第119話『生きていた大犯罪者』



 イルリハラン王国には、現任の王を含めて先代王に対して暴行を行った場合の刑法がある。


 刑罰の度合いは現王か前王に分かれ、前王であれば正当な理由がない限り仮釈放なしの終身刑で現王であればいかなる理由があれ死刑が言い渡される。


 唯一減刑されるのが王による恩赦で、恩赦がない限り減刑は認められない。


 四百年の歴史を誇るイルリハラン王国で王に対して事件を起こしたのは五例あり、その五例は全て死刑判決されて即日執行された。


 ただし、その五例に六年前に起きたハウアー前王への服毒事件は含まれていない。


 そもそもその事件は公式には起きていないこととなっており、この事件を知るのはごく一部の人間に限られている上に緘口令をしいていた。


 これにはハウアー前王の恩赦によってで、首謀者であるフィルミ・バーツは法に則れば死刑以外に刑罰はないのだが、六年を経てもまだ存命していた。



「――あの時、ハウアー陛下に毒を盛った首謀者はクレイムって話だったけれど、その上にいたのが相談役のフィルミだって言うの!?」



 ルィルは移動途中の浮遊艇の内でエルマから衝撃の事実を聞かされた。


 イルリハランと日本の国交条約を結ぶ式典当日に起きたハウアー前国王への服毒殺人未遂事件。幸い毒の種類と警戒していたこともあって崩御と言う最悪の状況は回避したものの、アルタランによる農奴政策の前進へと繋がった。


 公式ではクレイムによる国交妨害工作としていたが、まさかその上に国の重役が絡んでいて現任の国王に手を出して死刑になっていないことに驚きを隠せない。


 当のフィルミは円満退職として



「王室でこのことを知っているのは現時点で私だけです。シルビーや宮殿の職員も一部知ってはいますが、緘口令を敷かれて秘密となっています」


「エルマ殿下、それを自分たちに話してよろしいのですか? それはある意味バーニアンと同じくらいの機密では?」


「これから会いに行くんですから秘密も何もありませんよ」


「しかし、服毒までして国交を妨害しようとした主犯なのに投獄されないもんですかね」


 リィアがまっとうな疑問を投げかける。



「叔父上が恩赦を与えたんです。半世紀近い間支え合った間柄故に非情になれなかったんでしょうね。代わりに無人の巨木林に屋敷を立てて無期限の軟禁状態ですが」


「飼い殺しってことね。生涯自由がないのに生きる意味があるのかしら」


「けど、生きてるから活かせる何かはあります」


「そうはいっても軟禁なら情報収集は不可能では? パソコンや携帯電話と言った通信機の設置を認めるとは思えないけれど」


「もちろん不許可ですし、そもそも屋敷から手首でも出せば監視員が拘束します」


「それでどうやって情報収集するの?」


「さぁ」



 投げやりなエルマの返事にルィルは内心ムッとする。


 ただでさえ捜査に進展がなく、この活動で前に進まなければ待っているのは停滞だ。一刻も早くチャリオスの容疑の有無を確定しなければならないのに、真剣さがない返事に不満を抱いた。


「もちろん考えなしではないですよ。フィルミは別に幼馴染だから相談役になったわけではなく、ちゃんと能力があってなっています」


「……そう言われるとフィルミの経歴とか知らないな」


「フィルミは大学を出ていません。ですが知能指数は高く、それこそバーニアンと今思えばそうといえるくらいにですね。ですけど養子とかではなくちゃんとしたバーツ家系の家長で、ウィスラーみたいな隠れバーニアンではありません。優秀や天才ってだけで疑っては新たな人種差別になりますしね」


「バーニアンかはともかく、大学に行かなかったのに王宮に努められるの?」


 王宮に努めるには大卒が必須事項だ。学歴差別とされるが、いかに能力があっても学歴の有無がその人物を判断する大事な要素ではある。


「そこは叔父上の計らいで。とはいえ情報収集能力と総括的な判断は優秀なので、王に即位してから六年前まで相談役として勤めていました。なので何らかの手段で情報収集をしているはずです」


