第93話『日本ファースト』

「日本ファーストが村田の目的……もしかして、混乱前に一時話題になったフィクションの異世界無双的なことかい? さすがに文明水準が同じで無双は無理だろ」



 そうした話が人気になっていたのは知っているが、それは文明格差が大きいから出来ることだ。水準が同じならその道のりは険しく、それが出来るなら地球で新興国を相手に日本がしているだろう。


 強いて言えば中国が当てはまるが、上手くいっていないのは誰もが分かる。



「違います。もっと言えば日本人至上主義ですね。白人至上主義みたいな感じで、日本人の日本人による日本人のための国造りとでも言いましょうか。んー、一言で言えば国内から外国人を追い出そうとしているんだと思います」



 鍬田が閃いた答えに、一番驚いたのはトムであった。


「な、ど、どうシて!?」


 この短時間で様々なことが起きて、トムの心境は大混乱だろう。


「今までのことを全部線でつないで、その先を想像するとそう考えられるんです」


 鍬田は説明を始めた。



「もし狙い通りにエミリルに大けがを負わせたら、確実に日イ関係に亀裂が出ますよね?」


「そうね。日本を招待したイルリハラン政府の顔に泥を塗るし、日本政府も自分が選んだ人が凶行をしたとなったら今までの態度は取れないわね」


「最悪断交、良くても何らかの経済制裁があると思います。多分輸入のストップですかね。そうなると日本の世論は政府を叩きますよね。政府が選んだ人が怪我を負わせたのだから当然です。単なる傷害事件ならまだしも、王室相手なら辞職もやむなしでしょうか。そこまでやって実名報道がされないはずがないから、闇落ち女の名前もトムさんの奥さんをしてることも知られると思います」


「っ! アークへのバッシングか」


「そうなると外国人の人への評価が変わります。国内での事件ならスルー出来ても、重大な国際問題レベルのことをされたらスルーした人も出来なくなります。ましてや外国人であるトムさんの妻がしたとなったらさせられたと思われても仕方ないですし、体の痣で無理やりさせられたと言っても通じてしまいます」



 真相はどうあれ、煽ることを得意とするメディアが連日報道すれば外国人の印象は反転する。


 ただでさえ経済の立て直しを図っている中での印象操作だ。風評被害を避けるために企業は外国人従業員を解雇することもありえるし、差別的な言動も増加していくかもしれない。


 いや、間違いなく増える。



「外国人へのヘイトを高めるためだとしても、追い出すのは無理なんじゃないかな?」


「そのためのアークですよ。村田がノアとしてアークへの影響力を残したのがそこにあると思うんです」



 瞬間、羽熊は鍬田がどう論理付けたのか理解した。



「そうか。ユーストルで活動させやすくするためにアークを作って、アークに問題を起こさせたのか。さすがに村田が政権を取る可能性は低くても、この騒乱に便乗して外国人を追い出す政策を持つ政権が取れば……」



 内外で国外に出すよう仕向ければ着実に進めることが出来る。



「もちろん完璧には無理でしょうけど、きっかけにはなりますし、私の考え通りなら首相の座も狙ってますね。それで批判を最小限に外国人を追い出す下準備が出来ます」



 七年前、日本が史上初めて憲法改正したきっかけは、中国海軍から放たれた一発の砲弾だった。そのきっかけから世論に火がついて二年後に世界一改正が困難な日本国憲法改正は成された。


 しかも日本は戦後直後、日本人に前向きなキャッチフレーズを使って開拓困難な某国に移民をさせてもいる。それらの前例から、困難と言える外国人籍の排除は不可能とは言い切れない。


 数年と時間は必要だろうが、排除の流れが起きれば逆に止めるのが難しくなる。



「ですが、それヲする前に日本が干上がってしまイマす」



 鍬田の考え通りに事が進んでも、実行出来るまでに数年は掛かるだろう。


 その間に日イ関係が終われば資源が入らず、日本は静かに干上がっていく。百数万人の口減らしが出来るとしても、それをするにはあまりにも遅い。


 しかし鍬田は話を続ける。



「イルリハランとは無理でも、他の国はあるじゃないですか。異星国家って資源があれば貿易は出来るでしょうし、百万人を使って結晶フォロン採掘事業も出来ます。なにより日本にはアレがあります」


