第71話『ムルート問題収束』



 日本が国際法とミストロ教の聖典のギリギリを攻めてムルートのユーストル侵入を阻止してから数時間後。



 イルリハラン政府は報道官による記者会見にて、日本はムルートに関する情報を一切伝えていなかった旨を発表した。



 その理由は、最接近していたムルートはユーストルへの予測進路から大きく外れていた事。最接近していたムルートが通り過ぎると次に近づくのは数十年後だったことから、至急伝える必要はないと判断した。



 しかし政府発表は政治的虚偽を織り交ぜるのが常識なことから、それを真に受ける記者は多くない。


 質問の中にはやはり、そうした理由づけで秘密裏に協議をし、日本に協力を要請したのではないかと言うのもあった。


 報道官はそうした事実はないとばっさりと返して、続くムルート関連の質問を答えていく。


 そうした中、ある記者が注目を集める質問をした。



「ニホンの非浮遊機がムルートに極めて近い距離まで近づいた映像がありましたが、ニホンはムルートを間近で撮影したのでしょうか?」



 条約が定められて以来、フィリア社会は死骸でしか間近でムルートを見たことがない。


 前もって進路上にカメラを設置することも許されないからだが、もし日本が最接近したムルートの映像を捉えていたのなら、それは実に二百数十年以来となる。


 もっとも二百年以上以前だと原始的な写真機すらないが。


 その質問によって気づかされた記者は続々と挙手をする。



「日本が映像を撮影したのかどうかは分かってはいません。そして仮に撮影されていたとしても、所有権は日本側にあります」



 報道官はそうした質問に対してハウアー国王に指示されていた返事を記者たちにする。


 映像の主導権は日本にある、と明言したことで記者たちに暗に日本非難をしにくくさせたのだ。


 動かず朽ち始めた死骸でしか近くで見ることが出来ないムルートを、生きた状態で見るためには日本に提供を持ち掛けなければならない。普通ならムルートに近寄った罰や圧力で引き出させることもできるが、グレーゾーンに位置する日本が従う義理はない。


 むしろ非難しすぎて提供を一切しないと言われる方が困るのだ。



「イルリハラン政府は、日本政府に対して映像の開示は求めないのですか?」


「そもそも日本がムルートを撮影したのかどうか分かっていません。分からない物に対して要求はできません」


「では撮影をしていた時は求めるのですか? その確認を政府は行うのですか?」


「検討もしていません。他に質問は?」



 報道官は余計な言質を記者たちに与えないよう淡々と仕事を続けた。



      *



 フィリア社会全体でニホンの軍用機がムルートに最接近した問題が起きてから二日が過ぎた。


 ニホンに関する情報は電子機器の互換性の無さから、原則イルリハランを経由しなければ広まらないため、各国が独自にニホンを調べて発信することは出来ない。



 そのためイルリハラン政府の定例記者会見は、ニホンが転移する以前と比べて倍の時間を取り、国内に関する発表と接続地域及び駐日イルリハラン大使館から得たニホンに関する発表をしている。



 フィリア各国の報道陣は出来れば独自取材でイルリハランを経由しない、新鮮でイルリハラン政府に改変されないニホンの情報を得たいが、まだユーストル内での常駐は許可されなかった。


