第8話『メディア』

 ピロリロリン、ピロリロリン


 ニュース速報


 日本政府、異地世界地図を入手。



 あの佐々木総理の記者会見から開始されたテレビ放送は、在京テレビに限り完全ノンストップで続けていた。



 CMなんて一切なく二十四時間ひたすらに国土転移に関する報道を続け、ニュース速報はこの二日間で十回以上出している。



 CMがないのはスポンサー企業が軒並み事業停止し、震災時と同様不謹慎さを出したくないのもあった。あの東日本大震災の時に種類が少なくノイローゼ気味にさせたあのCMすら自粛するくらい、テレビ局も慎重をならざるをえず、結果キャスターや出演者は気づかれないよう交代を続けながら、しかしテレビ局スタッフは交代出来ずひたすら放送を続けていた。



 ニュース速報の第一報は、佐々木総理会見中の『佐々木総理、日本異世界に転移を認めた』で、それから国防軍が異地の偵察や異星人と接触。飛行艦に追跡されるなど大きなことが起これば速報の形で発表され、詳しいことはすぐにアナウンサー・キャスターらが話し続けた。



 西暦二〇一九年、四月十五日、日本時間午後十時五分。大和テレビ、特別報道番組。



「いまニュース速報がありましたように、異地の調査で出国しておりました国防軍は、昨日接触したイルリハラン軍と再び接触。穏便な接触でお互いに情報交換をしました。その際、日本側は地球の世界地図を提供し、その代わりにイルリハランもこの星の世界地図を提供した模様です。こちらが異地世界地図です」



 男性キャスター栄田一成と女性キャスター早乙女京子は左右に一歩離れ、後方にあるモニターに地図が表示された。



「こちらが数分前に政府より提供された世界地図で、我々も地図を見るのは初めてです。大陸は大きく三つが確認できて、オーストラリアやグリーンランドくらいの大きさが四つ確認できます」



 画面を指さしながら誰が見ても分かることを丁寧に解説をする。



「注目する日本の位置ですが、ここに円形の地形が見えますね。国土地理院の観測によりますと、この星の大きさは直径で地球の十二倍と巨大でして、その円周は実に四十八万キロになります。四十八万キロに対しての四千キロなのでこうも小さく見えるんですね」



「専門家の意見では、この星の重力は地球の五倍から六倍に達するとのことです。これは体重六十キロが三百キロになり、こうして立つことは困難な状況となります。しかし実際重力は地球とほぼ同じ9.813 ⅿ/s²で、そうなった要因は地球の十二倍速い自転速度と、この星の質量と密度が低いか、または空飛ぶ原理が作用としていることが考えられます。どちらにしろ、重力がほとんど変わらないのはうれしいことですね」



「この世界地図は地球の地図と同じように国境線と思われる線があります。それで見てみますと日本がいます円形山脈は南北で国境が引かれていますね」



「政府の発表では北側がこの円形山脈、えー、異地語でユーストルと呼ぶようですがイルリハランの領地で南側がレーゲンと呼ばれる国家であることが分かりました。気になる昨日の国防軍にミサイル攻撃したのはレーゲン国であることが分かりましたが、なぜレーゲン国の軍艦、便宜上飛行艦と呼んでいますが日本の国防軍を攻撃したのかは不明です」



 背後の画面に望遠レンズで撮影されたレーゲン国旗を掲揚する飛行艦が表示される。



「こちらが異地世界の軍艦ですね。イルリハラン軍の飛行艦も大きさに違いはありますが似通った大きさをしているため、地球海軍の駆逐艦の艦種と思われます」



「見た目は潜水艦ですね」



「飛行機のように翼を使わずに飛べて、それでいて航空機のように飛べることからそんな形なんでしょう。空を飛ぶため超文明の乗り物と思われますが、ミサイル攻撃や船体の上下にある速射砲から駆逐艦を飛ばすとあんな形になったと思われます」