「アレ?」



「核兵器です」



 あまり女性の口から出ない言葉に、羽熊は唖然とした。そこまでは考えていなかったからだ。


 思い返せば鍬田は防衛省の官僚の娘だから多少なり知識があって当然だ。



「核兵器を使えばユーストルを占領することは出来ますからね。結晶フォロン独占できれば周りは従うしかないですし」


「いやいやいや、鍬田さん、さすがに核兵器は突飛過ぎだよ」


「もちろん周りを全員敵に回しますけど、日本以外どうでもいい考えならどうです?」



 鍬田の考える村田の人物像は、日本民族主義者でその他はどうでもいい考えだ。それなら外国人を排除した上で異地社会を敵に回してもいい発想になる。


 しかしそれは超短期間で異地社会をひれ伏す環境に持っていかなければならないし、人や資源不足からしたところで世界大戦が起きて日本は数日で焦土と化すだろう。


 羽熊は異地社会の情勢を知っている。


 いかに日本の持てる全戦力を出したところでそんな未来はまず訪れない。事前に最適な使用法を決めて実行したところで確実に人は生き残り、生き残った国と人が日本を総攻撃するだろう。


 なにより、国力がどれだけ高かろうと世界から嫌われて栄える国はないのだ。



「初めて日本が転移した時に警戒したことを今更しようとするなら、それは戦略家としても司令官としてもバカの一言ね」



 鍬田の説明をルィルが一刀両断する。



「鍬田さんの話はありえそうだけど、最強兵器を持ちだすならそこまでね。仮に核兵器を使うまで計画の内だとしたら周りが絶対に止めるわ。威力や電磁パルス、放射能の影響が甚大過ぎて自分の首も絞めてしまうもの。それでも使うなら独裁者レベルまで権力を握らないと無理だし、日本の政治体制でそれは出来ないわ」



 ルィルの分析は的確だ。いくら核兵器で脅すにしろ使うにしろ周囲が必ず止める。村田が核兵器を最終目的に日本を貶め、外国人を追い出そうとしても、国会議員全てが村田の味方でなければ不可能だ。



「もちろん総理大臣が発射権限を握るような法律が出来れば可能かもしれないけど、出来るの?」



 一議員である村田がそこまですることは出来ないし、見た限り四十歳にも満たない。愛国心や野心は認めてもそこまでだ。


 核兵器にアレルギーを持つ日本が、失言程度でコロコロ変わる一人の人間に発射権限を与えるはずがない。全会一致や国民投票と言った責任の分散化をしなければまず使用は出来ないだろう。



「まあ核兵器部分はちょっと熱くなって調子に乗っちゃったけど、外国人を国外に追い出そうとしているのは合ってると思う。じゃないとアークを作ってアークを貶めようとする説明が出来ないから」


「とはいえ状況からの推測だからなぁ。仮にそうだとしても王室を狙うようなことはもうできないし」


「そうですね。五日目の夜に『別れの晩餐会』を開くけれど、一人での移動は原則できないから二人目の刺客がいても何もできない。それにもう王室は観光に関わらないから、最悪が起きても国際問題にはならないわ」



〝ひたち〟や日本人用バス型浮遊艇以外では、日本人は原則として浮遊するコンテナや浮遊する家具に座る。移動は全てリーアンに任せるため、どう頑張っても秘密裏な行動は出来ない。