 理由は多岐に渡るが、最大の理由は治安の保全が確約出来ないからである。


 ではいつかと質問をしても、返ってくるのは未定だ。



 監視体制は万全ではないから強引に入れなくはないが、イルリハラン政府は無許可で侵入した人に対して無警告の射殺許可を〝勅令〟で発令している。


 比較的穏便なイルリハラン政府にしてみれば逮捕を通り越して射殺許可は異例で、勅令監査委員会も通過しているからその本気度が伺えた。



 それゆえに戦場にも駆けつける意慾旺盛な報道関係者でも無理やりユーストルに近づくことはなく、ニホンの報道はイルリハランに任せる他ないのだ。


 そんな情報操作がしやすいニホンに関する情報だが、二日の時間を経てようやく声明を発表するとイルリハラン政府報道官は定例記者会見で報告した。


 声明は報道官が読み上げるのではなく、イルリハラン製のカメラで撮影した日本の声明を複数の動画サイトに投稿するらしい。



 内容は件のムルートに関することで、先日のアヴラでの聖卿の声明にも答えるとのこと。


 一体日本がどんな声明を発表するのか、世界中が動画の公開を待った。


 動画がアップされたのはムルートと日本の軍用機が最接近してから三日後の正午。



 凄まじい勢いで閲覧数が増える映像に現れたのは、フィリア社会でニホン人と言えばこの人、言語学者のハグマではなく、ニホン国首相のササキでもない男だった。


 その男は一礼をしてやや小さめの音量でニホン語を話し、すぐさま訳されたマルターニ語が聞こえた。



『イルリハラン王国の皆さま、フィリア社会の皆さま、私は惑星間交流担当大臣のワカイシュウヤと申します。同時通訳は言語学者のハグマヨウイチ博士です。


 ニホン政府を代表して、先日の巨大動物の一種にして絶滅危惧種であるムルートに関する声明を発表致します』



 ワカイ大臣は再び一礼をした。



『先日我が国はイルリハラン王国との信頼の証として、フォロン結晶石百キロの輸送を行いました。ユーストル採掘現場から最寄りの浮遊都市であるマリュスに向かう、単機による移送任務です。世界的戦略物質であるフォロン結晶石の移送を、産出国であるイルリハラン王国自身ではなく、異星国家であるニホンが行うのは相応の信頼がなければありえません。我が国は信頼の印として移送を実施しました。



 その移送任務の最中に、今現在問題となっているムルートに輸送機が接近しました。


 我が国はムルートの存在及びその扱いに関して、一切を知らされてはおりませんでした。ムルートの存在をイルリハラン政府より聞かされたのは、移送任務が完了して我が軍の輸送機が帰還した後であります。



 端的に申し上げまして、我が軍の輸送機がムルートに近づいたのは偶然であり、決して意図的なことではありません。


 また、接近と申しましても、安全を十分に確保できる距離を保っていました。ムルートが輸送機に近づいたのは機体トラブルにて後部ハッチが開き、外気に暴露していたフォロン結晶石に反応したからでありまして、トラブルが改善して後部ハッチが閉まったところで近づくのを止めました。



 約百秒ほど輸送機はムルートに近づかれましたが、一切接触することがなかったので多くの人々が心配しています負傷はありません。その証拠も、至近距離から撮影された映像に残されています。


 しかしながら二百年以上に渡り全世界が守っているムルートに、無許可で近づいた事実は変わりません。



 政府を代表し、この動画を用いて公式の謝罪とさせていただきます。


 イルリハラン政府より、ムルートに関する歴史の概要と聖獣として扱う世界最大の宗教のミストロ教について説明を受けました。さらにミストロ教の本部があるアヴラにて、声明が発表されたことも聞き及んでおります。


 接近した事への謝罪と国際法の遵守ですね。



 謝罪は先ほどのコメントで果たしたものとさせていただきます。


 次の国際法の順守についてですが、野生動物は自然に委ねるという方針は我が国でも理解できますし、実施例及び関連法律もあります。


 原則的に我が国も世界中を渡るムルートに対して干渉する意思はありません。


 しかし、我が国がいますユーストルにムルートが侵入することが確実になった場合は、誘導による干渉をさせていただきます。



 この我が国の判断に、国際社会の合意は関係ありません。ムルートがユーストルに侵入した場合の結果を考慮しますと、ユーストルに侵入しないよう誘導しなければならないからです。


 これは経済や人命に財産、なによりムルートの生命を保護するためでもあります。


 国際法で保護されたムルートは半径五十キロ以内への人の立ち入りを禁止し、近づく恐れがある場合は天空島及び人々が避難をします。素早い移動手段を持ち、土地ごと移動が可能なフィリア社会ではそう不便はないでしょう。



 しかし大地から離れられない我々ニホン人は、最長五十キロを移動するのは非常に困難であり、避難先での生活にも苦慮します。


 尚且つムルートが他の巨大動物同様にフォロン結晶石を摂取するならば、大鉱脈があるユーストルから離れない可能性が高く、法を順守すれば国民に大変な負担を強いることになるでしょう。


