第10話:来訪
結果的に現代魔術の正体も扱い方も知ることが出来たのはこの世界で生きていく上では間違いなく良かったと言えるだろう。
ただ、最大の問題はこれから先にどうしていくかの方だった。
「それにしても、やっぱりこの世界で過ごすつもりでいた方が良さそうね」
宿に行く前に二人は念の為に歪みがあった場所へと寄って、打つ手がないかを確認してきたが結論は変わらなかったのだ。
どうやって干渉したのかは知らないが、完全に歪みは塞がれていたので戻る術はないと舞は言っていた。
奇跡が起こって歪みを創れたとしても、それが元の世界に繋がる保証はどこにもないので当面の帰還は不可能だ。
歪みが閉じたと知った時から解っていた結論だったものの、わずかな希望を見出したのだが徒労に終わってしまった。
「ああ、とりあえずは世話になって帰る方法を探そう」
不安も恐れもないはずがなく、それは舞とて同様だろう。
だが、今は恐れるよりも生きる術を探すことが先決であり、自分が一人ではないという安堵が冷静な思考を出来る精神状態を保たせている。
そして、現状を念の為に確認するように口にした。
そこに納得してしまうと気になる点も出て来るものだ。
「そういや、この客間って・・・・・・この部屋と風呂便所くらいしかないんだな」
「・・・・・・ついにそこに突っ込んだわね」
ビジネスホテルを広くしたような部屋だが、ここで二人で泊まるように指示された以上は従うしかない。
幸いにも部屋は洋風の壁紙や仕組みは異なるものの窓、深い色の木製ベッドや家具と必要なものは揃っている。
問題は二人は年頃の男女であり、輪は同好会で絆を育んだ舞のことを憎からず思っているのは間違いない。
こればかりは天地が裂けても言わないと決めているが、容姿はもちろん彼女の性格も含めて好きな女性のタイプを聞かれると当て嵌まる所も多いのだ。
要するに意識するなという方が無理である。
「へ、変なことを私にしたら警察呼ぶわ」
「この世界に警察が存在して運よく電話が繋がるといいな・・・・・・」
「ろくな覚悟もないのに私に触れられると思わないことね。この世界風に言うなら魔導士としては私の方が強いんだから」
頬を赤く染めながら体を抱いて、輪の理性の暴走に備えた予防線を張っておく舞。
突っ込み所を探すと多数だが、まずはそこまで警戒されるような男だと思われているのが謎だった。
そして、二つ目―――
「ろくな覚悟があれば触れていいってことか?」
「・・・・・・な、え・・・・・・えっと、私を永遠に捨てないって書面付きで誓ってくれるなら考えるわ。あ、あなたのこと全然嫌いじゃないし」
冷静さを装うことも忘れて焦りを露わにしつつ赤面した舞だが、またしても少しばかり重いことを言い出す。
もう、このそこそこ重い女であることも彼女の個性であろうと納得する程に輪は現代史同好会で謎の鍛錬を積んでいた。
ちょっとやそっとの面倒臭い発言も風物詩のようなものと流せるスキルを手に入れ始めている自分の慣れが恐ろしい。
だが、最も悩ましかったのは『嫌いじゃない』という発言をはっきりと言葉にされて柄にもなく喜びを感じてしまっている自分だった。
「そうか、何となく聞いてみただけだ。気にしないでくれ」
「・・・・・・この流れであっさりと流すのが輪らしいわ」
やや不機嫌そうな表情で舞は息を吐くと、ぼそりと辛うじて聞こえる程度に愚痴らしき言葉を呟いた。
そして、二人が現代史同好会での雰囲気を取り戻しかけた時だった。
コンコン、と部屋のドアがノックされる音が響き渡る。
「誰だよ・・・・・・こんな時間に」
輪はすぐに立ち上がると鍵を開けて外の人物を確認していた。
そこには鍛錬に付き合ってくれた恩人とも言える金色の美しい髪をした少女、サラが立っている。
無論、彼女が相手であれば特に拒む必要もないので黙って入口を開けてやった。
「あ、ごめん。こんな遅くに」
「別にそんな遅くもないだろ。中に舞もいるし、入るか?」
時刻は向こうの世界で言う八時を回った所で、何か用事がありそうな様子だったので上がって貰うことにした。
部屋の中に通すとサラは開口一番、頭を下げた。
「今日は迷惑かけてごめんなさい。輪は初めてだったし、ほんとはあたしが何とかしなきゃいけなかったのに」
「・・・・・・いや、俺が考えもなしに魔術を使ったのが悪いから」
「そ、そんなに気に病むことはないんじゃないかしら。けしかけた私にも責任はあるわ」
サラはどうやらその場に立ち会った熟練者が何も出来なかったことを申し訳なく思ってここまで来てくれたようだった。
本気で輪のせいではないと考えているのが気持ちが良い程に真っ直ぐに謝罪してくる態度からも伝わってくる。
舞はレイ院長のように悪く言えば雑に扱える裏があるタイプには順応は早めだが、こういう真っ直ぐで性根の良い子相手は慣れが遅いようだ。
舞の言葉には明らかな遠慮というか踏み込み切れていない様子が滲んでいた。
「あたしが何とかする為にって院長先生にも頼まれてたから。役に立たなくて本当にごめんね」
察するに彼女が抜擢されたのはレイ院長の言う優秀さもそうだろうが、面倒見の良さや相性も考慮していたのだろう。
強い責任感に加えて自分が悪いと思ったら即座に謝罪する真っ直ぐさには素直に好感が持てた。
「本当に俺が悪いんだ。調子に乗って魔術を起動させたから。だから、気にしないでくれよ」
「・・・・・・わかった。そういえば、二人とも同じ部屋なんだ。あ、でも大丈夫よね」
このままでは解決しないと思ったのか話題を変えたサラは部屋を見回すと手をポンと打つと、とんでもないことを言い出した。
「恋人同士が同じ部屋でも問題ないわね。ま、まあ、色々とすることあると思うし」
もじもじと何を想像したの顔を赤らめるサラに対して、突っ込むのはそんな些細な妄想のことではなかった。
確かに勘違いされてもおかしくはないかもしれないが、あまりにも自然に確信されていたのだ。
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