「栄田さん詳しいですね」



「幼少のことから軍艦が好きでしたので。二年前に就役した護衛艦〝しなの〟にもプライベートで乗艦したことがあります」



「そうだったんですか。それでこの飛行艦ですが、私はあまり詳しくありませんが木目のような模様が見えます。軍艦は木材で作ったりするんですか?」



「木材で出来た船は昔はありました。機雷の除去に非磁性、つまり金属を使わない建材が必要でして、いまでこそ強化プラスチック製ですが昔は木材を使っていました。ただ航空機のような速度を出すのに木材を使うのは強度が不安ですね」



「ではこれは木材ではないと?」



「いえ、さすがに画像からは何とも言えません。飛行艦を作るのにこの木材が必要かもしれませんし、単に建材が足りずに代用している可能性もあります」



 日本政府は、まだ異地原住民は地上への拒絶感が強い可能性があることを発表していない。これは日本と異地間に於ける人種差別の要因になる可能性が高く、人権尊重主義を国是とする日本では出来ればコントロールして発表をしたかった。



 そのため世界地図や飛行艦、イルリハランの軍人の画像は公開しても、政治的配慮が必要な情報は平時同様非公開とした。



「続いての情報ですが、総務省は明後日の十七日午前零時より地球日本時間から異地時間へと時差を修正することを決定しました。異地時間の詳細は、昨日国防軍の異地偵察隊がイルリハラン軍と接触した際に入手した腕時計より割り出しました。地球時間と異地時間の時差は、異地時間が二時間四十三分早く、日本時間で明後日の午前零時を過ぎた瞬間、午前二時四十三分に修正をします。電波受信するデジタル時計は自動的に切り替えられ、アナログ時計はお手数ですが手動で調整を願う形となります。この日本時間から異地時間への変更情報は、定期的に報道するとともにインターネットでも常時告知します」



 時差の変更がたった二日しかない状況で、全国一億二千万人全員に情報を通達するのは難しい。そのため一時間ごとに時間差をつけて在京テレビでは告知をし、インターネットではポータルサイトやニュースサイト、強制表示させるネット広告で喧伝して、しつこく全国で時差を修正させ時間問題を未然に防ぐ策を取った。



 さもないと二時間四十三分のずれが如実に社会に襲い掛かってくる。


 日本だけの問題ならそのまま通せばいい。しかしイルリハランとの貿易が必須であるため、どうしてもイルリハランとの時間を同じにしなければその調整が面倒になる。



 もっとも国土が真横に広いと東と西で時差が生まれて四時間や六時間もズレるが、それでも四十三分のような半端な数字は使わない。見たところイルリハランは縦長の国家なので時差はないといって差し支えないだろう。



 ネット上ではすでに日本時間と異地時間を同時表記したサイトが検索すればいくつも出てくる。いくらこの世界ではこの世界の時間があれど、日本の、地球の時間を失うのには抵抗があるのかもしれない。



「日本政府は昨日の閣議で、来月の一日をもって東京証券取引所の再開をすることを決議しました。すでにライフライン、交通関係の職員の一部は戻りましたが、民間企業の多くがいまだに再開のめどが立っておりません。しかし日本の寿命が半年しかない今、一刻も早い経済再開が必須であるため、半月間と短く資金めぐりも厳しく身を大きく削りながら再開する方針を取りました。気になる退職金の返納は全社で要求しないことを決定し、退職金問題により会社との軋轢が生じぬようを根本から無くす方針をする模様です」



「無条件復職の条件は、昨年十月一日の時点で在籍していた一点で、企業はその日以降の退職は転職を除く理由であれば復職させなければなりません。その日以降転職して退職したかたは最終企業との相談となり、十月一日以前の退職もその企業との相談となります」



「経団連はこの対策に各社の考えを無視したものと難色の色を見せておりますが、このままでは日本全体が死に絶える現状から認める方針です。野党は早急な判断に批判せざるを得ない。もっと穏やかな方法があるはずだと発言しており、片岡官房長官はこう答えています」