 さらにユーストルではイルリハランの主権の元で、海外企業が参加する開発特区の計画もこれから始まります。ムルートがフォロン結晶石を求めてユーストル外に出ずに定住してしまうと、開発特区計画はとん挫してしまうばかりか、常に渡り続けているムルートの生態すら壊してしまいます。



 ミストロ教の掲げる人に接触させないという教義にも適いません。


 それだけでなく、ニホンの領土全域でフォロンが存在しません。万が一ムルートがフォロン不在圏に入ってしまえば、地上に落下し、死は免れないでしょう。海に落ちれば津波が起こり、地上に落ちれば住宅等に被害も出ます。


 ムルートがユーストルにいるだけで、様々な弊害が生まれます。


 異星の出身ながら我が国としましてはそれを防ぎたい。ユーストルの秩序とムルートの生命の保護。その方法がムルートがユーストルに侵入する前の誘導です。



 現状フィリア社会ではムルートに干渉できずとも、異星国家であるニホンならばそのしがらみもなく対処が可能です。


 我が国の主権が及ばないユーストル外で誘導する以上、イルリハラン王国の協力が不可欠ですが、ニホン政府とイルリハラン政府の考えは一致しているでしょう。


 イルリハラン政府の説明によれば今後ムルートがユーストルに近づくのは、何かしらの理由で急激な進路変更をしない限り二十年から三十年は心配はないそうです。



 よってニホン政府は再びムルートが接近するまでに、アルタランに対してニホンによるユーストルに近づくムルートに対してのみの進路変更を追認する決定を求めたいと思っています。


 進路変更を認めないと言う判断に我が国は従いません。


 アルタランの許可、ミストロ教の認可に関わらず、ムルートがユーストルに入ることが確実になった場合は、我が国はムルートの命の危険を回避するため行動に移します。


 これはあらゆる被害を未然に回避するための行動であり、決してムルートを死に追いやるためでも、ミストロ教を侮辱するものでもありません。



 先日は偶然とはいえ我が軍の輸送機によって進路変更をしましたが、ムルートに人の存在を認知させずに誘導することは十分可能と考えられます。


 自然の成り行きに任せる方針は尊重しますが、ムルートが人に酷く汚染された土地に入ることは、果たして自然の成り行きとなるのでしょうか?


