第12話:変化と便箋
ベッドに潜り込んでいる舞へと近付いていくと、ごそりと掛け布団が動く。
異世界と言えど寝具に至る考え方は同じのようだが、輪にはそれを深く考えている余裕もなかった。
彼女は楽しい時間を、元の世界に戻りたいと思う時間をくれて、ここでも暴走しかかった輪を助けてくれたのだ。
恩人には必ず報いろと言われてきた教えは体に染みついている。
「・・・・・・悪かった。関係ないなんて言われたら俺だって嫌だ」
何とか言葉を絞り出して、真正面から頭を下げた。
今日は謝ることだらけだと自分を情けなく思いながら、精一杯の気持ちを込めた。
言いたいことはたくさんあったが、今の輪に言えることはそれぐらいだ。
輪は人と話をすることはさほど苦ではないと思っているし、馬鹿にするわけではないが友人だって舞程にはいないわけでもない。
だが、正面から向き合っていると言えるのは翔だけだった。
結局の所、正面からぶつかれば相手が傷付くという気遣いの振りをして自分が傷付くのが怖いだけなのだ。
この場だって上辺だけの謝罪をするのは簡単であり、舞もきっと許してくれる。
でも、それだけでは一蓮托生と言える仲には到底成り得ない。
元の世界に戻る為にはきっと、少なくとも舞には命を預けられるくらいには信頼しなければならない。
「ここに入る前に言ったことは本当だ。だから、こんなこと言える立場じゃないかもしれないけど・・・・・・一緒に帰ろう」
「・・・・・・私も、ごめんなさい。少し言われたくらいでヘソを曲げ過ぎたわ」
もぞもぞと布団から出てきながら舞はばつが悪そうに謝ってくるが、彼女は何か躊躇うような表情をすると更に言葉を続けた。
前までの世界では出来なかったことがこの世界では出来る。
例えば、輪が素直に気持ちを口にしたりだとか。
それは彼女も一緒のようで、その後の言葉に輪は目を丸くした。
「それで、その・・・・・・私もまたあなたと同好会やりたいわ」
頬は赤く染まっていて、彼女なりに精一杯の勇気を振り絞ってくれたのであろうことは想像に難くない。
だから、彼女の話を最後まで聞くことに決めた。
「あなたが入ってくれて、本当に嬉しかったから。それに・・・・・・輪のことは、個人的も・・・・・・気に入っているのもあるし」
彼女自身も自分が何を言っているのかは理解した上で踏み出そうとしているのだ。
輪が精一杯に前に進もうとしていることを知って、それに精一杯に応えてくれようとしているのは様子を見ていればわかる。
それにこうまでして輪を気に入っていると伝えてきたと言うことは、勘違いでなければそれなりに好意を持たれているということだ。
「だ、だから、私と一緒に同好会をする為に戦いましょう」
「それはわかってるけど、相変わらず言い方・・・・・・」
精一杯の勇気で立ち上がる舞の言い回しはやっぱり面倒臭いが放っておけない。
彼女がそういう人間なのは前の世界から変わっていない。
どうしても放っておけなくて、一緒にいると面倒臭くて、それでも楽しくて。
―――ああ、そういうことか。
輪は柄にもなく、この広大な異世界で自分の身だけでなく舞を守ってやりたいと思っているようだった。
魔王が何を考えていようが、この世界で生き抜くには力が必要だ。
昔に憧れた勇者にはやはりなれそうもない。
舞が高い潜在能力を持っていたとしても守ってやりたいと、また同好会に戻りたいと思うのは自分中心的な願いでしかないのだから。
無事に関係修復が完了して部屋に戻ると、サラは二人を見て安心した表情を浮かべて宣言通りに舞へと謝罪を挟んでいた。
別にサラが悪いわけではないので、むしろ二人が心配をかけたことを謝罪し返したくらいだった。
だが、迷惑をかけたサラに輪は一つお願いをしなければならなかった。
「・・・・・・すまん、頼めるか?」
「いいわよ、それぐらい。
つまり、サラのマナを貰ってタンクに魔力の補充が出来ないかを打診したのだ。
さっきの立ち合いで吸った分の
輪は情けないと自分でも思うのだが、一人では魔術は一切使えない。
何を行うにも他人からの供給が必要となる代わりにその力は恐らくは強大だ。
「ああ、他のはまだ扱えるかわからないからな」
何となく感じたのは、あれでも
暴走しかかってしまった事については、消費する
文字盤は全部で七つ、その全てが強力な魔術としての力を秘めているならば戦力としては申し分ない。
「そりゃ、そうでしょう。リンが使った魔術ってマナを一か所に固めることで結晶化させる具象化っていうかなりの高等技術よ。普通は安定なんかしないわよ」
「・・・・・・高等って言われても基本も出来てないだろ」
「だから、こっちも驚いたわけ。だって、具象化と言えば―――」
サラが改めて色々と説明してくれようとした時だった。
カタン、と小さな音と共に手紙のような便箋が床に落ちていくのが見える。
ドアの隙間から落とされたもののようだが、輪と舞は反射的に立ち上がっていた。
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