『大震災であれば局地的であるため困難でも緩やかな再開は出来ましょう。ですが此度は全国による再開で、時間も半年しかありません。この半年の間でイルリハラン国または周辺国との貿易交渉をしなければなりませんが、貿易は入るものもあれば出ていくものもあります。事実上イルリハラン国内に不当にいる我が国としましては、輸出するものを用意しなければなりません。東京だけ、関東だけ、東日本だけが助かっても意味がないんです。日本国が助かるためには大きく苦しみ、身を削りながらもとにかく経済を再開しなければならないのです』



「現在の物価は平時の十倍近く達しています。これは百円の品物が千円、一つ二百四十円だったキャベツが二千四百円と高額になっており、この異常な物価向上を防ぐためには物流の潤滑な再開が必要となります。日銀は今のところ資金流入はインフレに拍車をかけるとしない方針で、この半年の間にどれだけ物流が回復するかが日本の存命の要となります」



 ピロリロリン、ピロリロリン


 ニュース速報


 茨城県神栖市須田浜沖異地上空に浮遊物体出現。



 画面の端から丸映りするくらいの勢いでADが現れ、一枚の書類を栄田キャスターにで渡す。



「また臨時速報です。テロップにありますように、現在日本と異地が陸続きとなっております、茨城県神栖市須田浜沖上空に、巨大な建造物を乗せた浮遊物体が滞空しているとのことです。浮遊物体にはイルリハランの国旗が掲げられており、イルリハランの所有物であることがうかがえます。えー、現地と中継がつながるとのことで一旦切り替えます」



 背景のテレビだけでなく、画面全体で浜辺側の風景とリポーターに切り替わる。



「こちらは茨城県須田浜市須田浜に来ております。日本と異地をつなぐ接続地域はここから五キロ離れた場所にありますが、危険とのことで立ち入りが制限されております。ご覧ください、あの空に見える巨大な物体を!」



 カメラのピントが目の前のリポーターから背後の空へと修正される。そこには台形をひっくり返した台座に建物が建設された巨大な浮遊物体があった。



 高さは概算で台座を含めて三百メートル。横幅は五キロはあり、それが上空二百メートルくらいのところでゆっくりと移動している。



 その浮遊物体の周辺を、日本のヘリやオスプレイがゆっくりと飛んでいた。



「国防軍のヘリやオスプレイも見えます。浮遊物体からの攻撃も国防軍からの攻撃もないことから誘導しているのかもしれません。このことへの国防軍からの情報は入っていません」



 画面の端から三隻の駆逐艦級と戦艦級の飛行艦が現れ、ゆっくりと浮遊物体の甲板と言うべきか台座の上部へと着陸した。



「今、イルリハラン軍のと思われる飛行艦が浮遊物体に着陸しました。おそらく軍事施設と思われます。空母……にしては形が他のと違うため、軍事基地と思われます!」



 ゆっくりと移動する浮遊基地は完全に停止し、その周囲を旋回するヘリやオスプレイは一気に散開した。



 カメラは最大望遠でその浮遊基地を画面いっぱいにする。遠すぎてぼやけてしまうが、それでもその基地から飛び出す原住民の姿まで捕らえられた。



 なお、全てのチャンネルでこの浮遊基地は報道され、接続地域を中心に南北から撮影された。



 そしてネットの世界でも国土転移直後に始まり、幾度と人手不足からサーバーが落ちながら二十四時間ノンストップで騒ぎ続けていた。



 日本最大の掲示板でも『国土転移』『セイレーン(旧異世界原住民)』『異世界』『浮遊術』『浮遊基地』諸々と注目するカテゴリーでスレッドが乱立し、スレッド限界である千は十分も掛からずに超えまくった。



 国土転移の掲示板は二通りの原因から議論が交わされた。


 一つは定番の日本政府による国土転移実験である。日本はネットの世界だろうとテレビの世界だろうと、現実の世界だろうと科学技術力は世界トップクラスだ。実用化に至れなかった核融合施設でも可能性を見出しているくらいで、転送技術を密かに持ってレヴィアン落下に合わせて起動したのではないかと、ソースも何もないのに話が繰り広げられた。