「鍬田さんの考えを否定するつもりはないけど、元々須川が近寄って来たのが俺と結婚するのが目的だったなら、無関係になるアークを貶めるのは出来ないんじゃないかな」


「いえ、初詣の時にアポなしで会いに来たじゃないですか。もしアークに関与させるつもりだったらどうです?」


「それなら関与したことにはなるか。もしアポを取って話をしたとしても乗っかるかは分からないけど……」



 とそこでだいぶ前のことを思い出した。



「そう言えば大分前に知り合いの外国人にアークの勧誘されたことがあったよ。もしかしたら今回のことを踏まえてだったのかな」


「それ、もちろん断りましたよね?」


「誘われる前に断ったよ。その時はまだまだすることが沢山あって名前貸しすらできなかったからね」



 それ以来ほとんど接続地域から離れていないから、アークとしてはコンタクトを取りたくても出来なくて平和だった。思い返すと観光最終日でも声を掛けられている。


 今更ながらその時からこの計画を考えていたのだろう。


 符合する部分が多く、あながち鍬田の仮説を否定しきれない。



「仮に鍬田さんの想像通りな計画を立ててたとしても、それで日本が幸福になれるわけないんだよな」



 多少の痛みを強いても大成するのが村田の考える日本ファースト計画だとしても、周囲を敵にして繁栄など出来るわけがない。


 ユーストル全域を恒久的に支配するシステム作りが出来れば、日本ファーストは出来るが全世界から嫌われるのは必然だ。結晶フォロン欲しさに言いなりになりかねないが、全方位からバスタトリア砲の集中砲火を受けても不思議ではない。


 村田の考える日本ファーストは、これまで日本政府が地道にゼロから築き上げてきた異地社会との協力体制を根底から破壊する。


 転移してから今日までの努力をゼロにするのだ。


 さらにハーフ問題など世界の闇を知ってるのもあって、確実にアルタランは日本殲滅を決めるだろう。



「第一、核兵器を使って脅しは出来ても実効支配は出来ない。量産が出来ないのに数十発しか使えない兵器で支配なんて出来やしないぞ」


「そうね。戦略的にも直径四千キロ。円周で一万二千五百キロをカバーするなんて不可能だわ。ユーストル全域でフォロンを無くせば可能でしょうけど、そんな技術は存在しない」



 フォロンがなければ異地は浮遊することが出来ない。だが不動で放射線のようにあらゆる物質を通過する気体フォロンを消す技術には異地にはなく、当然日本が持っているはずもない。



「核兵器については資料を見た程度だけれど、戦略的に言うなら近隣国家の首都指定浮遊都市近辺で起爆。電磁パルス範囲内の浮遊都市を落とした隙に実効支配ね。ラッサロンに使うわけにはいかないから総攻撃で落とす必要があるけど、日本軍の戦力では厳しいわね」



 ラッサロン天空基地が運用する駆逐艦の数で言えば海自の護衛艦といい勝負をしている。奇襲をかけて基地に攻撃をしても、五キロもある広い浮遊物体を落とすのは困難だろう。


 国防軍は守るのに秀でても攻めるのは苦手だ。しかも天空島は安全上バックアップが複数ある上に、アメリカ並みの領土を一島で守っている。


 日本的に言えばアメリカ海軍の空母打撃群が基地ごといるようなものだ。



 奇襲をかけてようやく五分五分だろう。その上でユーストルを恒久的に実効支配するにはかなりの覚悟が必要とされる。


 中国ならあっさりと実効支配の決断をしてしまいかねないが、日本でそれをするには考えも実力も厳しい。


 しかし、日本にとって過去のしがらみを一切合切振り切った絶好のタイミングでもある。


 過去百年間、日本に関わる諸外国の関係を良し悪しに関わらず全て絶ち、完全なるゼロからのスタート。



 アメリカは世界の警察。中国は世界の工場。日本は世界のATM。


 そうした流れを断ち切ったからこそ、強国としての尊厳を村田は作りたいのかもしれない。


 このままではイルリハランがアメリカの代わりをしかねず、異星国家ゆえに戦後日本よりも立場が弱くなる。それを避けるため、異地社会のアキレス腱となるユーストルを武力で掌握し、労働力として日本国籍以外の人材を利用する。