「はず、か。その根拠は信頼ですか? 国王に服毒をさせた挙句、羽熊博士らを拉致の先導までしたのに」



「彼にどんな大義があっても許されない犯罪ではありますが、国を想ってのことであるのと日本が来るまでの実績を考慮しての信頼ですよ」


「俺はテレビでしか見たことはないけど、ぱっと見そこまで優秀とは思えないけどな」


「美形がそもまま優秀である科学的根拠はありませんよ。美醜に関係なく有能な人も無能な人もいます。ほら、メディアが分かりやすいではないですが、見た目だけでちやほやされて、その裏では力不足から蔑まされているのを」


「ルィルは才色兼備だから当てはまらないな」


「……この綺麗な車内を真っ赤な血で穢すわよ」


 ルィルはそう言いながら安全装置のかかった拳銃を出す。



「冗談くらい聞き入れろ。つーか上官に向かって拳銃を向けるな!」


「セクハラの前に軍法なんて無意味よ」


「主観で全てがまかり通れば犯罪なんてそもそもねーぞ」


「冗談に冗談で返して通じないなら最初から言わない方がいいんじゃありません?」


「冗談で拳銃を見せるなバカ」


「まあまあお二人さん、いつものじゃれ合いは結構ですけどいつ狙われてもおかしくない事をお忘れなく」


「エルマ、フィルミが想像よりも優秀として、チャリオスに容疑を掛けられる情報を持ってる確率はどれくらいなの?」


 拳銃をしまいながらルィルはエルマに尋ねた。


「多分これが最後の手段だと思うけれど」


 限られた人間にしか知られていない情報を漏らしてまで行こうとしているのだ。今回がダメだったとしてその次があるとは思えない。



「……二割と言ったところですね」


 絞り出すような確率に、言葉以上に本音は低いことを案じていた。


「元々フィルミは反異星人思想……というよりは異星国家との融和政策への反対派です。そうした考えから反異星人団体のクレイムを利用しましたしね。同じ側の思想と情報収集能力の高さから、何らかの根拠を掴んでないかがいま向かってる考えです」


「確かにそれなら二割……それ以下とも言えるわね」


「私自身無駄だろうと自覚はしてます。けど、シルビーが抱えている情報屋でも出せないなら、思い当たる有能な情報源はいないんです」


「可能ならチャリオスに容疑を掛けられる情報を手にして、ダメならソレイ王にさらに懇願して王命を出してもらうほかないわけですか。博打もいい所だな」


 リィアが総括するもその通りに苦笑も出来ない。


「……エルマ、ナビの目的地がマリュスになっているけれど、フィルミはマリュスにいるの?」


 車内中央にあるモニターには浮遊艇の現在位置と右下に縮小地図、浮遊艇の進路と目的地としてマリュスが表示されていた。


 今現在浮遊艇が向かっているのは、ユーストルから最も近い浮遊都市のマリュスだ。



「マリュスにある改装した空き家です。もしかして人口密集地ではない秘密の軟禁場所があるとでも思いました?」


「秘密の軟禁ならば普通はそうかと」


「さすがにそこまでの予算は使えませんよ。マリュスはフィルミの祖父母が住んでいて、亡くなって以後フィルミが相続していて空き家状態だったんです。イルフォルンに自宅があるんですが、首謀者を首都に置く訳には行かないのでマリュスを軟禁場所にした次第ですね」


「ま、インフラの無い場所に屋敷を立てても人件費や維持費が凄いことになるし、監視する人材確保も大変ですしね。確か日本のことわざに木を隠すなら森の中と言うから妥当でしょう」