 もう一つは政府が可能性を公認しているレヴィアンによる超常現象だ。佐々木総理の会見でも言ったように、転送技術があるのならレヴィアンに使えばいい。インディアナに搭載してもいいし、衛星にして打ち上げて待機しても対応できるため、前述の主張は少々力が足りない。



 インディアナの調査で、レヴィアンの組成が地球上には存在しない鉱石で出来ていることは分かっていたが、だからと言って『地球に存在しない物質』だから転移が可能であるのも強引な考えで、結局のところどちらが正しくて間違っているのか分からず、だんだんと眉唾な、誰かが適当に呟いた理論も織り交ぜ訳の分からないものになったりもし、反日的なコメントも混ざったりと過熱に盛り上がっていた。



 セイレーンはネットの中で急速に定着し始めた、まだメディアでも使っていない異地原住民の俗称である。



 セイレーンとはギリシャ神話に登場する海の怪物の名だ。海の怪物と言っても海洋生物の姿ではなく、上半身は人間下半身は鳥の姿をしている。名前から人魚っぽい印象を覚えるがそうではなかった。



 しかしネットは適当な世界なので、それっぽくみんなが認めれば急速に定着していく。



 脚が一体化しているため遠目からすれば人魚っぽく、それでいて空を自在に飛び、しかも最初の写真が女性だったことから、ネット世界では異地原住民をセイレーンと呼称するようになった。



 で、ネットでこのセイレーンの話題と言えばズバリ言って『性』に関することばかりだった。



 ネット自体性的表現の巣窟の上に対面で話すわけではないので、遠慮なくそんな話題ばかりしてしまうが、こればかりは知りたいと思っても致し方なかった。



 まずセイレーンには股がない。服の上でしかわからないため、ひょっとしたら太ももの隙間ことビキニブリッジがあるのかもしれない。だとしてもどうしても気になるのが生殖器の位置である。



 男性のように突出しているのか、女性のように埋没しているのか。前面に生殖器、背面に肛門があるのか、両用とも前か後か、下品でありつつも生物学的にはある意味真面目な議論が交わされ、ラフや綺麗なイラストとして投稿したりと暇がない。



 それにブレた写真からしっかりとした写真へと差し替えられたとはいえ、最初のセイレーンが女性だったこと、人類史上初の公式異星人ともあって、まるで日本一のアイドルのように彼女の知名度はうなぎ登りとなり、続々と公開される国防軍とイ軍の接触写真はあまり話題にならなくなった。



 ついでに彼女に最初に接触した羽熊洋一は、羨ましいとかリア充とか嫉妬のコメントばかりが並んだ。



 テレビでは主にこの星のことを異地と呼んでいるが、やはりネットではそんな言葉は出ずに異世界とふんだんに使っていた。



 元々地球の創作物で異世界は事欠かない。自衛隊が異世界に派遣するのもあれば、宇宙進出で未開の星に降り立つこともある。物体として人は地球を出ることは叶わないが、空想の中では理想の地に行けるため地球以外の世界では数多と言っていいほどある。



 けれどさすがにどんな空想物も、相手国が中世だったり超文明だったりで、科学力が同じでそれも空を自在に飛ぶ人種が揃う話はなかった。



 だからこそネットの世界が自分の世界である住人らは、様々な妄想をぶちまけたりする。



 現実的に考えて円形山脈を日本の領土として膨大な土地を占有しようとか、石油を産出して金持ちになろうとか、はたまた空飛ぶ技術を手にして空を自由に飛びたいと様々だ。



 そしてやはり空を飛ぶ事実があれば定番の魔法を肯定する意見が多く、日本政府はその事実を隠してる云々、魔法と科学が両立するわけがない否定派とこれまた議論が絶えない。



 浮遊基地も速報が出た瞬間からスレッドが立ち、天空都市キタ――――――から始まり、ひたすらにバルス、人がゴミのようだと有名なアニメ映画から引用したコメントが乱立し、サーバーが落ちた。