 愛国心を大義名分にした独裁的な戦略だ。



「まあここで空論を重ねても答えは出ないし、実際のテロは失敗したからひとまず安心かな。失敗した須川は大変だろうけど」


「そうですね。次の機会を待ってまた仕掛けると思いますけど、とりあえず闇落ち女は村田にボコボコにされるのは間違いないですね」



 頑なに鍬田は須川の名前を呼ばない。


「出来ればもっと話をしたいところだけど、もう日付も変わった遅いからここまでにしましょうか」



 日付はもう変わってしまっている。ヴィッツからこの瞬間まで気を休めることなく来てしまい、緊張から疲労や眠気はないが心身ともに相当に疲れているはずだ。


 もう少し話をしたいが、第一の目的である動機は聞けたのでここで終わることにした。



「そうですね。言いたいこと全部言えたんで、私も戻って寝ます」


「二人が戻るなら私も行くわ」


「トムさん、突然押しかけてすみませんでした。私たちはこれで戻ります」


「博士、本日、あイえ、もう昨日ですか。妻が申し訳ないコとをしマシた」


 トムは改めて羽熊に頭を下げる。


「最悪の事態にならなかったので良かったです。もしトムさんが黒幕なら違う考えをしますけど、無関係ならトムさんも被害者ですから」



 真相が分からないため、牽制とフォローを同時に入れる。


 論理的に筋道を立てるのと合わせて羽熊の勘だとトムは無実だ。しかし信じすぎて痛い思いはしたくないので、一応のストッパーは掛けておく。


 考えたくはないが鍬田もだ。


 絶好の機会を逃してしまった以上、万が一鍬田が第二の刺客だったとしても日イ関係を壊すことはもうできない。羽熊や政府側の信頼を得るために無関係を装うことはありえても、千載一遇のチャンスを逃してまで次に活かそうとするのは単に臆病なだけだ。


 または、本当は刺客だったけれど土壇場で怖気づいて保身に走ったかである。


 なんであれ、何もしていない鍬田を責めることも疑うこともしたくない。



「須川」


 結局須川は一度も布団から出ることはなかった。


「真偽はどうあれ、色々と話してくれてありがとう。約束通り、俺の腕を刺した被害届は出さないから」


 須川に対する思いは鍬田が全て吐いてくれて感情としてはもうなにもない。よって淡々と言うことだけを言って部屋を後にした。



「ふぅ……」


 静寂な通路を歩きながら羽熊は肺を空っぽにするかのように息を吐きだした。


「洋一さん、大丈夫ですか?」


「この数時間色々とあったからね」


「そうですね。まさか国会議員が黒幕かも知れないなんて」


「君が思いついた日本ファーストもね」


「あれはこれまでのことと、最悪が起きたことを考えたら思いついただけで……ひょっとして、ミスリードを狙ってるとか思っちゃいますか?」



 自分が犯人であれば間違った結論に誘導することがミステリーではよくある。鍬田は一応総理から二人目の刺客と疑われているから、言い過ぎてしまったのではないかと俯く。


 そんな鍬田の頭を、羽熊は怪我していない右手で撫でた。



「俺は君疑うのは、決定的な証拠が出た時と自分からそうだと話してくれた時だけだよ。周りがどれだけ疑わしいって言われても、確証がないなら最後まで信じるよ」


「……うれしいです」


 言って鍬田は羽熊の右手を握りしめる。


「知り合ってまだ一年も経ってないけど君の性格は知ってる。何か企んで知られないようにすることはできないよ」


「そうですね。嘘は顔に出ちゃうのでついてもすぐにバレちゃいます」


「だからミスリードを狙ってるとは思ってないし、日本ファーストの可能性は十分あると思う」



 点と点を繋ぎ、その先を想像した可能性に過ぎないものの、ありえないと断言はできない。


 羽熊もこれまで点と点を繋いで可能性を出しては真実にしてきたのだ。否定する材料がないなら否定はしない。


 問題はどうやって仮定を肯定する証拠を出すかだ。



「でも言った私が言うのもなんですけど、いくら日本ファーストを実現しても、外国人や異地社会から嫌われていいんですかね」


「戦後日本をリセットして、戦前の日本。大日本帝国を目指してるならないわけじゃない」


「そんなに昔の日本は強かったんですか?」


「戦後の日本とは真逆だからね。国民性こそ変わってはないけど、保守的よりは攻撃的だったのは間違いないよ」


「よくあの戦争で牙を抜かれたって聞きますけど、村田は牙を付け直そうとしてるんですかね」


「日本列島はその見た目から龍に見えて、戦争に敗けてその龍の牙を抜かれた。今回で牙を付け直そうとしてるのかもしれないね。まあ牙は牙でも入れ歯に過ぎないけど」


「洋一さんは、そうしたほうがいいと思いますか?」


「俺は日本は元々強い国だと思ってる。弱い国ならイルリハランにしろレーゲンにしろ、異地社会に言いなりになってたさ。日本が強い国だから異星国家でも主権を残して渡り歩けてる。もし大日本帝国で転移したら、多分逆になってたと思うな」