「けどそれじゃあ情報の送受信の妨害は不可能ね。何かしらの機材を集めてネットに接続できるでしょうし」


「なので情報を得ている前提で話をします。リィアさんとルィルさんはフィルミを観察しつづけてください」


「観察?」


「間違いなく知らない素振りを続けるでしょうから、言動から真偽を見極めてください」


「メンタリストなら分かるかもしれないけど、私たちはいち軍人よ? 人の嘘の見極めなんて……」


「なんとなく程度だろうな」


「それでもです」



 難題を突き付けられたがやるしかない。


 浮遊艇は地上三百メートルの上空を時速六百キロで進む。


 見渡す限り平原が続き、山もなければ巨木林も見えない。


 太陽を見れば方角が分かれど、曇りであればどの方角が来たなのかも分からないだろう。


 もし一人単身で放り出されてしまったら、生きて最寄りの友人施設にたどり着ける自信はない。


 しかしナビは正確に現在位置を表示し、マリュスへの空路を示している。


 現在進行形の話だが、情報とその蓄積こそ人類が発展した証だ。


 事件解決に必要な情報を得るため、浮遊艇はマリュスに向け全速で向かい続ける。



      *



 マリュスはこの六年で主だった二次産業から、ユーストルを中継する主要拠点へと方針転換してイルリハランだけでなく多くの国々の浮遊船を受け入れる空港へと変貌した。


 それに伴い元々入居して職に就いていた人々は空港職員への転職または移転を余儀なくされ、中継拠点とするべく空港の面積を拡大するため、多層構造として都市群の上部にドーナツ状の甲板が建設された。


 元々あった空港はマリュス入域用としてそのまま使われ、上部甲板は中継拠点として使われる。


 今回ルィルたちは中継拠点としてのマリュスを目的とせず、浮遊艇で来たことから空港を経由せずにそのまま都市群へと進入した。


「ガラスとは違う透明な板なんてここにはないからすごいわね」



 原則的に浮遊都市は多層構造は作られない。理由は下層に日光を注ぐことが出来なくなるためと、上層と下層の住民間で軋轢が生じかねないためだ。もちろん以前と変わらない日照を下層に注ぐため、甲板材質は日本製のアクリルを使われてる。


 さすがにマリュスを覆うほどとなると予算が凄まじいものになるため、日本問題でかかった費用との折半であの形となったらしい。


「日照権を侵害するわけにはいきませんからね。ガラスよりは高価ですけど、割れにくく頑丈なのが採用理由となったと聞いてます。日本から提案が来るまでは金網でする予定でした」



「最後にマリュスに来たのは六年前だけど随分と変わったわね。ユーストル最寄りの浮遊都市って謳い文句が聞いてるのかしら」


「六年ぶりってことは里帰りもしてないんですか? 旅客ロケットがあるのはここだけですよ?」


 万単位の距離を移動するには旅客ロケットが欠かせない。ラッサロン浮遊基地は大型でも発射施設はなく、遠方に里帰りをするにはマリュスを経由するしかないのだ。


「ずっとラッサロン勤務よ」


「こいつ頑なに里帰りしないんですよ。休暇を取らせても須田町にばかり行って」


「ご両親は健在なんですよね? 会いに帰ろうとは思わなかったんですか?」


「帰りたくないし、日本と関わりを持ってる方が刺激的だから残ってるだけよ」


 ルィルと両親の関係は日本転移当時から比べてより悪化していた。


 連絡を取れば帰ってこいや結婚をしろ、軍人を辞めろとルィルの意見を尊重する言葉は一切言わない。


 そうしたこともあってルィルも改善をするつもりなく今日を迎えていた。仮に肯定意見をしてきても罠としか考えてもいない。



『目的地に到着しました』



 ナビから音声が聞こえて浮遊艇が停まった。


 到着した場所は住宅地区の一角で、中流階層の人が買うかのような縦長の戸建てが左右に続いている。


 階層は五階建てで玄関は三階部分。建物の中央に玄関があるのは大半の建物の特徴だ。地面には浮遊艇用の駐車場区画があり、五階には洗濯物が落ちてもいいように窓の下に台座が設置されている。


