第92話 『鍬田美子の説教』



「国会議員?」



 思わぬ横やりに羽熊は眉間にしわを寄せた。


 同時に、ノアがなぜ素性を伏せているのか合点もいった。


 組織図でノアだけは存在こそ示されていても素性は一切公開されていなかった。架空だったとしても明記する意味がなく、表舞台に一切でないから謎の人物だった。国会議員なら秘密にしても不自然ではない。



「ノアって誰?」



 予想外の情報に思考を逡巡している中、事情を知らないルィルは隣にいる鍬田に尋ねた。



「私も詳しくは知らないけど、アークって日本に住む外国人団体の謎のトップって感じかな」


「謎って公には出ないの?」


「出てないかな。テレビに出るのもそこのトムさんで、ノアって名前も本名じゃなくてあだ名みたいなものだと思う」


「裏方に徹して表舞台に出ないトップはいないことはないけど、それでも素性が出ないのは不自然ね。名誉職としても権威は保てないわ」



 名誉職はその名の通りでは扱われず、過去の実績に敬意を表して就かれる職だ。給金が発生するのもあればないのもあり、その立場から経営に口出しをしたりすることもある。


 ノアはアーク成立のキッカケを作ったとされ、一応運営に口出しをしていると言うが、表舞台に一切でないのであればその影響力はあまりない。


 閑職と言って差し支えなく、公の通り実質のトップはトムとなる。


 しかし、ノアの正体が国会議員だと話は変わる。



「トムさん、その話って本当なんですか?」


「本当でスが、それを証明するコトは出来ないのデ判断は任せマス」



 トムはアメリカ人ながら謙虚だ。国民性から自己主張が強い傾向にあるのだが、日本人らしい対応をする。


 様々な理由があれ、人類滅亡時に母国に帰らず日本で死のうと決めた人だ。元々日本人よりな考えをしているのだろう。



「……とりあえず話を聞かせてもらってもいいですか?」



 今のところノアの情報を挟む意図が読めない羽熊は、須川のことは一旦置いてトムへと顔を向けた。体のいい時間稼ぎか、それとも落ち着かせる時間を作ったかは分からないが、ノアの話には興味がある。



「私の勘でスが、おそらく琴乃さんに指示を出しテイる黒幕はノアでしょウ。私と琴乃さんが婚姻を結んダのも、ノアの紹介があってのコトナので」



 それは即ち、ノアこと国会議員が日イ関係を壊そうとしているということだ。


「誰なんです? その国会議員は」


 まどろっこしい駆け引きはなしにして羽熊は訪ねた。ここで「言えない」とは言わないだろう。



「ここまで言って言えないはないですよね?」


「言わないでほシイとは言われテはいますが、深刻ナ国際問題になりかケタのに黙る義理ハありまセん」



 口止めをされても、事の深刻さにトムはノアの正体を話した。



「衆議院の村田一郎です」


「村田一郎……」


「あ、初詣を邪魔した人だ」



 一瞬誰か分からないでいると、鍬田が呟いたことで思い出した。


 初詣の時にアポなしでコンタクトを求めてきたことで即断で拒否した男だ。


 詳細はさすがに知らないものの、ニュースで見ると政府批判しかせず、ネットの情報を鵜呑みにする政党に属していたから好かなかったが、まさかノアとして活動していたとは思いもしなかった。