 フィリア社会の皆さん、我が国が来たことによって派生した新時代を、柔軟に受け入れることを期待しています』



 ワカイ大臣の声明は時間にして十分に至り、最後に頭を下げて映像は終わった。


 動画閲覧数はわずか一時間で五百万を超え、他の動画サイトも含めると二千万に上る。


 一日もすれば一億は越えるだろう。


 当然投稿してすぐさま世界各国の報道番組ではニホンの声明文を流し、十分に至る映像の意図を検証し始めた。



 ネットでも同様だ。


 特に注目されたのが、はっきりとムルートに干渉するとニホン政府が公言したことだ。


 条件付きとはいえ全世界が共同で二百年以上守ってきたことを、突然転移してきた異星国家が無視すると言うのだから、その傲慢さに驕りに多くの人が憤慨した。


 しかし、同様に別の考えをする人々もまた多く現れた。


 国際法と聖典を厳守するのならニホンの判断は断じて許してはならないが、ニホンの判断にはムルートの命を守るためと言う理由がある。



 つまり原則派としてムルートに干渉しない派閥と、変革派として限定的な干渉を良しとする派閥に分かれさせる力を、ニホンの声明は持っていたのだ。


 原則に照らし合わせればニホンが間違っているが、ニホンと言う異星国家とユーストルにあるフォロンの大鉱脈が発見されたことで従来の原則を変革させる必要が生まれた。


 ニホンが偶然誘導した際は決して大きくなかった容認も、声明後には一気に膨れ上がっている。


 もしニホンが文字通り傲慢でムルートを殺害すると宣言していたなら、世論の答えは一つだった。



 だがニホンがあらゆる方面に配慮する形での干渉宣言をしたがために、世論は『原則』『改革』『中立』の三つに分かたれた。



 アルタランや各国はより複雑な心境を示した。


 なにせ干渉を宣言した上に他国に丸投げなのだ。安易な判断は出来ない。


 原則を推せばムルートを死なせる上にユーストルを失う可能性が高く、改革を推せば経済的利益は得られても伝統に反するとして原則派に非難される。


 当初は静観するはずだったが、ニホンの声明によって当事者に巻き込まれてしまったのだ。



 アルタランも同じである。


 ただし、幸い時間はたっぷりある。


 軌道計算が可能な小惑星と違い、生物であるムルートの進路を正確に予測することは出来ない。だが広大な惑星に対してたった五羽しかいないため、ある程度の進路変更をしたとしても再びユーストルに接近するのは二十年から三十年は掛かるとされる。


 これが数ヶ月に一度や一年に一度であれば早急な結論を出さなければならないが、今すぐ答えを出す必要はない。



 よって騒然としていたアルタラン総会は急速に沈静化し、後日再協議と言う体の良い逃げの言葉で臨時総会は閉会となった。


 不気味なのがミストロ教総本山のアヴラで、ニホンの輸送機とムルートが接近した際は数時間で声明を出したのに、ニホンの声明動画がアップされても何にも反応を示さなかった。


 それはおそらくムルートの生死が絡むからだろう。


 他の国々同様、非干渉を絶対とすればムルートが死に、干渉を容認すれば聖典に反して矛盾してしまう。



 聖獣として崇めるがゆえに死を看過することはできないが、生を望めば自ら定めた教えに背いてしまう。


 文字通り自己矛盾に陥ってしまい、下手に反論できないのだ。


 まさかニホンがああもあからさまに干渉宣言をするとは思っていなかったのだろう。


 こうしてニホンによる事実上のムルート干渉問題は、相反する方針を突かれることにより急速に沈静化したのだった。



      *



「見事、としか言いようがありませんね。ムルートに干渉した騒動が瞬く間に静かになりました」



 日本が異地社会に向けて声明を発表してから翌日の夕方。


 接続地域からすぐそばにある日イ交流用プレハブ小屋二階にて、エルマ大使は一日以上過ぎた異地の反応を話してくれた。


 いわば反省会のようなものだ。



 同席する日本人側は声明文を読み上げた若井異地交流担当大臣。通訳した羽熊に外務省の木宮外交官。


 エルマ側には護衛だろうラッサロン兵が数人。



「おそらく日本はおとなしく不干渉の誓いを立てると高をくくっていたのでしょうね。ある意味アルタランも動かすほどの力を持っている分、思い上がっていたとも言えます」



 そうエルマはアヴラを両断する。



「実は驕っていると非難していた側が驕っていたとは滑稽とも言えます」


「日本としてはあまりあそこまではっきりと宣言することは少ないので、どう転ぶか不安でした。特に前もって確認を取っていたとはいえ、イルリハラン政府と考えは一致している部分ですね」



 昨日の声明文は、一応事前にイルリハラン側に見せているとはいえ添削はしていない。あくまで日本の声明であってイルリハランが介入するわけにはいかないからだ。


 考えの一致も前もって言質を取っていたから組み込めただけで、それが無ければあんな前向きな発言もなかっただろう。


 日本の外交は確実な道しかしない。石橋を叩いて渡ると言う言葉があるように、文字通り日本の外交は確実な道筋を立ててから政治的判断を行う。


 今回のようなことを地球時代で例えれば、国際連盟の脱退や太平洋戦争だろう。



「ムルートがユーストルに入るだけで損害は甚大ですからね。世論はどうあれ政府としては協力の一択しかありません」



 だからこそ即座に反論しにくい声明として発表することが出来た。


 宗教的に見たムルートは過去。経済的に見たユーストルは未来。どちらも大事だから決定的な答えは出ない。


 ちなみにこの声明に関して羽熊は通訳しかしていない。全文で関わっておらず、認証式を終えて正式な大臣となった若井大臣と日本政府が考え出したものだ。



「政府内の与野党でも声明に対しての批判は少ないですね。世論はさすがに分裂してしまってますが、日本に対しての不満の声は多くなく。うまい具合に派閥同士の論争にすり替わりました」


