第2話

「おーい。起きなさいいい加減に。そろそろお母さん疲れたわ。」

何故死んだはずの母の声がするのだ。あ、そっか私も死んだのか。重たい頭を無理やり動かして理解しようと整理をつける。重たい頭を動かし、重たい瞼も無理やり開ける。

「あ、やっと起きたわ。寝起き悪いの本当に変わらないのね。」寝転げたままの私を覗き込むような形で見つめてくる生まれたときから知っている顔。

「まあね、お母さんの子だから。」そう言うと母は嬉しそうに、私の大好きなクシャっと皺を寄せた笑顔と一緒に豪快に笑って見せた。ああ、久々に声聞いたな。不覚にも涙がこぼれそうになるのを必死で堪えた。そんな私を見て母は、「華が泣いてる~。」と、また豪快に笑い転げるのだ。

この人は、鈴本月子すずもとつきこ。私の実の母だ。母はとにかく自由人で我が道を行っている。自分がしたいことは思いつくままに始めるし、気になることはとことん追求していくが、興味のないことはびっくりするくらい興味を持たない。見向きもしない。まるで正反対の性格である厳格な父がなぜ母と結婚したのかと小さな頃から不思議に思っていた。

「いや、まだ笑ってるの?もう私泣いてないんだけど。」

「久々に華の顔見たら面白くて。」

なおも自分の娘の顔面白いと大層失礼だが、豪快に笑い転げている母は、私が高校2年生の時に亡くなっている。末期の癌だった。抗がん剤治療をし始めたものの、母は、「ご飯の味はしないし、髪は抜けるし嫌だ。私はもう死ぬならおいしいご飯が家族みんなで食べたいし、家に帰るのだ。」と、父と私の治療をすることへの懇願も嫌だと一点張りで、まあ、そりゃ、困らされた。けれど、母は担当医からの一時帰宅の許可を得て帰ってきて、皆で食べるご飯は美味しいと口いっぱい幸せそうに食べた。そして、せっかくなんだから三人で寝よう!と言い出した母は、動揺した父と私に有無を言わせず狭い布団で自分を挟ませ、温かいねと満足そうに笑って眠った。母は数日後、病院に戻り、朝日が差し込む眩しい病室で満足そうに笑ったまま息を引き取った。母は自由奔放だが、温かいのだ。人を引き寄せ温める力があるのだと感じていた。

「本当に最期まで自由人極まりなかったんだから。私本当にお母さんの子なのか心配になってきたわ。」

「え?そんな最期まで自由だった?あ、でもなんかそんなこと言われてた気がするわ。と言うか、あなたさっきお母さんの子だから。って言ったばっかりじゃない。」と小さな子供の様に口をとがらせて、ぶつぶつと不満を口にして意味わからないことを言っている。私は父に似たのかもしれない。

「そんなことより、私も死んだってことでしょ?お母さんが迎えに来てくれたの?」単純に母がここにいるということは、自分は死んでいる。母は天国だか、地獄だかの案内人の役目を預かったというところだろうか。こういうのって親族がやってくれるんだと感心していると、

「え?あ、違うのよ。華はまだ死んでないんだけどね?私は華の人生の動画を見せに来たの~。」

「いや、は?どういうこと?私、トラックに跳ねられて死んだんじゃないの?」

母の間抜けな声に思わず、上ずった声が出てしまった。

私は死んだはずだった。トラックに跳ねられたのは間違いないし、華と呼ばれる声を最期に記憶がないのも間違っていないはずだ。そもそも死んだ母と会っているのに自分は死んでないという事実がホラーだ。混乱する頭をどうにか正常に保とうとする。

「私の人生の動画ってなに?そんな大層なものじゃないと思うんだけど。」

「まあ、見てみなって。お母さんも見たけど案外面白いものよ。自分の目線だけじゃない、他の人から見た自分って違うものなんだって気づく。華の人生は、お母さんに比べたら時間は短いかもしれないけど、人生は時間じゃないからね。ま、とりあえず案内するから。もう一回言っとくけど華はまだ死んでないんだからね!」

私は特別有名人でもないし、そんな素晴らしい人生の動画じゃない気がするから見たくない。というのが本音だが、そんなことを言っても間違いなく自由人の母には通用しないので黙って案内についていくことにした。

やはり、死んではいないらしいので目の前にいる母が一番のホラーである。


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