「そのノアことムラタイチロウは日本人なの? 外国人団体なら外国人がするべきだと思うんだけど」


「日本の国会議員は日本国籍の人しか出来ないですね。でも帰化した人はなれます」


「ノアが村田議員であるこトを知ったのは、アークが発足シテひと月後くらいデす」


「トムさん、須川は……ここは琴乃と呼ぶべきか」


「あ、夫婦別姓なノで大丈夫ですよ。呼びやスイ方で呼んでクださい」


「須川のことを知ったのは紹介された時が初めてですか?」


「はい。紹介されたのは十三月の半ばでシた。どうして結婚しタカは控えたいところでスガ、このために結婚はシテません」


「それを信用しろって言うんですか?」


「言いませン。私が黒幕の容疑者であるこトは分かっていまスノで、聞いた上でどウするか決めてくダサい」



 トムは頑なに信用しろとは言わない。自分の立場を理解した上で選択肢を羽熊に委ねる。



「……須川」



 警戒をし続けても先に進まない。まずはトムが話すことを前提に進めることとして須川に視線を向けた。



「お前にテロを命令したのはその議員なのか?」



 そう尋ねた瞬間、包まる布団は大きくはねた。



「図星か。となると……村田はアークのトップであって、その立場を利用して須川とトムさん結婚させ、確率的に王室に近づける須川にテロを起こさせたと言うことか」



 要約するとそうなる。


「じゃあ村田はテロを起こすためにアークを作ったと言うこと?」


 そして端的な答えを鍬田が言った。



「なにそれ、百万人もの人を裏切った上に日本を滅ぼそうとしたの!?」


「トムさん、村田はノアとして最初からそうしたことを言ってました?」


「まさか。言っていたら最初カら聞いてはいマセん。アークはあくマで自国の文化保全と人々の生活をメインに考えてます。マシテヤ、日本を裏切るコトなんて自殺行為もいイ所です」



 国外に住んでいるならまだしも、日本国内に住んでいるのに日本を滅ぼすテロに加担はしない。したところで転移直前以上の苦悩が待っているのだから、尚のことする大義はない。


「でも村田はそれをしようとしている」



 ここに来たのは二人目の刺客の有無を聞くためだったのに、突然の黒幕候補の登場に困惑を隠せない。


 しかし、トムの話には動かぬ証拠がない。いくらそれっぽい話をしても、決定的な証拠がなければ村田議員は冤罪を掛けられたことになる。


 それは被害者であると同時に第二の刺客と疑われた鍬田も同じだ。



「トムさん、トムさんの中でまた同じようなことをしようとする人って分かります? 私たちはそれを聞きに来たんですが」


「いたら出発前に日本政府に伝えテいまス」


「……」



 羽熊は質問に悩んだ。


 そもそも羽熊は捜査官ではないのだ。効率的な質問の仕方など知る由もない。


「……トムさん、その外国人団体アークの目的とはなに?」


 言葉に詰まる羽熊を察してか、一番の部外者であるルィルが質問した。



「自国の文化を保全すルこと、日本中に暮らしてイル外国の人々の安心しタ生活を手助けすることでス」


「アークの中で反日本主義の人はいる?」


「政府の方針に不満不平はアリますが、過激派な人は知らなイです。幹部でもいないデスね」


「いま参加している人々と面識は?」


「ないデすね。任意の応募の中で政府にヨル抽選だったノで。私は名簿で顔を出しテイルので知られてはいてモ、私は知らナイです」


「ルィルさん、参加者はプロファイリングを行って危険思想の人は落としてるから、表面上では問題ないはずです」


「……トムさんの話を前提にすれば、鍬田が言ったみたいにテロを起こすためにアークを作ったようね。いえ、日本をフィリア社会から孤立させるためにアークを作ったと言うべきかしら」


「ドウシテそんなことヲ」



 トムは本気でショックを受けたように前屈になり、両手を握って顔に近づけて悔やむ表現をする。



「いえ、孤立が目的じゃあないわね。それなら別にアークを作る必要はない。アークを作るからこそ得するのが村田にはあるんだと思う」


「一石二鳥を狙ったわけか。でもアークがあることで得をするって、悪役にして隠れ蓑にするくらいでは?」


「ええ。けど議員なら二人目を紛れ込ませるくらいのことは出来るはず。けれど先のことで二人目が動かなかったってことは、少なくともあの浮遊艇にいた人は除外ね」


「または、議員の指示でも日本を貶めるテロに加担する人はいなかったかですね」


「ありえますね。いくらお金を積まれても、それが無価値になるならする意味ないですし」



 紛れ込ませることと、実行させることは違う。


 金銭は一番わかりやすい報酬だ。それが様々な価値ある物に交換され、どれだけ保存をしても使用することが出来る。だだその交換される物がなければどれだけ金銭を得ても価値はない。


 日イ間で国交が途絶えれば貿易が止まる。イルリハランからの物資が生命線である日本経済は一気に干上がり、どれだけ金があっても贅沢は二度と出来ないだろう。


 金銭は食べ物と交換は出来ても、食べ物そのものではないのだ。



 イルリハラン王国以外からの国交は不可能ではないが、知る限りでは他の国との外交はほぼなく、出来たとしても確実に足元を見られる。少なくとも地下資源採掘のための人的資源の提供は必至だ。


 それが分かり切っているにも拘らず、無駄以外にない行為に加担する人はいない。いたとすればその日暮らし出来るかどうかの人だろう。


 だが、それはプロファイリングで落としているし、公務員である政府職員がするにしても報酬は弱い。


 よって金でも大義でもなく、恐怖で須川を従えさせて実行させた。



「だとしても須川の例を見ると二人目を考えなくていい根拠にはなりませんね」


 金や大義では動かせなくても、恐怖で動かせることを須川が証明してしまっている。それでは全員が容疑者だ。事前に全員の心の内を知ることは出来ないから二人目の疑いは晴れない。