      *



「親愛にして善良なる国民よ。特に円形山脈近辺に居住を抱える方々よ、此度の異星国家の出現にさぞ驚きと不安を抱えていると思おう」



 イルリハラン軍とニホン軍が接触した日の午後九時。



 イルリハラン全国放送にて、国王であるハウアー・フ・イルリハランはニホンが出現して以来初のテレビ放送を行った。



 この放送は同時に国際放送で全世界でも発信される。



「我が国の最南端領土にして、世界的にも稀有な円形の山脈内にて、謎の国家が出現してから今日で四日目を迎えた。出現した国家の名はニホン。島国であるその国は、すでに報道で知られているように、天に立つ我らとは違い地に付き、しかし我らと変わりない科学力を有している。国民たちよ、現在日本は我が軍の監視下にあるため安心していただきたい。ニホン軍は自国内で防衛を固めるにとどまり、侵略の意図がないことは我が軍の偵察隊により確認している。そして、目論見が外れ軍事行動を取った暁には、我が軍の総力をもってニホンを殲滅する旨、不必要な行動は避けてもらいたい。



 さて、気になるニホンの出現理由だが、いかんせん言語の理解が十分ではない。我が軍の特別隊により、早急な言語の理解をしたうえでニホンの真意を測るつもりだ。ニホンがこの星に来た理由が、意図したものか、または不慮により来たのかは分かってはいない。ニホンの調査は随時行い、分かり次第伝えることを約束しよう。



 とある国がこの問題は国際問題にするべきと提案が来ているが、この問題は我が国イルリハランのみのことである。国際問題にするなど笑止であり、近隣諸国はぜひとも安心していただこう。ニホンが現れたのは我が国の領土内であり、その動向はしっかりと監視している。我が国、及び隣国への不当な侵攻は必ずやユーストル内で食い止める所存であり、そのために一基の浮遊基地を設置させた。



 軍関係者及び、国民の中にはニホンを不安視し殲滅戦をするべきとの意見があり、それは私の耳にも入ってきている。我が国の領土内に突如得体のしれない国家が現れたのだ。その心中は私も十二分に理解している。必要であれば攻め滅ぼす判断もいとわぬつもりだ。



 しかしニホンはその領土分を侵略したが、それ以上のことをしていない上に、ニホンは歴史上初の異星国家と言う事実を忘れてはならない。宇宙からでなく領土内に突如国家ごと現れる想定外に不安はあれ、今後永久に歴史に刻まれる名を安易に殲滅しては取り返しのつかないこともあろう。歴史に〝もし〟はない。我々は高度に成熟した現代人である。知らぬ相手に暴力をもって屈服させるのは過去の考えだ。ニホンのことを知り、知った上でニホンとの対話をするつもりである。



 どうか国民は不確実な情報に惑わされぬよう、切に願う」



 ニホンの情報は、政治的理由を除いて速報の形で国民に流布している。フォロンがないこと、向こうも同じくロケット技術を所持し、タブレットなど高性能な電子機器を所持していることなど、ユリアーティ偵察部隊から入手した写真や映像を元に、二日前から報道では普段の報道と絡めて特別枠を作り国民に報道していた。



 異星国家問題、またはニホン問題は全世界が注目している。全世界が加盟する世界連盟ではイルリハランの意向など無視して対策室を設けた。なにせ異星人である。空想の存在が実在し、あまつさえ宇宙からでなく地上に現れ、それを当該国のみで世界は関わるなと言う方が無理な話であった。



 正直なところみな知りたいのだ。宇宙人を。他の星で文明を栄えた国家を。ニホンを。



 とはいえイルリハランは国内総生産世界七位の先進国。軍事力だけで言えば第四位の国家だ。世界上位の国家の主張を無視して世界同盟が指図するわけにもいかない。



「レーゲンは世界連盟に対し、イルリハラン一国の対処させるのではなく、全世界で対応するよう外務省レベルで通達したことが分かりました。世界連盟議事堂議長のマーサ氏は、この通達に対しニホンが大規模な軍事活動をし、イルリハラン国の能力を超え、この問題がイルリハラン以外に波及しない限り国際問題になりえないと断りを入れました。世界連盟はイルリハランとは別にニホン問題対策委員会を立ち上げていますが、現状連盟はイルリハランに対し情報提供を呼びかけるにとどめております」



