「なっ……!?」
反射的に手を翳すが、そんな必要もなく雷は輪の内側に存在する黄色の水晶を持つ文字盤の中に吸収されていた。
威力的には大したことはなく一目盛り程度の貯蓄だが、これで魔術による干渉だということが間違いなくなった。
足音のような音もう完全に聞こえなくなっており、魔王かもしれない人影を追うのも無駄だと理解していた。
「……誰かいたの?」
「急に走っていくから驚いたわよ」
舞とサラも後を追ってきており、膝を着いた輪の様子からただならぬ事態になっていたことを直感したようだった。
「雷って言ってわかるか?」
「それくらいわかるわよ。雷ってことは……
もしかしたら先程の足音の正体が魔王だったのかもしれない。
だが、何のためにこんなことをするのかも理解不能だし、二人の身近をうろついている意味も全く繋がらない。
命を狙われたり二人の力が目的なら、もっと早くに仕掛けているだろう。
本当に魔王とはただの単純な悪に過ぎないのか。
いずれにせよ、魔王という魔術師が攻撃の意志を持っている以上は、いつかは打倒しなければ道は開けないのは確かだ。
魔王の行動は明らかに歪みのことを知っている上に、それが第三者による行動だったとしても加担しているのは疑いない。
「そういえば、さっき言ってた
ふと、気になってついでにサラに訊ねる。
魔術の種類だとは思うのだが、その数字らしい呪文が示すのは威力かバリエーションかが疑問である。
「破壊力もそうなんだけど、形状も違うのよ。例えば、弱めの炎を指定した位置に纏わせるのが
「相変わらずサラの説明はわかりやすいな、助かるよ」
「・・・・・・そ、そんなことないと思うけど」
少し照れてもじもじするサラを見ていると温かいものが胸の奥に宿る。
輪がこれだけ迷惑をかけてしまっても、距離を置くどころか自分が至らないと改めて謝罪をしに来るほどの善良な少女だ。
実はレイ院長の親戚だとかで無理を言われて出てきたらしいのだが、文句一つ言わずに最後まで付き合ってくれたことには感謝の面が湧いてくる。
こうして力になってくれる友人が出来たのは、本当にありがたいことだった。
「それじゃ、また魔導院で。リンも暴走しないように気を付けなさいよ」
サラは手を振ると最後まで二人の心配をすると言葉を残して、魔導院内にあるという自室へと戻っていった。
彼女は魔術面でも相当に優秀なようだし、あの性格なので魔導院でも中心人物なのだろうと輪は思っていた。
―――だが、魔導院に入ることになって輪と舞は色々なものを見ることになる。
例えば、サラが背負っているもの。
魔導院のある種で言えば無常なまでのシステムについて。
待ち受ける運命に踊らされ、あるいは踊ることを選択しながら二人の夜は明けていく。
三日後、
「さて、行きましょうか。こ、心の準備はいいかしら」
「どうした舞、顔が青いぞ。大勢の生徒と交流するのがそんなに怖いのか?」
「……そこまでわかっていながら言い切ったのは輪が初めてよ、おめでとう」
「気持ちはわかるけど、落ち着いていこうぜ。俺だって友達作りは得意な方じゃない」
名称は制服ではあるものの軍服と制服の中間のような紺色の纏い、顔色まで青に近付いている舞の気を紛らわそうと話しかけてみる。
クールキャラを気取ることによって交友関係が少なかった彼女にとっては今更、コミュニケーション力を求められる環境など虎の巣穴にしか見えないだろう。
かく言う輪も普通の学校ならいざ知らず、魔導院という仰々しい名前の付いた異世界での新たな居場所に不安があるのも事実だ。
レイやサラから聞いた話では現代の高校などとは違っていて、年齢は高校から大学を混ぜた程度までばらけている。
授業システム自体は輪も詳しくはないが、大学に似ているようだった。
洋館のように白い壁と屋根を持つ、先程まで宿泊していた建物を見上げると徒歩二分程度であろう魔導院へと二人は歩き出した。
相変わらず、舞は緊張してガチガチになったままだったのだが。
しかし、魔導院に自己紹介タイムがほぼなかったのが幸いした。
教官によって紹介はされるが、二人して一礼して終わる程度のものだった。
以前にインターネットで見た大学の講堂に似ていて、階段状の席形式を取っていて座席はほぼ毎回自由だ。
普通のことを責任を以って行っていれば口うるさく言われない環境なのだろうかと今の時点では推測が立っていた。
「では、朝礼は以上。鷹崎と逆無は私についてこい」
年齢以上の落ち着きを感じさせる雰囲気を持ち、髪を肩程度で切り揃えた長身の女性教官が二人を伴って近くの別室へと誘った。
部屋の中は現代とあまり変わらない印象を受け、深い色の木を使った家具等が方々に設置されている。
その中で紅のカーペットが全体の木に温かみを添えていた。
促されるままに客室であろう部屋のソファーに腰掛けると、ミレイ・イストリカと名乗った教官は値踏みするように二人を眺めた。
「さて、ようこそと言っておくべきか。話は聞いている、苦労はするだろうが支援はしよう。それぞれ、己の道を見出す為に励め」
冷たい印象さえ感じられる若いミレイ教官だが、こうして呼んだのはさすがに異世界から来た話は聞いているのでチュートリアルの機会を設けてくれたのだろう。
だが、そこまで言い終わると教官はわずかに唇の端を吊り上げると礼服に包まれた足を組んで再度口を開く。
「最初に言っておこう、ここは自由だ。そして、自由とは一部の者には絶望だ。その意味がわかるか?」
そこまで言われて、ようやく魔導院のスタンスが輪にも理解できた。
特別扱いなど期待してはいなかったが、魔導院はレイが言っていたように二人を懇切丁寧に保護する気は微塵もない。
己で才覚を示す補助はすれど、口を開けて待っている物には何も与える必要はないと教官は告げている。
確かに己の道を見い出せない者にとって、自由とは時に絶望になり得るのだ。
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