 駐車場区画はなにも停まってはなく、リィアが運転する浮遊艇はその駐車場区画に停車した。


「……見張りはいないのね」


「ええ、ですが家屋から体一人分離れるだけで警報とスタンガンが働く腕輪をしているので外には出れません」


 リーアンにとって生態電気を狂わせる感電系の武器は致命傷になる。


 生体レヴィロン機関は生態電気によって浮遊しているため、生体電気が狂わされると空に立てずに地面に落ちてしまうからだ。


 そうした事情から脅しには十分使え、こうした軟禁には適した拘束具と言える。


「センサーは外部電源を使っているので家屋内で何を画策しても外には出られません。はずです」


 はずと付けるだけ油断は出来ない事だろう。


 過大評価をどこまでするか注意すべきだが、エルマは呼び鈴を押した。



「……お久しぶりですフィルミ。エルマです」


 カメラ付きインターホンに明かりがともるのが見え、中でフィルミがモニターを覗いているのを察してかエルマは声を掛けた。


『開いておりますよ』


 インターホンよりそう返事が来ると、エルマはドアノブに手を掛けて回した。


 確かに鍵は掛かっていなかったようで扉は開いた。


「鍵を掛けないとは不用心ですね」


「訪れる人もいなければ、盗む資産もありませんよ」


 内開きのドアを開けると、そこには一人の老人が浮遊していた。


 左手首には筋トレの重しとしても使えそうな腕輪がつけられ、室内着であろうラフな服装をしている。


 かつてハウアー前王の良き相談役として仕えていたフィルミ・バーツだ。


 六年の軟禁によってやつれているが面影は変わらない。


 ひょっとしたらチャリオスへの容疑を固められる情報を持っているかもしれない男。


「私はイルリハラン軍ラッサロン基地所属のリィア少佐だ。隣にいるのはルィル少尉」



「フィルミです。汚い家ですがどうぞこちらに。皆さんのことは監視員から聞いとります」


 秘密裏の軟禁者への訪問だ。友人宅のように気楽に訪れることは出来ない。


 気づかない間に訪問の手続きをしていたのだろう。


「どうぞお入りください」


 かつて王の相談役として職務に付き、ユーストルを中心に手を結ぼうとする二ヶ国を掻きまわした人物とは思えない物腰の穏やかさに、ルィルは内心呆気にとられると同時に警戒心を作る。


 今がどうあれ大犯罪の首謀者に違いないのだ。口車に乗せられて間違った判断をしないようにしなければならない。


 三人はフィルミの案内で屋敷の中へと入った。


 通されたのは入り口から一階上がった四階の応接間で、浮遊するソファーに腰を下ろす。


「軟禁の一人暮らしにしては掃除は行き届いているのね」


 空に立つ生活から床は汚れやすく、尚且つ浮遊する床であっても近づきたがらないから余計に掃除はされにくい傾向にある。最近ではロボット掃除機で自動掃除が主流ではあるが、応接間にそうした掃除道具は見られない。


 即ちフィルミ本人が掃除をしていると言うことだ。


「家から出られないからすることもないしな」


「趣味を通り越して娯楽になっとりますよ」


 部屋に様相を見ながら話しをしているとフィルミが飲み物をもって応接間へと入って来た。その飲み物をソファーの前にあるテーブルへと置き、その向かいのソファーへと腰を下ろす。



「安物の紅茶ですがどうぞ」


「ありがとうございます」


 先陣を切ってエルマは礼を言うとカップを手にして一口口に含んだ。


 毒を仕込まれている危機感はないのだろうか。


「しかし驚きましたな。最後にエルマ殿下にお会いしたのは六……いえ、軍務に就くと総会で紛糾した時なので随分と前ですね」


「そうでしたね。年一の王室総会では良くか悪くか王宮で会うこともなかったですし」


「最後に会ったころと比べて成長したのがよく分かります。大使として六年と異例の長さで勤めていた影響ですかな?」


「私個人としては大使は退任して軍務に戻りたいと思っているんですけどね。中々政府も外務省も私以外に任せる人材を用意してくれませんので」


「日本に関しては特殊ですからな。軍事的判断と政治的判断、さらには権威も持ち合わせなければ後手に回ってしまいます。後任としても元軍関係者か王室でなければ務まらないでしょう」


「なので外務省としても用意できないんですよ。やはり一定数で反異思想の職員もいますしね」


 フィルミは苦笑顔を見せながら紅茶を飲み干す。


「して、要件を伺ってもよろしいですかな? 何故大罪を犯して幽閉されている私に、六年以上お会いどころか接点も碌にないエルマ殿下が私との面会を希望されたのです? しかも隣にいるのはかの有名な日本問題で一線級の活躍を見せたお二人ですし」