「我々はあくまでムルートの生命を守るために干渉するわけですからね。我々を非難するということはムルートを死なせてもいいのかとなります」


「イルリハラン政府内では、妥協案としてアルタランの要請によって誘導のみ干渉することを許可するとなるかと見ています」


「日本側もそう予想しています」



 世界の同意の有無に関わらず日本が干渉すると宣言している以上、手綱を握っているように見せる必要がある。


 日イに対して経済制裁がさほど意味を成さない今、多少は日本の言いなりになるしかないのだ。もちろん日本は天狗になるつもりはなく、自ら手綱を握ってもらうよう声明に盛り込んでいた。


 いずれは特例としてアルタランが日本にムルート進路変更を要請するようになるだろう。



「最悪なのが人為的に誘導されて四日前のムルートが戻ってくることですね。今のところその心配はないですか?」


「はい。普段の倍近い人数で監視していますが、引き戻す挙動はありません」



 いくらなんでもここでユーストルに近づく個体が現れれば、何者かが干渉していると誰もが疑う。犯人がいたとしても続けざまに進路変更はしないだろう。


 人為的でも自然的でも、しばらくはムルートに悩まされることはない。



「ところで至近距離の映像については言及していませんでしたが、公開しないのですか?」


「映像は公開しない予定です。今ここで公開してしまうと無駄撃ちになってしまいますからね。優位性を保つためにも今は残します」



 至近距離のムルートの映像は有力な外交カードだ。今公開しても特に意味はないため、今後のためにも残す必要がある。


「是非とも見たいのですが……」


 リーアンとしてムルートはぜひとも見たいようで、二十代らしい表情でエルマは懇願してきた。


「それについては総理の判断ですので、私の判断ではお見せできません」



「そうですか、仕方ありませんね。ではとりあえずこの問題は未来に先送りでいいでしょう。若井大臣、羽熊博士、ありがとうございました。政府を代表して謝意を表明します」


 言うとエルマは若井大臣らに向けて頭を下げた。


「日本政府はその謝意を受け取ります」



 こうしてムルート問題は一応の決着をつけ、あとはアルタランに丸投げして妥協案を出すのを待つだけとなった。



      *



『ウィスラー大統領、多忙な中時間を取ってもらい感謝する』



 パソコンのモニターの中にイルリハラン王国、ハウアー国王が映し出される。


 本日の業務を終え、寝室で休んでいる中で非公式のテレビ会談をイルリハラン側から打診してきたのだ。


 ウィスラーとしても公では話せないことがあったから願ったりだった。


 互いに国家元首と言う肩書きがなければもっと楽に対話が出来るのだが、国の指導者の立場では中々に成立出来ない。



「構わんさ。歴史に残る政争をし合った仲ではないか」


『危うく毒殺されかけたがね』


「私も危うく侵略者として断罪されかけたよ」



 国家間同士はどうあれ、個人として見るとウィスラーとハウアーの仲は致命的なほど悪くはない。


 親友になる者同士は必ず一度は真剣な喧嘩をしてなる。ウィスラーとハウアーはまさに命がけの争いをしたからこそ、こうして気軽な対話が出来るようになった。


 ただし、それは個人の感情であって国家元首としては別だ。


 国益を鑑みると先の抗争だけで同盟レベルにはなれず、依然として仲は悪い。



「して、要件は何か? ムルートに関してなら無関係だが」


『まさにムルートについてだ』



 だろうなとウィスラーは内心思う。


 時期から見て疑いを持たれても仕方なく、ムルートを使ったのはうまい手と素直に思いもした。



「自然か工作かそちらは公表していないが、やはり人為的に誘導されたのか」


『そうだ。まだ未確認だが、レーゲン製の何らかの装置を発見したと言う報告がある。その装置は発見と同時に爆破されたが』


「その発見した者は?」


『戦死した』


「そうか……だが今回は一切関与していない。いや、していたとしても認めることはないだろう」


『分かっているさ。いまさら貴殿がするとは思えんからな』



