第94話『畳みかける災難』



「よりにもよって首謀者が国会議員とは……」


 佐々木総理は羽熊から先の事情聴取の話を聞いて深く項垂れた。


「あの、あくまで須川とトムさんからの話だけで証拠は一つもありません。ひょっとしたら口裏合わせで濡れ衣を掛けようとしている可能性もあります」



 鍬田の仮説は首謀者が国会議員で、日本ファースト的な政治的思想を持っていることが前提でなりたっている。ならその首謀者の枠が違う人間であれば、その仮説は総崩れとなって全く異なる道へと進んでしまう。


 あくまで二人の重要参考人の話で進めただけだ。もし二人が元からグルで口裏合わせで濡れ衣を村田に着せようとしたら、政府は冤罪をしたとして責任を問われてしまう。



「もちろん確証を得てから動くことになります。しかし村田か……」


 総理はなにか思うところがあるのか、口に手を当てて考え込む。


「……私はテレビでしか村田議員を知りません。総理から見て村田議員はそうした野心はありますか?」


「そうですね。日米安保破棄や日韓関係の日本優位のリセット、帰化した人の被選挙権無効と、外国人に対して排他的な考えを持っているのは確かですね」


「そんな人が国会議員をしているんですか?」



 日本はほぼ単一民族で外国人への排他的な考えを持つ人は一定数入る。しかし鎖国が出来た数百年前と違い、現代で単独で国家活動は不可能だ。それぞれの特徴を踏まえた貿易をして世界経済は回っていた。


 レヴィアン対策で数十年のあいだ世界が一致団結したのが良い証拠だ。


 その逆を国会議員がするとは、個人の思想としては自由でも立場上主張していいものではない。



「時代の流れに逆らう人、転移以前の日本の国際関係を嫌う人は少なからずいますからね。そうした人たちの支持を得て当選しているのでしょう。それに組織にはそうした流れとは逆を考える人は必要です」


 全てが同じ方向に進めば楽ではあっても、間違った方向に進み続ける場合がある。民主主義の観点からも一定数反対意見を持つ人は組織として必要だ。



「では村田議員が黒幕でも不思議ではないと」


「ない、とは言えませんね。それとその親が厄介でもあります」


「親?」


「博士、ここからの話は一切他言無用をお願いします」


 佐々木総理の顔が暗い。直感で、一般人が聞いていい話ではないと想像できた。


「例の件と同様墓まで秘密にします」


「村田一郎の親、村田剛太と言うんですが、あらゆる分野に強い影響力を持ってましてね」


 そこまで言って総理が何を言いたいのか大体察した。


「自身が国会議員で、その親の影響力の下にいるわけですか」



 総理は何も言わない。つまりは肯定。


 転移前にネット界隈で現れ、テレビでも出たことがある上級国民だ。


 現行犯であっても様々な理由から逮捕されず、罪を犯してもそれが公にされずもみ消されることもある。


 法治国家ではありえない話だが、ネットでは警察によるもみ消しは目にするし、ドラマでもよくやっていることだ。


 現実でも明らかに相応のことが行われる事件もあるが、まさか国家転覆級のテロをするとは驚きを通り越して唖然とする。



「……これ以上は私が関わっていい案件ではないですね」


 政界の闇。興味本位で首を突っ込んでいい話ではない。


 一応政府関係者であっても、羽熊は国政には元来無関係の人間だ。下手に関わりを深く持って沼に引きずり込まれても困る。


 羽熊はあくまで異地関連の相談役としてここにいるのだ。


 非情や薄情と言われても、内輪もめで連帯責任は負えない



「私もこれ以上博士を巻き込みたくはありません。あとのことは我々に任せてください」


「そうさせてもらいます」


 きっぱりと羽熊はこのテロ事件に対して関わらないと宣言する。



「では私は戻ります」


「ゆっくり休んでください」


「と言っても四時間後には起きないとなりませんが」


 総理の睡眠時間を削っておいてなんだが、起きて待っていたあたり来ると思ったのだろう。


 または眠るに眠れなかったか。



「博士はそのまま〝ひたち〟で休んでください。腕の様子もありますし、トムや須川も明日以降の観光には参加させませんので」


「警護は大丈夫ですか? 分散してしまうと拉致事件とか起きたりは?」


「公表しなければ分散しているか分かりませんし、駆逐艦による護衛も継続します。危険度で言えば観光しても留まっても変わらないかと。ここも地球での海外と危険のほどは変わりませんよ。博士が一番それをご存知でしょう?」