「須川、そろそろ落ち着いただろ? 話を聞かせてはくれないか?」


 羽熊は頃合いを見て、未だに布団にくるまり続けている須川に声を掛けた。


 いくら考えたところで机上の空論。そろそろ当事者を混ぜなければ話は進まないとして声を掛けたのだった。



「さっきも言ったけど、嘘をつかずに本当のことを話してくれたらさっきのことは水に流す。被害届は出さないし、さっきのことでぐちぐち言うこともしない。だからどうしてこんなことになったか話してくれないかな?」


 羽熊もルィルとのやり取りで少し頭が冷え、下手に刺激しないように優しい口調で話しかけた。



「……こんな女にやさしくする必要なんて……」


「鍬田さん、静かに」


 感情が抑えられずつい鍬田は呟いてしまい、すぐさま羽熊が制す。


「まだ君の口から聞いてないけど、今回のことを指示したのは村田議員?」


「…………うん」



 数秒間を空け、頷くと同時に返事をした。


 これでもう少し先に進める。


 須川は布団に包まったまま顔を見せようとはせず、けれどぽつりぽつりと話し出した。



 が、話すことは別れて以来初めて話したことと全く違うことだった。


 遊んで借金を作り、父親の知らない子が出来たことは事実だが、借金の返済や出産費用は親の建て替えではなく、その村田が立て替えたものだったのだ。


 その額は三千万円を優に超え、それを村田が一括で返したらしい。


 出会いは夜の店で、須川にとって最初の客が村田とのことだ。


 ほぼ初心者である須川は公私の使い分けが出来ず、トークタイムで色々とプライベートのことを話したようだ。それで村田はその借金を返してあげると言われ、返済に困っていたことから深く考えずに乗ったことで新たな地獄が始まった。



 一言で言えば奴隷だ。


 村田の言うことは絶対。どれだけ理不尽な命令だろうと異議を唱えることは許されず、常に肯定、絶賛して履行しなければならない。


 もし逆らったり、他者に助けを求めたり不履行したりすれば、肩代わりした借金を請求する契約になっていて、その契約書も拇印含めサインをしているとのことだ。


 トムとの結婚も村田の命令でして、テロの指示はイルフォルン到着の夜に手紙でされたと言う。その手紙はと聞くと、案の定燃やして窓から捨ててしまっていた。



 手紙は手書きではなくパソコンで書かれたもので、内容はイルフォルンを離れるまでに最低一般リーアンから最高で国王に怪我を負わせろとのこと。


 成功したら奴隷契約は終わり、個人情報を全て書き替えて田舎でひっそりと暮らさせるとも書かれていたそうだ。


 しかし失敗すれば肩代わりした借金の三倍を支払わせ、二度と幸福を感じさせないとも書かれていたらしい。


 だから失敗した現段階で須川の未来は漆黒の闇と言うわけだ。


 もし羽熊が反射的に腕を出さなければ、須川ではなく日本が漆黒の闇に包まれていた。



「須川、今話したことに嘘偽りはない?」


「ズ……全部、本当……」


「じゃあどうして最初に会った時に嘘を?」


「か、彼のこと、いえなかった、から」



 須川の親は助けを求めた時には預金はなく、実の娘であってもその自業自得っぷりに助けることはなかった。職もなく、助けを求める先もない彼女が出来るのは、終末になっても需要がある夜の店だった。