 初手である世間話を経て、最初に口火を開いたのはフィルミだった。


 建前としてはお互いに何も知らないことになっているから、下手に情報を漏らして誘導されるわけには行かない。



 ここはエルマに任せるほかなく、ルィルとリィアはただの付き添いに徹する。


 そしてルィルは先のエルマの指示に従ってフィルミの顔を凝視する。


 顔の筋肉に目の動き。無意識な体の動きから分かることがあるはずだ。


 心理学者ではないから仕草だけで真偽を判断することは出来ないが、人として何か気付くかもしれない。そうした気持ちでフィルミの言動を見続ける。


「実は元ハウアー王の相談役として手を貸していただきたくて出向いてきました」


「大罪人である私の手をですか? それまた異例な依頼ですな。ハウアー国王はご存知なのですか?」


 情報遮断の建前からハウアー前王が崩御されたことは知らないとされる。フィルミもそれを守るため、王位が継承されたことを知らない体でハウアー前王の名前を出した。


「いえ、王は存じてません。私の独断での行動です」


「それは随分な越権行為ですな」


「いえいえ、あなたに会う権利は持ってますので越権行為ではありませんよ。正当な権利な上での訪問です」


 空気が重い。口調こそ互いに丁寧語で話していても雰囲気はとてつもなく重かった。



「……まあ、仮に越権行為であっても私に咎める権利はありませんしな。ですが、私は六年もテレビはもちろん、ネットもラジオ、投函されるチラシすら見ていないのに手伝えることがありましょうかな?」


「……」


「有益かどうかは話をしなければ分かりませんよ。フィルミは話をする前から未来が見えるんですか?」


「数多の情報は未来を見据えられる。普段口には出しませんが、私はそれを信じてハウアー陛下に仕えてきました」


「なのにあなたは、日本との融和政策に密かに反発してクレイムに情報を漏えいした。未来を見据えたのなら、今現在は当時と相違していないと言うことですね」


「分かりかねますよ。今、我が国と日本がどのような関係なのか分からないのに肯定も否定も出来ません」


「……」


 カマかけには引っかからない。



「フィルミほどの人物なら、現在の社会情勢は把握して不思議ではないと思ったんですけど」


「過大評価は嬉しいですが、通信機器の一切を没収され、窓すら開けることを禁じられている中で情報収集は出来ませんな」


「……」


「確かに一般人や二流の犯罪者ならそうでしょうけど、あなたが優秀なのは知っているし一流の犯罪者だ。ならフィルミも不可能と思われる情報収集をしていると思ったのですが」


「買い被りですよ。なんでしたら家宅捜索をしてもかまいませんよ。通信機能を持たない家電以外ありませんが」


「認めはしませんか」


「事実ですので」


「……」


 ここで認めてもらえればエルマ主導で話が進められるも、フィルミがボロを出さないばかりに主導権は互いを行き来する。


 と、フィルミは視線だけをルィルに向けた。


「ルィルさん、あなたから見て私をどう思いますかな?」



「…………愚か者かしら」


 腕を組み、数秒考えてそう感想を述べた。


「貴方にとって服毒や博士の拉致事件には大義名分があったのでしょうけど、それは貴方の主観でしかない。王にはこの国の行く末を決める権利と責任はあっても貴方にはない。貴方のことを聞いて思ったことはそれだけよ」