「……異星人で区切る意味はないですね」


 ここ数時間疑い続きだ。痛いところをまた突かれて苦笑いをする。



「曲がりなりにも異星人を信頼してここまで来ました。異星人である私たちは常にその危険と背中合わせで生きていかなければならないので、どこかで踏ん切りは必要ですよ」


「そうですね」


 地球人もリーアンも関係ない。善人もいれば悪人もいる。日本国内だって善人がいれば悪人もいる。


 誰でどこであろうと変わりないのだ。


 日常生活では稀に犯罪に巻き込まれる可能性があり、たまたま巻き込まれず生活をしている。


 異地社会とともに生活をするのも同じだ。



「では今日はここに残って休みたいと思います」


 短期間で不確実のことを聞きすぎて疑心暗鬼に陥ってしまった。


 少し頭を冷やさなければ負のスパイラルに陥って誰一人信じられなくなる。


 いや、実際に多くの人に疑いの目を掛けてしまっている。


 時間的に遅いが、ほぼ丸一日煙草を吸っていないから一服だけしてすぐ寝てしまおう。



「夜遅くにすみませんでした」


「いえ、きっと来ると思っていました。それにテロを身を挺して防いで頂いて感謝の言葉しかありません。今回のことは全てこちらに任せ、ゆっくりとお休みになってください」


 羽熊は深々と総理に頭を下げて部屋を後にする。


「これでようやく終わりだ……」



 少し痛む左腕を上げてスマートウォッチを見ると、深夜二時半を過ぎていた。


 須川のテロが起きてから七時間も経ってしまっている。


「一服したら寝よう。朝食はいいや、とにかく寝る」



 スマートウォッチに搭載されているアラームを解除し、体が求める限り惰眠を貪ろう。


 とはいえ普段から決まった時間に起きているから、いつ寝ても体が習慣で勝手に目が覚めてしまうだろうが。


 最後に吸ったのは昨日の観光をする前で、それ以降は禁煙からしていない。さすがにストレスが強く、依存症やら中毒と言われようとも吸って頭をリフレッシュさせたかった。


 このまま部屋に戻って寝てしまった方がいいと頭では分かっていても、欲求には逆らえず足は喫煙室へと向かった。



 さすがに深夜二時半ともなると外に出る人はいない。なにより〝ひたち〟に娯楽施設は展望台くらいで、旅客船のようなゲームセンターや自動販売機類はなかった。


 元々〝ひたち〟は異地の旅客船で改修前にはあったが、日本人仕様に改修する際に娯楽施設は取り壊して客室にしてしまっている。


 だから部屋から出てもすることは限られ、夜間に目が覚めても外に出る人はないと言っていい。


 そんな無音な廊下を靴音を響かせながら歩き、〝ひたち〟に乗船してから幾度と行き来している喫煙室の戸を開けた。



「え?」


「あ……」


 トムが喫煙室にいた。


「は、博士、こンな時間にタバコですカ?」


 別に羽熊を待っていたのではなく、自身が吸いに来ていたようだ。リラックスした様子で一服しており、視線をかわすや慌てだす。


「色々あったので、寝る前に一服しようと思いまして。お一人ですか?」


 左右を見ても見張りのSPは見られない。



「はい。逃げ場がなイノと、今のところ首謀者の身内と言うこトデ一人で移動しテも問題ないそうです。琴乃さんは精神的に難しイとのこトですが」


 空中に滞空する飛行艦から一人逃げ出すことは出来ない。身元がはっきりしているから日本に戻っても逃亡の心配はない、などから船内での移動は自由なのだろう。


 逆に被害届を出さないとはいえ、実行犯であり情緒が不安定の須川はさすがに移動は禁止らしい。


 つい数十分前に分かれ、また会うとは思っていなかったばかりに少々ばつが悪い。



「吸わないノですか?」


 数秒フリーズしているとトムから指摘を受け、ハッとしてタバコをポケットから取り出した。


「ふぅ」


 火を点け、一呼吸して吐き出す。


 二十時間ぶり且つ、激動の数時間を過ごした後に吸うタバコの味は別格だ。



「博士、何と言えバいいノカ……」


「巻き込まれた側であれば謝ることありませんよ」


「いえ、そレでも夫として責任はアリます」


「トムさんは須川の夫夫といいますけど、ノアの指示で結婚をさせられたのでしょう? どうしてそこまで須川の味方を? 普通ならすぐに切ってもいいと思うのに」



 あの場では聞かなかったが、羽熊の中でそこが一番気になっていた。


 いくら夫婦はいかなる困難な時でも手を取り合って助け合う契りを交わすとはいえ、それは生涯の愛を誓いあってのことだ。知り合って間もない二人、しかも片方がテロを起こしたのに助ける義理はあるだろうか。