 経緯を話すわけにはいかないから、無難な嘘として親を出したのだ。



「もしかして……あのとき会いに来たのって村田の指示?」


「洋一は一番王室に近づけるから、よりを戻して同行できるようになれ、と。でも洋一は警戒心強いから、ゆっくりとしようとしたの」


「で、返信すらしないから、業を煮やした村田はトムさんと結婚させて無理やりここまで来たってことか」


「うん」



 一応辻褄は合う。


 証拠がないから信用しきるのは危険だが、事実と付随するのも確かだ。


 あれだけ取り乱した中で整合性のある嘘をつくのは考えにくい。前もって用意にしたとしてもどこかボロが出るはずだ。


「どう思います?」


 さすがに羽熊だけで判断できず、同じ部屋にいる人たちに尋ねた。


 答えるのはルィル。



「典型的な奴隷の作り方ね。多分借金だけじゃなく、暴力も振るっているはずだわ。トムさん、夫なら彼女の裸は見たことあるのでは? 痣はあったりした?」


「いエ、結婚はしても同居はシテイないので、見たこトハありませン」


 愛のない結婚ゆえに互いのことはほとんど知らない。


「須川さん、お腹だけでいいから見せてもらえないかしら? 多分痣があるはずよ」


「痣は……あります。でも、見せるのは……」


 人が多すぎて嫌なのだろう。



「ならルィルさんにだけ見せてあげて。一番中立だし女性だから平気だろ?」


 異星人として拒絶をするのは出会った当初までだ。十分知識として浸透し、その首都を観光した今では嫌悪感はまず覚えられない。


 須川も明確な拒絶の言葉は出ず、ルィルが無音で近づくと羽熊達には見えないようにして布団を開けさせた。



「……これは酷いわね。ちょっと触らせて。痛い?」


「あまり……」


「内臓や骨は大丈夫そうだけど、これはれっきとした虐待痕ね。イルリハランならこれで十分逮捕出来るわ」


 言ってルィルは離れる。


「博士、少なくとも彼女は日常的に暴力を受けているわね。痣の出来方が私達と変わらないなら、多分出発前にも殴られている」



 借金の肩代わりをされて反論を許さず、サンドバックのようにされたのであれば村田に対して反抗心は生まれない。おそらく性的なのこともされているのだろう。


 テロは容認できないが、彼女の境遇に多少なり同情をしてしまう。


「琴乃さん、本当でスか?」


 夫でありながら妻の体を見たことがないトムは心配そうな表情を見せる。


「……う……う……」


 すると須川は再び嗚咽をこぼし始めた。


 部屋全体の空気が落ち込み始める。



「バッカみたい」



 その空気を壊すかのように、辛辣な口調で鍬田が言い放った。



「なんか赦す感じになってるけど、その体の痣も村田に奴隷扱いされてるのも、脅されて日本を滅ぼそうとしたのも、全部その女の自業自得じゃん。洋一さん言ってたじゃないですか、自分のせいで自分が不幸になったのに自分は悪くない言い方するなって。洋一さんと別れずにプロポーズを受けて慎ましく暮らしてたら、同じように今ここににいてもあんたは幸せだったでしょ。自分で招いたのになに悲劇のヒロインぶってんのよ。あんたは、日本を滅ぼそうとしたのよ」



 鍬田の顔を見ると、さっき部屋で見せた時以上に怒り心頭の表情をしていた。


 同じ女として許せないところがあるのだろう。羽熊もハッとして気を改める。



「そもそもさ、この女は一度も謝ってないじゃない。それがなに? 私は悲劇のヒロインです、だから洋一さんにしたことは謝らないし赦してねとでもしたいわけ? ふざけんじゃないわよ。人の顔を私怨で潰そうとして、彼氏の腕刺して、最悪一億二千万人の生活を壊そうとして、一言も謝らないで流そうとするな。日本がいま少しずつ回復出来てるのはね、洋一さんやルィルさん、両政府とかいろんな、それはもうたくさんの人が不眠不休で動いたから出来てることなのよ。たった一つのミスで日本が滅ぶかもしれない中で、たくさんの人がリーアンと握手するために頑張って来たの。あんたは、みんながしないようにして来たたった一度のミスをしようとしたのよ。なのに謝りもしないで終わらそうとするなんてあんた何様よ」



 鍬田の説教はまだ終わらない。



「どうせ心の中じゃ不幸なのは私だけじゃないのにって思ってるんでしょ。ええ、確かにそうね。テレビでも何千何万って女が似た境遇になってるそうだけど、じゃあ私は何なのよ。私だって女だし、歳も二十三歳で今年で四よ。でも私は借金まみれにはなってないし、知らない男の子供だって産んでない。あんたは本能でサルまで退化して好き勝手して今なんでしょ。私だってそりゃ好き勝手したけど、人として好きにさせてもらったわ。好きな物を食べても暴飲暴食はしなかったし、イケメンだろうと知らない男より好きな男に抱かれたかったから無理に探してもない。綺麗に死にたかったから美容院やエステに通っても、借金をしてまでは通わなかった。持ち前以上のお金をつぎ込んだって、それ以上綺麗にはならないしね。あんたは分不相応のことをしたから不幸になってるのよ。どれだけ背伸びをしたって、越えちゃ行けないラインが人それぞれにあるの。最期くらい欲望まみれで終わるんじゃなく、人として綺麗に終わればよかったのよ。だから私はあんたが大っ嫌い。好き勝手やって、不幸になって、全員道連れにしようとしたあんたを私は絶対に許さない」