 ウィスラーはあの会議のあと、日本人の流出が食い止められないと判断してから恒常的に監視を出来るよう動いていた。


 名目としてはハーフ発生防止と、第三者から見た正常な活動をしているのかを独自に監視する機関の設置だ。



 主権こそユーストルはイルリハランだが、その内部は実質国際共有区域になる。


 健全な資源分配や技術開発、経済発展を考えるならイルリハランと日本だけに大権を持たせてしまうと不要な衝突を作る。


 治安機構はイルリハランと日本が持ち、監視団は一切しがらみを受けずに監視のみをする。


 そうすることで二重の防止になるとして動き出している。



 ムルートを使う手はさすがに思い付かなかったが、ウィスラーがしていても失敗していただろう。


 確かにムルートは世界的に見て聖獣扱いだが、単なる生物だ。未来を考えるならばユーストルを国々は選ぶ。ユーストルに定住されたとしても、何らかの方法を使ってユーストルの外へと出していただろう。



 勧善懲悪。どれだけ悪事を企み行おうと、最終的には防がれるものだ。


 それが根源的に持つ社会の修正能力と、ウィスラーは先のことで痛感した。


 歴史を見ても、悪道が勝った試しはない。



『容疑は掛けさせてもらうが、おそらくはレーゲンに罪を着せるためか、調査を混乱させるためだろう。現在現場を調査中だが、なにか心当たりはないか?』


「何もしていないと証明は出来ないからな、それは構わん。それで心当たりだがいくつかある。だがこの場では言えんだろう?」



 非公式のテレビ会談だ。有力な情報があっても出所不明になるので伝えるわけにはいかない。



『公式では後日外務省を通じて聞くつもりだ。今は友人として聞きたい』


「ハーフである私を友人と呼ぶか」


『不満か?』


「……いや、悪くない。実行犯の心当たりだが、あるとすれば金さえ積めばどの国でも工作活動をする『ラーラ』か、反異星人活動団体の『クレイム』だろうな。国なら、まあ我が国含めてシィルヴァスやメロストロもありえる」



 今は資金提供も指示もしていないが、ハウアーに毒を盛るよう指示を出したのは『クレイム』である。ただし、殺すなと厳命してあるので混合毒を用いた。



『二大大国もか……いやありえる、か』


「二ヶ国にとってはユーストルが一番邪魔だろう。あれらの国が発展したのも、ユーストルに比べたらごくわずかだがフォロンの鉱脈があったからな」



 先進国になる条件の一つに、自国の領土にフォロン鉱脈があるかないかがある。むろん必須条件ではなく、鉱脈が無くても先進国と呼ばれる国はいくつもある。


 だがシィルヴァスとメロストロがトップになれたのは、ひとえにフォロン鉱脈があったからだ。以前は大鉱脈と呼ばれたものの、ユーストルに比べたら鼻で嗤うレベルだが発展するには十分な量がある。


 なのでユーストルのあるイルリハランは異星国家と交えて前代未聞の発展が見込まれるため、二国にとっては面白くない。


 妨害する理由としては十分ありえる。



「立場上協力は出来ないが、無事に解決することを願うよ」


 あくまで立場や肩書きを捨てて一個人としてだ。


『夜分に済まなかったな』


「色々と借りがあるからな。出来る事なら協力をしよう」


 通話が終わり、ウィスラーは背もたれに深く体重を掛ける。


「友か……私にな」



 政争の最中、共に実質の命の取り合いをしたと言うのにそう言ってもらい、胸の中に妙な温かさを覚える。


 母が死に、天涯孤独となってから常に一人であり、友と思う人は一人もいなかった。


 部隊にいた時は部下はいても、仲間はいなかった。


 常に裏切られ、一人になっても構わない気概で生きてきた。



 当然ウィスラーの事を友や仲間と呼んでくれる人は一人といない。


 だからか、あんなことがあっても友と呼んでくれたことに喜びを感じている。


 まさかなんてことない日にこんなうれしい言葉を聞くとは、未来は分からないものだ。


 ウィスラーはそう思いながら、テーブルに置いてある水の入ったコップを手にした。



 飲酒はもうしていない。

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