「中々に手厳しいですな」


「貴方は、自分がやったことを悔やんでいるの?」


「どうでしょう。常にそのことについては考えています」


 フィルミは反異星人思想ではなく日本との融和政策に反対して凶行に及んだ。


 目的こそ普遍的な政治思想だが、その行動自体は犯罪故に考えているのだろう。しかも親友に手を掛けたのだからなおさらだ。


 掴みどころのない返しに、主導権がフィルミにあることを痛感させられる。


「話が大きく変わってしまいましたな。手を貸してほしいとのことですが、私が手を貸さなければならない理由があるますか?」


「……」


 確かにフィルミの言う通りだ。手伝いを強要できなければフィルミはエルマの要望を拒否できる。黙秘をされてはルィルたちは先に進めない。



「ありますよ」


 どうエルマは返答するのかと思えば、即答でそう答えたのだ。


 さすがにフィルミを始めルィル達は驚きの表情を見せる。


 極刑が確実の犯罪を行い、それをハウアー王の恩赦で軟禁に減刑した。つまり王の恩赦でなければさらなる減刑等は出来ないはずだが、エルマはどうするというのだ。


「それは驚きな返事ですな。ハウアー陛下がそうおっしゃったのですか?」


「いえ、これは私の独断です。が、有益な話が出来た暁には何らかの見返りが出来ると約束できます」


 それこそ越権行為であり、なによりその恩赦を出すのはハウアー王ではなくソレイ王だ。何一つ根拠のない約束にはエルマを信用しているルィルも不信感を抱く。


「まさかその見返りは減刑ですかな? それを聞いて喜ぶほど盲目にはなっとりませんよ」


「『私』の言葉でもですか?」



 横目で見るエルマは微笑んでいた。営業スマイルとは違う本心から出る笑みであり、表現しがたい威圧的なものを覚える。


「これ以下がないのであれば、私が今まで築き上げてきた名声を担保に騙されてはみませんか? もちろん、必ずとは言いません。罪を償う意味で汚名を晴らすチャンスを私は作れます。そのチャンスを活かすか否かはあなた次第ですが」


「……殿下もそうれなりのリスクを背負っての発言でしょうな」


「最悪王室落ちもありえるでしょうね。けど、今はそれくらいのリスクを背負ってもフィルミの協力を乞う状況でもあります」


「ふむ……それは中々な状況ですな。まあ、見返りはともかく娯楽としては楽しめそうですね。いいでしょう、話を聞きましょうか」



 一体主導権はどちらにあるのか話を聞く限りでは分からない。どちらかというとフィルミの方が握っているのだろうか。


「先日国内でテロが起き、ハウアー陛下が崩御されました」


 初手から攻めるエルマだ。


「っ! ハウアーが?」


「……」


 まるで初めて知ったかのようにフィルミは驚きの表情を見せる。あまりにも自然で、本当に知っているのか疑うほどだ。


「ユーストルで行われた式典で大規模な爆発テロが起き、各国の全権大使及び日本の首相が被害を受けました」


「……その犯人探しを私に手伝えと言うことですな」


 苦悩な顔を数秒見せたあと、真顔でフィルミはエルマたちの目的を訪ねる。


「そうです。相談役であり優秀な情報収集能力を持ってるフィルミなら情報を持っているのではないかと思ってきました」


「まずは黙祷をしてもよろしいですかな?」


「どうぞ」


 フィルミは目を閉じて黙とうを捧げる。嗚咽しているのか震えてもいた。


 エルマはフィルミは一般人以上の情報を知っているはずと断言していたが、客観的に見て知っているようには思えない。



「まさかこんな……形で訃報を聞くとは……」


「心中お察しします。あなたと叔父上とは幼少の頃からの親友であることは知っています。だからこそ真相解明と犯人確保のために必要なんです」


「ズッ……しかし、それならばシルビーや世界各国が血眼になって犯人を捜索しているはず。私が協力できることはないと思いますが?」


「……」


「破壊規模が甚大であらゆる証拠が消滅してしまって、容疑者すら各国で見繕うことが出来ないんです。当時の状況をまとめた資料がこちらです」


 エルマは複数の書類が挟まったファイルをフィルミへと差し出した。


「見させてもらいます」


 ファイルを受け取り、表向きでは六年ぶりに外界の情報を得る。


 あくまで表向きだ。住宅区に住んで窓から外を覗ける状況で全くの無知であることはありえない。刑務所みたいに外界と完全な遮断が出来れば別だが、フィルミはそこまでの制約を受けていないから何らかの情報は得ているだろう。


 テロ関連で知れるかは知らないが。



「未知の爆薬により一メートル大の瓦礫すら残らない……テロ組織ではなさそうですね」


「表向き分かることは分かっています。裏事情を第一で考えてもらっていいですか?」


「……今はどうかは知りませんが、シィルヴァスはバスタトリア砲の発展がらみの研究に軍事費の一部を当ててます。詳細を伏せることのできる軍事機密費からで、簡潔に言えば転移技術の確立です」


 転移技術の言葉を聞いて三人ともわずかに反応を示す。


 まさにそれを求めて来たのだ。


「元々シィルヴァスは軍事技術の発展に余念がありません。日本が来る以前から秒速三千キロの壁を越えようとし、日本が来てからは倍額になったと聞いております」


「転移技術の概念自体は日本が来る前後で違いますからね。実例が出来れば取得しようとするのは当然でしょう。国ではなく組織で情報は何かありませんか?」


「組織……大学では転移直後から名門大学は始めていましたな。犯罪が絡むとなると、いくつかのテロ組織が賞金を懸けていたところで、実用化に至っているのは存じてません」


「その書類には機密上記載してませんでしたが、爆薬を運搬した方法として転移技術が使われているとほぼ確信しています」


「なんと……いや、当時の警備では身内を仲間に引き込んでおかなければ事前の持ち込みは不可能ですし、千トンもの用途不明の貨物を保管しておくわけにはいきませんからな。不意打ちで持ち込むなら転移技術は打って付けですね。日本がまさにそうでした。ですが根拠はあるのですか? 内部の映像も一切得られていないとのことですが」