「そう言えばトムさんは今回以外で結婚はされていたんですか?」


 トムは常に敬語で話すも年齢は五十から六十近い人だ。貿易会社の社長でもあるから結婚していても不思議ではない。


「してイマした。妻と娘が」


「いました、ですか」


「謝らなクて大丈夫です。前妻と娘はレヴィアン問題が酷いときに事故で亡くなりマシた」


「お悔やみを申し上げます」


「ありがとうございます」



 小惑星レヴィアンの落下で世界中が世紀末となった。民度の高い日本でも全域とまではいかないし、須川のように借金をしてでも経済と言う筋は通す人が大勢いた。


 それでも一部の人は暴徒と化して暴れまわり、辞職しなかった警察や自警団と衝突が起きたりもした。自暴自棄になって車を暴走させてひき殺した事件も少なくない。


 トムの前妻と娘はその混乱時に命を落としたのだ。


 資金巡りで死んだ人を除き、暴徒関連で亡くなった人は五十人を超えると言う。


「だとしたら尚更分かりません。交際ならまだしも、ノアの指示でも見知らぬ人と結婚なんて普通しませんよ?」


 交際なら近づくのも離れるのも自由だが、結婚してしまうと簡単にはいかない。書類一枚での繋がりだが、その繋がりは紙のように軽くない。



「ドナタカイマスカ」



 不意にノック音が響き、マルターニ語で声が掛けられた。


「え?」


「……ハイ、イマス」



 意味が通じる羽熊は返事をするも、トムは意味が分からず首を傾げた。


 返事をするとドアが開き、男性リーアンが顔を覗かせた。


 日本語未修得の外務省職員なのだろう。日本語を使うそぶりもなく話しかけてくる。



「突然デスミマセン。急ナとらぶるガ発生シタタメ、至急移動ヲオ願イシマス」


「博士、どうかしましたか?」


「トラブルがあったので移動してほしいと」


「トラブル? なにも感じマせんガ」



 トラブルと聞けば船体トラブルと思う。しかし微振動も感じない事からレヴィロン機関に問題ないのが分かる。


 少なくとも船からの脱出ではなさそうだ。


 とはいえ従わざるを得ないから、羽熊たちは一服を中断してタバコを灰皿へと捨てて外へと出る。



「一体何があったんですか?」


 羽熊は日本語で声を掛ける。


「……」


 リーアンは答えない。


「……一体何ガアッタンデスカ?」


 怪訝な口調でマルターニ語で問う。


「侵入者ガ船内ニ侵入シタト情報ガアリマシテ、船内ヲ見回ッテイマス。モシ拉致目的ナラ、オ二人ガ危険デスノデ」


 そう説明しながら進むリーアンの後ろを羽熊とトムはついていく。



「侵入者デスカ。ナラ警報トカ鳴ラサナクテイインデスカ?」


「侵入者ヲ刺激シタクナイノデ」


「……トコロデ、ドコニ連レテイクツモリデスカ?」


 羽熊は次第に歩く速さと歩幅を狭め、リーアンから距離を取る。


「部屋デス」


「私ノ部屋ヲ知ッテイルト?」


「ハイ」


「日本語ヲ知ッテイナイノニ、ドウシテ部屋番号ヲ知レルンデス?」



 各部屋に刻印されている部屋番号はアラビア数字で、マルターニ語は併記されていない。これは〝ひたち〟に乗員する人は全員日本語が分かるからだ。


 侵入者を追って外部から来たなら、尚更日本語が分かる〝ひたち〟乗員との協力が欠かせない。なのにいるのは日本語が分からないリーアン。


 疑わない方が無理な話だ。


「博士、どうしました?」


 一切流れが分からないトムが聞く。



「……多分、いえ、間違いなく乗員……いえ、味方じゃないです」


「え?」


 不審者リーアンは移動を止め、ゆっくりと無音で振り返る。


 宙に浮いているから一切音がしないから、見る人によってはホラーにもなる。効果音があればなおさらだ。


 その不審者リーアンは、無表情で不気味さまで感じられた。


 直感で危険だと察した羽熊は踵を返そうとした。



 瞬間。



 体に何かが巻き付いた感触と、コンマ遅れてそこから頭と足に向けて衝撃が駆け巡った。


 激痛と衝撃が全身を満たし、さらに手足が硬直して羽熊は声も出せずにその場に倒れる。すぐ後でもう一度倒れる音が聞こえた。トムも倒れてしまったのだ。


 体に巻き付いた何かがスタンガンのように電気を流しているのまでは分かったが、身動き一つとることが出来ず、そのまま顔に袋を被せられた。


 そして巻き付いた何かはレヴィロン機関を積んでいるのか、宙に浮いてその部分だけで体が持ち上げられる。


 幅数センチで全体重を支えるため、鉄棒に腹からぶら下がっているような尋常ではない圧迫感が腹部に来る。


 苦しいのに声を出す事も出来ない。


 胸ポケットに入れていたタバコが床へと落ちたのが感触で分かる。



「~~~~~」



 少ない人数ながら〝ひたち〟の中をイルリハラン兵は巡回しているはずだ。その人達に気付いてもらえないか藻掻くも、電流は今なお流れて痙攣しか出来ない。


 電流が途切れた。


 だが初めての電気ショックに体が言うことを聞かない。


 慣性から移動を始めたのが分かる。


 こうなることは可能性としてないとは思ってはいたが、それは名簿に載っていない鍬田であった。まさか自分がこうなるとはさすがに想像していない。


 もちろん誰一人被害に遭うことなく終わるべきだし、鍬田に怖い思いはしてほしくなかった。


 しかし、テロが起きた当日に拉致事件が起きるとはなんという不運。


 助けを呼ぼうにもなにもできず、羽熊とトムは謎のリーアンに人知れず拉致をされてしまった。

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