 宙に浮く椅子に腰かけるキャスターのアロウ・シルバルは書類を見ながら原稿を読み上げる。



「レーゲン外務省はこのコメントに対し、大変遺憾でならない。歴史的出来事を一ヵ国で処理させるのか、と苦言をあらわとしました」



 つまるところ羨ましいと主張しているわけである。



「本日は軍事評論家のレオニードさんをお呼びしています。レオニードさん、来ていただいてありがとうございます」



 画面がパンしてやや中太りのリーアンが映し出される。



「いえいえ、私なんかの意見が通用すれば幸いなところです」



 今回呼ばれたのは、軍事評論家から見たニホン軍の戦力を探るためだった。



 画面は切り替わり、巡視船〝ソルトロン〟から撮影されたニホン軍の地上施設が映し出される。



「さっそくですがレオニードさん、この二日間でニホン軍は小規模の部隊を円形山脈内に展開していますが、そのことから何が伺えますでしょうか」



「そうですね……少なくとも転移当時からニホンはこちらの言葉を知らず、しかし不当に捕虜を取ろうとしないことから、向こうは平和裏にこちらのことを知ろうとしていることが分かりますね」



「ではハウアー国王がおっしゃいましたように、ニホンはこの星に望んで来たわけではない場合もあると?」



「それでしたら転移当初から本日までの日本の行動の説明が出来ます。逆に侵略目的であれば、入念な調査をしたうえで可及的速やかに首都と、重要軍事施設を奇襲するはずですので、言葉が通じず衝突を承知でニホン軍が声をかける危険も犯しません。もっとも友好的であることを見せつけ、こちら側が油断したところを狙う可能性が残るため、どの段階で信用するかはニホンと対話を続ける他はないでしょう」



 つまり、前提として不可抗力で転移してきた場合、国の性格次第では今日以降の日本の対応は変わる場合はあるわけだ。イルリハランのようにテーブル外交であれば武力衝突はまずないが、レーゲンのように武力外交に主眼を置いているなら、卑怯にも油断を誘わせ信用しきったところで攻める。これは現段階では判断できない。



「まだ軍の偵察隊レベルでの交流が始まって二日なので、お互いに日常会話が出来るくらいになってからが秘密裏の勝負になりましょう」



「ありがとうございます。レオニードさん、この画像から分かるようにニホン軍は様々な乗り物を保有していますね。見た目からどんなものか予測できますか?」



 背景の画面は八分割され、その分割それぞれに四つのタイヤがついたものから砲が付いた重装甲の乗り物、プロペラを用いた乗り物と区別された画像が表示される。



「地に付く前提の乗り物は当然ながら開発していませんからね。着陸した浮遊船の移動にタイヤは使いますが、あくまで軽く移動させるものであり、それを中心に移動する概念はありません。そしてあの砲塔装甲車はおそらく対空目的ではなく対地攻撃用に開発したのでしょう。砲塔装甲車同士や建物への攻撃ではないですかね。我々と違い空を飛ばない二次元の生物なので、二次元中心の武器。三次元中心の武器と作り分ける必要があると思われます」



 リーアンは三次元の生物であり、そのため兵装も三次元に対応した武器しかない。水平に向けようと上下に逃げられるなら、弾を破裂させ立体的に攻める戦略を取ったりする。



 しかしニホン軍の兵器は、二次元は二次元、三次元は三次元と綺麗に分かれていた。



 これはリーアン側にはないカテゴリーだった。



「このプロペラで空に立つ非浮遊機は、その原理こそ調べてはいましたが残虐性が極めて高いことと、燃費が浮遊機の十倍以上悪いことから研究段階で中止になった機構ですね」



「残虐性が高いんですか?」



「浮遊機は我々同様レヴィロン機関によってフォロンの中を潜るように進みますが、このプロペラ機構は大気の中を進むので、真下に向けて猛烈な風を生み出しその反発で空に立つんです。そのためすさまじい速さでプロペラが回転するので、近づけば細切れになってしまいます。単にプロペラを武器にしてレヴィロン機関で空に立つ方法もありますが、その前にロケット弾を受けて終わりですし、レヴィロン機関と揚力が喧嘩しあってコントロールが効かない可能性もあるんです」



