残留

清野勝寛

本文

残留



 何もかもが決定的に違う。どんな人間に対してもあたしが常に感じていることだ。そんなこと絶対に口に出したりしないけれど、究極のところ人と人は分かりあえない。それは絶対にゆるがない一つの真理なんだって思う。


 高校二年、十七歳を間もなく迎える小娘が、わかった風な口を利くなって、老害共はあたしに言うだろうね。でも少し考えてみてよ、どう考えたって早く気が付いた方が何かとお得だと思わない? 地震の予測がもっと早く出来ていたら、早く逃げられるでしょ? それと一緒で、あんたら老害が人生折り返すまで気付けなかったことを、あたしはその半分にも満たない年齢で気が付くことが出来た。もしかするとあたし、天才なのかもしれない。

 つまりさ、あんたらよりも私の方が失うもの、後悔すること、失敗すること、それによって失う時間がずっとずーっと少なくて、無駄なく効率良く生きていけるってこと。

「メグー、先行っちゃうよー?」

「あ、うーん、ちょっと待ってー」

 思考を遮ったのは、家族含めあたしと一緒にいる時間が一番長いカナの声だった。教室で机の掃除をしていた手を止めて顔を上げると、廊下から顔だけ出してこっちを見ている。誰が待っていてと頼んだんだ。置いていくならさっさと行けばいいだろうが。あたしは別に一人で帰れる。

 あたしはサブバッグを肩に背負って小走りにカナの下へ駆け出した。

「今日出た数学の宿題明日までだってー。 ホントだるい……」

「だねー。宿題はせめて土日を跨ぐ時だけにしてほしいよねー」

 適当な会話に、適当に合わせる。これが案外難しくて、相槌だけだと「ちょっとちゃんと聞いてるの」となり、だからといって宿題くらいでガタガタぬかすなと正論をぶつければ「なにそれ鬱陶しいんだけど」となる。しっかりと相手の話を聞き、その会話の内容からどう言った返答が欲しいのかを読み取り、同調してやらなければならない。会話って、本当に疲れる。頼むから誰もあたしに話しかけるな。可能なら口から音も発したくない。呼吸すら鬱陶しく感じる時があるのに。


「……メグってさ、いつからそんな感じだっけ?」

「んー? なにがー?」

「いや、その話し方とかさ」

 帰りのバスは二人きりだった。夕闇が夜に留まろうとしている。こんな田舎町では車か自転車での移動が主流だから、バスなんてものを使うのは足腰の弱ったジジババと学生くらいのものだ。そのジジババの活動時間はとっくに終わっている。部活終わりの学生達が賑わう時間でも、放課後直帰する奴らでごったがえす時間でもない。あんな有象無象の中にいたら、頭がおかしくなってしまう。わざわざ時間をずらして帰ろうとしているのに、カナはいつも、なにかしらの理由をつけてあたしと帰ろうとする。

「えー何か変わったかなぁ?」

「うん、大分ね。……まぁ、さ。他の連中はどう思っているか知らないけど、私はずっとメグと一緒だから」

 何アピールだっつの。別に、いたくて一緒にいるわけじゃない。あんたが勝手にくっついてくるだけだろう。

「ふーん……そんなに変?」

「まぁ、それが今のメグだってんならいいんだけど……。キャラ作るのって、疲れない?」

 疲れるよ、当たり前だろ。わかってるなら気をつかえよ、迷惑だ。

「えー作ってないってばー。あたしはあたし。これまでもぉ……これからもっ!」

「……私はね、もしも、私の知っているメグだったら、もっと色んな人と仲良くなれると思うんだよね」

 はぁ? 誰だよ色んな人って。そいつらがあたしに何かしてくれるのかよ? 思い出なんて、生きてりゃいくらでも手に入るぞ。勝手に美化して何偉そうに言ってんだよお前は。

「……そっかぁ。じゃあ、もう少し色んな人と話してみるよ。ありがと、カナ」

「うん……ねぇ、メグ」

 何がうんだよ。どうせ仲いいメンツから省かれでもしたんだろうが。そうならそう言えよ。優しい人間のふりすんな。恩着せがましい。そんなんだから孤立すんだよ。お前はいつもそうだったよな。綺麗ごとばっかり言って、何もかも曖昧にして、困ったら逃げる。最低な人種だよお前は。だからあたしくらいしか、かまってくれる奴がいないんだよ。いい加減気付けよ。

「私は、あんたのこと好きだからね、ずっと。忘れないで。苦しかったら、いつでも言ってね」

「……ありがと」

 言い返したい言葉が百億くらいあったけど、それら全部を飲み下して、笑顔でそう返した。お腹壊したりしないかな。少し心配だ。




 次の日。今ではすっかり見慣れた光景が目の前に広がっている。机の上の花瓶。一輪の花。汚い言葉と汚い文字で落書きだらけの机。前から数えても後ろから数えても……どう数えても、そこはあたしの机だった。花瓶を手に取り、椅子を引き席に着く。ああ、せっかく昨日綺麗にしたのに、今日もまた放課後居残りだ。

 椅子の下に花瓶を置き、本を取り出すと、後頭部に鈍い衝撃を感じる。今日は硬式テニスボールだった。これが硬式野球ボールだった時は、本当に殺してやろうと思ったのに、身体が動かなくなって気が付いたら病院で眠っていたんだっけ。担任に確認すると、突然倒れて、その拍子で机の角に頭をぶつけたことになっていた。後頭部の怪我の具合を見れば、医者じゃなくてもその言い分が嘘だってことくらい分かりそうなものだが、教師も仕事だ、面倒ごとが増えるのは避けたかったんだろう。実際、変に気を使われたり、話を大きくされても困るし。あたしはあたしで、上手くやれていると思っているのだ。だって、あたしが何も言わなければ、世界は綺麗に回るのだから。

 毎度病院送りにしていてはまずいと思ったのか、硬式野球ボールだったのはその日だけだった。


 十人十色。みんな違ってみんないい。ナンバーワンにならなくても、オンリーワンになればいいらしい。ワンオールフォー、オールフォーワン。綺麗な言葉ほど、あたしには汚いものだと感じる。

 色が違えばいいってものじゃない。オンリーワンってのは、それぞれを尊重しあおうねって意味だろうが。一人はみんなのためって相互扶助の話だろうが。お前らの幸福の為に、誰かを利用していいって話じゃないだろうが。

「あ、ごめーんメグー、当たっちゃったー」

「…………もー、痛いじゃん、止めてよー」

 言い返したい言葉が百億くらいあったけど、それら全部を飲み下して、笑顔でそう返した。今日はお腹を下しそうだ。

「そのお花綺麗だねー」

「ねー、いっつも誰かが私の机においていくの。 綺麗でしょー」




 何もかもが決定的に違う。どんな人間に対してもあたしが常に感じていることだ。そんなこと絶対に口に出したりしないけれど、究極のところ人と人は分かりあえない。それは絶対にゆるがない一つの真理なんだって思う。




帰ったら、首でも括ろうかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

残留 清野勝寛 @seino_katsuhiro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