 さすがに大日本帝国は知識でしか知らないから印象による想像でしかないが、転移したのが日本国でなく大日本帝国だったら平和的外交ではなく武力的外交をしていた可能性がある。


 村田は仮説通りならまさに武力的外交をメインとする日本にしようとしているのだ。



「まあ、ここから先は政府の問題。俺たちが出来ることはないよ」


「そうですね。あ、でも今回の事失敗したからあの闇落ち女、日本に戻ったら大変じゃないですかね」


「口で怒られるだけじゃ済まないわね。多分病院送りにならない程度で体罰を受けるかも」


 そうルィルは分析する。



「身から出た錆ですよ」


「まあ言いなりになってる原因が借金だから、そこを返せば村田から逃げられるかな。リベンジポルノとかありそうだけど」


「でも失敗で三倍。多分一億は行きますからどう頑張っても無理ですよ」


「他の誰かに借りても同じだしね」


「……洋一さん、まさか助けようとか思ってないですよね?」


「ないよ。それは俺の役目じゃなくてトムさんの役目。お金の工面は……少し先なら出来なくはないけど、する気持ちも義理もないよ」



「博士、お金が入る予定でもあるの?」


「不確定だけど、一応は」


「洋一さんは日本の救世主ですもんね。それくらいあって当然ですよ」


 と言って胸を張る鍬田。


「でも本当にあの闇落ち女にあげないでくださいよ。私ももちろん欲しがりませんし、どうやって入るのかも聞きませんから」


「だからあげないって」



 共依存でも疑われているのだろう。鍬田はそのお金は羽熊の物であり、自分にも須川にも決してあげないようにと念を押してくる。


 鍬田にしてもお金目的で羽熊のことが好きと思われたくないのだろう。何度もきっぱりと否定を入れた。


 それだけ純粋に羽熊のことが好きなのだとアピールしてくれる。


 そう話しているうちに鍬田の部屋の前へと着き、羽熊は二人から少し離れた所で立ち止まった。



「今日の観光については多分追って連絡があると思う。それまではゆっくり休んでて」


「休むのは洋一さんの方ですよ。腕怪我したんですから」


「ありがとう。そうさせてもらうよ」



 敢えて口には出さないが、記憶が鮮明なうちに先のことを総理に説明する予定だ。


 おそらくまだ就寝はしていないだろうから、数時間だけでも前もって説明はしておきたい。


 全てにおいて証拠がないから憶測の域を出ないが、無関係とは思えず知らせておきたかった。


 これによって問題は羽熊達から日本政府へと移る。



「それじゃルィルさん、これからも美子ちゃんの護衛お願いします」


「さっきは間に合わなかった分、次は遅れないわ。任せて」



 そう頼もしい言葉を受け、羽熊は再び総理がいる部屋へと向かった。


 背後でドアが閉まる音を聞き、脚は立ち止まることなく前に進む。


 総理の部屋まで数分の間に羽熊は思考を巡らせた。


 これまでの経験から、鍬田の仮説が正しかった場合の解決策は出来つつある。ただ、どうしてもある一人の協力者が欠かせない。総理や特捜の協力は言うもがなだ。


 農奴・隔離政策は確度の高い状況証拠が揃い、最後に言質を取ることで強行突破が出来た。今回はその状況証拠の確度が低いから安易には動けない。


 その判断は佐々木総理か関係者に任せなければならないが、日本を七十年以上前に巻き戻すわけにはいかない。きっと佐々木総理も同意見だからすぐに動いてくれるだろう。


 ひょっとしたら全く別の真相が待っているのかもしれないが、ゼロから考えるよりはありえそうなところから探るほうが良い。


 経験上、証拠の有無はあれ、破断なく筋道が立てられれば大抵は真実だ。


 羽熊は今頃来た眠気に抗いながら歩を進めた。

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