 長々と続いた説教のような愚痴がようやく終わったようで、フーフーと荒い息遣いをしながら静かになる。



「……言いたいことは言えた?」


「あと一時間くらい言っていいですか?」


「それは勘弁して」


 鍬田の説教時間で羽熊は気持ちを改めて整えることができ、改めてルィルに話し掛けた。


「ルィルさん、中立の立場から見てどう思います?」


「物的証拠がないからどこまで信じるかによりますね。少なくとも体の痣は自分一人では付けられないから、誰かに付けられたのは間違いないです」



 戦闘職であるルィルが言うのなら痣に関しては間違いないだろう。肉体構造は基本的に同じだから痣の出来方も同じなはなずだ。


 村田か、村田の指示で誰かか、またはトムの可能性もある。



「須川、その痣は誰に付けられた?」


 須川は鍬田の説教が胸に響いたのか嗚咽をこぼし続けるが、羽熊は構わず尋ねた。


 自分も言い、鍬田も言ったが須川に同情はするだけ無駄だ。


 全ては自分の行いの結果。その結果に巻き込まれた側が同情する義理はない。



「……村田……ズッ……ウッ……」


「それ、証明できる?」


「多分、無理。あいつ、会うとき注意深いから」



 具体的に聞くと、会うやり取りはメールやメッセージアプリ、通話すらせずに会った時に次に会う指示書を置くそうだ。その指示書は燃やすようされており、須川はそれを毎度行っているらしい。予定が変わればポストに郵便局を介さずに投函されている。一度変更に気付かなかったときにかなりの暴力を振るわれてしまい、以後は注意深く見ているようだ。



「アナログな指示をしてるんだな」



 電子的な履歴を徹底的に残さないようにしている。振り込め詐欺なら受け子として捨て切り前提の人を使うが、本人が赴くのなら組織図としては少ないかいないが想定される。



「相手は利己的で保身に長けているわね。物的証拠がなければ、いくら被害者が被疑者の名前を言っても証拠不十分で不起訴に出来る」



 名前をただ言っただけでは冤罪の可能性があるから、裁判をしても証拠がなければ勝てる見込みはない。


 以前の農奴政策みたいに、相手の言質を取ることで突破するには村田に自供をさせるしかないが、保身に長けるならそれも難しいだろう。


 農奴政策の時は脅しが使えたからぶっつけ本番で言質が取れたが、今回は脅しても逃げ果せられるからリスクが高い。


 なにより相手が国会議員なら、相談する相手は特捜であって羽熊は何もできない。



「けど村田はどうして日本を貶めようとするんだ? したら自分だって苦しむってのに」



 ここまで色々とされているのに目的が見えない。


 これまでの経験でおそらくパズルのピースは全て出ているはずだ。あとはどう組み合わせて一枚の絵にしていくか。



「んー、アーク。外国人。テロ。国際問題。国会議員。断交……その先……いや、その前……」


 鍬田はキーワードを口ずさみながら腕を組んで彼女なりに答えを考える。


 羽熊も考えるが、断交した先の目的が見えない。



「……あ、分かったかも」



 一言鍬田は頭上に電球が灯るかの如く言った。


「本当?」


「一つ確認しないといけないですけど。SPさん、SPさんは政治家のこと色々と知ってますよね?」


「全員ではありませんが」


 終始無言で状況を見守り続けていた、SPバッジを付けたSPは口を開いた。


「村田議員のことは知ってます?」



 鍬田は店員に商品を聞くかの如く聞くのを見て、羽熊は内心心配する。


 なぜならこのSPが村田の仲間である可能性があるからだ。警戒をしだすとありとあらゆるものを疑うから切りがないが、もし仲間であれば嘘を吹き込まれてしまう。


 とはいえそれでは進まないから黙っておくことにした。



「ええ、知ってます」


「ひょっとしてなんですけど、その人ってどんな感じの活動をしてますか? 傾向とか方向性とかで良いので教えてください」


「方向性……ですか」


 SPはしばし考える。



「そうですね……強いて言えばアメリカファーストのような日本ファーストな考えをしていますね。国際社会との連携ではなく、日本単一での発展を目指した発言が目立つかと」


「そうですか。ありがとうございます。よし」


 礼になにやら喜々とした感情が見える。


「それで、どんな目的なの?」



「そのまんまですよ。『日本ファースト』。多分それが村田の狙いです」

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