「外部情報を統合して導き出しました。詳細は言えませんが整合性や論理的に考えて間違いないでしょう」



「私も同感です。が、転移による犯行となると証拠が残らない。犯人の特定は難しいですね」


「なので情報提供を求めているんです。あなたなら何か情報を掴んでいるのでしょう?」


「エルマ殿下、何度も言いますが私は通信機器はラジオすら禁止されているのですぞ。能力を評価していただけてるのは嬉しいですが、出来ないことは出来ません」


 ここまで来ると本当に知らないと思ってしまう。だが事実はどうあれ、知っている前提で動かなければ本当にこの先も動けなくなってしまうのだ。


「なんでしたら家宅捜索をして構いませんよ。半年に一度シルビーによる家宅捜索を受けているので何も出たりはしませんが」


「……」


「ラジオに関しては家にある物で作れる鉱石ラジオがあるではないですか。全く人の住まない巨木林ならまだしも、この浮遊都市で一切情報を得ずにすることはまず無理ですね。同じ生活をしても何らかの情報収集を密かにしています」


「そうは言われましてもな。してないものはしてないです。ハウアーが死んだことも今さっき知ったのですぞ?」


「……」



「僕らを騙すために知らなかったふりをすることも出来ます」


「どうしても私は全てを知っているとしたいんですね。なら逆にお聞きしたいのですが、知らないフリをする理由は何ですか。確かに私は情報収集を禁じられてますが、それを無視して刑が重くなっても終身であることに変わりはありません。ハウアーを殺した犯人を捜すのなら協力はしますが、知らないものは知らないのです!」


「まあまあ落ち着いて。私たちはあなたの敵ではありませんよ。仮に情報収集をしていたとしても、私たちには罰する権利はありませんから」


「……」


「しかしそうなると先ほどの見返りが果たせませんね。今さっきのでは大した情報でもありませんし」


「第一私に恩赦を与えたハウアーがいないんですぞ。前王の恩赦を今の王がさらに下す前例などありません。なによりソレイ様は私のことを知らないのですぞ」



「……フィルミ、あなた嘘をついてるわね」


「何です急に」


「とりあえず今ボロを出したことは置いておいて、あなたは嘘をつくと二回瞬きをするのね。見てたら上がる時と上がらない時があったわ」


「ま、瞬きなど普通にするではないですか」


「してる時がどれも『知っているのに知らない』として話してる内容だとしても? ハウアー陛下が亡くなった時でも瞬きをしていたし、情報収集をしていないと言っている時も決まって瞬いていたわ。逆に、ここに来てから一度も話してないソレイ様の名を言った時は瞬きをしていないし、当たり障りのないことでもしてない。それでも白を切るつもり?」


「お前、よく分かったな。俺は分からなかったぞ」


「仮にいまの瞬きをカマかけとして逃げてもいいけど、ソレイ様の名前だけは逃げられないわよ」


「王位継承されたのなら……いえ、資料を見てですよ」


「おかしいですね。次に継承するのはリクト伯父上で、先ほど見せた資料にはリクト伯父上の名前は載っていないはず。意図的に隠しましたから。ああ、さすがに窓の外を見て知ったなんて言い訳は通用しませんよ。喪に服している上に広告などで王位継承を知ることなんてありえませんから」



 ちなみに瞬きは本当である。映像に残せていないから証拠はないが、知らないと主張する部分で二度高速で瞬きをしていた。


 詰めが甘くボロが出てしまうのは性格で無意識なのだろう。羽熊博士を拉致の先導をした時も詰めの甘さから露呈した。


「フィルミ、私たちはお互いに敵ではないんです。共通の敵を捕らえるために協力しませんか?」


「……はぁ」


 フィルミは深い溜息を吐いた。

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