第11話:触れずにいたもの


「俺達は別に恋人同士なんかじゃないし、することも何もない」


「ふーん、院長室まで手を繋いで来たって聞いてたけど違うのね」


そんな所まで誰かに見られていたかと思うと羞恥は感じるものの、それでサラに妙な遠慮をさせても申し訳ないだろう。

あれはあくまでも気弱になっていた舞を励ます意味合いであって、男女が好意を確かめ合う行動とは程遠い。


「そ、そうね。別に私達はただの学校に通っていたというだけの関係よ」


「ふーん、それにしては仲良いわよね。あっ・・・・・・もしかして」


サラが舞に囁いた言葉はほとんど輪には聞こえなかったが、舞を弄る類の内容であろうことは想像がついた。


「なっ・・・・・・ち、違うわ!!変なことを言わないで・・・・・・っ!!」


「そっかー、そういうことね。わっかり易いわね、マイって」


耳まで真っ赤になって狼狽する舞を楽し気な顔で眺めるサラ。

その女の子二人のいつの間にか距離を縮めたやり取りを蚊帳の外にされながらも見つめる輪である。

時間を持て余して、この世界には蚊帳の外に似た言葉はあるんだろうかなんて考える最中にあることを思い付いた。

そんなガールズトークは一旦置いておくとして、サラに確認するべきことがあったのを失念していたのだ。


輪はあえて空気を読まずに遠慮なく口を開いた。


「楽しそうな所を悪いんけど、サラに聞きたいことがあるんだ」


「あたしにって・・・・・・何かわからないことでもあった?」


意志の強そうな瞳を見たせいで最初は気が強い印象しかなかったが、蓋を開けてみればサラは心優しくて面倒見の良い性格だった。

今も舞との会話を止めて、何でも聞いてくれと言わんばかりの態度で首を傾げる。

同じ善良な人物でも見栄っ張りで素直じゃない舞と比べると、真っ直ぐで心地の良い他人への接し方だ。

無論、舞と接するのは心地が良くないという意味ではないが。


「これを見てわかることはないか?」


ずっと保管していた魔王からの手紙を見せるとサラは怪訝そうな顔をした。

街の人間曰く、この世界に魔王のような存在はいないと言うが魔導士界隈で聞けば違う意見が得られるかもしれないと思ったわけだ。

表裏を確認して、筆跡を眺めて、サラは最終的にはもうお手上げだと言いたげに肩を竦めながら紙を返してくる。


「この魔王ってのが二人を呼び寄せた張本人ってわけ?」


「ああ、俺達はそう考えてる。サラなら何かわかるかと思ってさ」


「紙は一般で流出してる物だし筆跡も知らない。魔王って名前にも心当たりは全然ないから力になれそうにないわよ、ごめんね」


「別に気にすることじゃない。サラには十分世話になったし、知っていれば程度で聞いただけだしな」


そう言って、もう一度だけ紙を眺め直すが当事者の輪にもわからない。

今になって思えば、あちらの大して友人がいない世界でも色々なことはあった。

翔のように話しかけてくれる人間はいたし、家族は海外にいる父親だけなのでしばらくは大丈夫だろうが気にはなる。

あまり顔を出さないバイト先の店長にも世話になったし、食事を奢ってもらったりもしたのを覚えている。


そして、舞との同好会は思い返せば本当に楽しかったのだ。


こうして戻れなくなって過去に自分が持っていた物の重さを思い知った。

この世界で暮らしていける可能性だって出てきたが、やはり自分達はここに本来はいるべき存在ではない。


そんな過ぎ去った思い出に浸っていた所で舞がじとーっと半眼で輪を見据えていることに気付いた。


「さっきから思っていたけど、あなたってサラにはやけに優しいわね」


「別にそんなことはないだろ。俺が舞にどれだけ手加減してるかわかってないな」


「邪険にされてるとは思ってないわ。ただ、サラには無理矢理爽やかって感じの笑顔向けてるし」


「無理矢理爽やかって単語の方が無理矢理だろ。意味はわかるけどさ」


「気のせいならいいけど、まさか―――」


「変な勘繰りをするな。それに万が一、俺がサラに惚れようが舞には何も関係ないだろ」


その発言を聞いた途端に舞は微かに寂しそうな顔になる。

輪も何故かと言えば確信はなかったものの、自分が余計なことを言ってしまった自覚はあった。

言い訳にもならないが、舞とは気の置けないやり取りをしていたせいで言い過ぎてしまったのを察したが後の祭りだ。

前の世界では触れなかった部分だったのに、異世界で色々なことがあって頭が回らなかった。


「・・・・・・あたしが一番気まずい立場ね。ま、まだリンのことよくわからないしお友達からってことで」


「悪い、あの発言は気にしないでくれると助かる。ちょっと言い過ぎた」


冗談めかして話題を切り上げたサラに対して、一言だけ謝罪しておく。

この程度の言い合いならば過去にもあったが、罪悪感がちくちくと胸に刺さって小さな痛みとして残っていた。


輪が悪いのだ、謝っておいた方がいいとは思っている。


そうは言っても何に対して謝るべきなのかを言葉に出来ないのに声を掛けるのは躊躇われたし、ふて寝だとばかりにベッドに逃亡した舞を追いかけて謝るのは気が引けた。

こういう時に素直な気持ちを全て吐き出せる性格だったらどんなに良かったか。


いや、性格のせいにするのは逃げだとわかっている。


「あたしのせいかもしれないけどさ、仲直りした方が良いんじゃない?」


サラは小声で彼女らしい真っ直ぐな正論を囁いてくる。


それは正しい、否定する隙が全くない程に。

ここで放置すればきっと二人の関係が修復したとしても棘は残ることになるだろう予感がある。

今まで触れずに上手くやってきたものと思わぬ形で向き合う機会が訪れた。


前に進む為には今のままでは足りない程の勇気が必要だが、こういう時ぐらいは彼女を見習うべきだ。


「一言だけで伝わると思うわよ。あたしも一緒に謝るから、ね?」


「・・・・・・そっか。一緒にやっていこうって話をしてるのに関係ないだろはないわ。俺、バカじゃねーか」


頭が冷えてきて、輪は自分の愚かさをため息と共に反省するしかなかった。


舞は同好会に輪が入った時には本当に喜んでいて、今までは友人がいなかった反動もあって全幅の信頼を置いてくれているようだった。

そんな相手に関係ないと言われて傷付かないはずがない。


サラは全く悪くないのに一緒に謝ろうと言って励ましてくれているのだ。


「ちょっと言ってくる。サラのせいじゃないから様子を見ててくれ」


精一杯の虚勢を張って、右手の親指を立てて慣れない動作を見せる。

向こうの世界で言うサムズアップというやつだが、この世界で存在しているかは知らない。


「何それ、何かのサイン?」


「俺は大丈夫ですっていう意味だ、前の世界でのサインだよ」


「・・・・・・ふーん。それじゃ、頑張れ」


ふっと笑って親指を立て返してくるサラに首肯を返す。

隣の部屋まで逃亡した舞を追って、一応はノックすると部屋に侵入した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る