「なるほど。ニホン軍はレヴィロン機関だけでなく、フォロンもないため航空力学に則った乗り物を作るしかないわけですか」



「だと思います」



 画面は切り替わり、海に浮かぶ地上とは全く異なる、そちらかと言えば浮遊駆逐艦に似た乗り物が映し出される。



「これは何でしょう。海に浮かぶ乗り物なんて初めてみました」



「これも二次元の人種であるため、水の上を進むにはあのような乗り物が必要あるのでしょうね」



 画面は半分に分割され、右側は灰色の船、左側は白っぽく小さい船に切り替わる。



「左側の乗り物は、ユーストルとニホンを繋ぐ陸地から南に数十キロ離れた海上で撮影された乗り物です。右と左で大きく違いますが、右側のは軍用とみてよろしいですか?」



「ええ問題ないと思います。速射砲らしき物が見え、昨日レーゲンの軍艦が発射したミサイルを迎撃するために撃っていた。逆に左側は明らかに武装らしい武装がないので民間の乗り物と推測できますね」



「ではこの乗り物はこちらへの攻撃のために停泊していると思いますか?」



「いえ、どちらかと言うと防衛のためでしょう。衛星からの観測でレーゲンのミサイル迎撃にしか発射していないのを確認していますから」



「そう聞きますとニホンは侵略目的に現れたとは思えませんね」



「ええ、ただ状況からの推測なのでここで断言するのは危険です。そこはしっかりと防務省と政府は対応してほしいですね」



「ありがとうございました。それでは続いてのニュースです」



 ここから報道内容はニホンから国内へと切り替えた。ニホンに関する情報はイルリハラン人は全員知りたいことだが、さすがに終始するわけにはいかない。



 アロウキャスターは国内のニュースを話し出した。



 各テレビ局も半々でニホン報道、国内報道をしている。しかしネットだけはその制限は受けず、十種類はある著名なニュースサイトそれぞれが、ニホンの専門サイトを立ち上げて数多の情報源から入ってくるネタを元に二十四時間体制でアップし続けていた。



 フルットニュースと言うサイトでは、各ニュースそれぞれに掲示板へのリンクが張られ、その記事に関する好きなコメントをアップすることが出来た。それはニホン専門ページでも同じことであった。



 現時点で注目されているのは、史上初のイルリハラン人とニホン人の握手をしている写真だ。



 握手をしているのはイルリハラン軍ミュリーア州ユーストル、ラッサロン基地所属リィア・バン・ミストリー大尉で、対するニホン人は肩書不明のハグマヨーイチ。



 お互いに安心し笑顔を見せた写真に対するコメントは様々だ。



 最初に笑顔を見せて背後からズドンするに決まってるだろ。



 いやだったらんなことしないで攻撃すればいいじゃん。国王陛下にするならまだしも兵士一人消しても意味なくね?



 写真よく見てみろ、ニホン人なにかに乗ってるぞ。俺たちと同じ目線になるのに道具使わなきゃだめとか、劣等種丸出しじゃん。



 空飛べないのにどうやって同じ目線になるんだよ。飛べないからって劣等とかいうのどうかと思うぞ。



 お前はニホンの方を持つな。さてはニホンからハッキング仕掛けてんのか?



 んなわけねーだろ。向こうもパソコンがあろうと仕様が違うから繋がるわけないだろ。



 写真を見る限りじゃ騙す演技には見えないよな。他にアップしてる軍人とは明らかに職業違いそうだけど、政府関係者っぽくない。



 向こうにとっちゃユーストルは未開の地だろ。動物もいるのに民間人を前面に出すかね。



 ならハグマって男なにもんだよ。男でいいんだよな? あれで女だったらショックなんだけど。



 それより俺は後ろのルィルさんのこと知りたいな。検索しても出ないんだよな。



 女兵士ってそそるよな。それにかわいいし。



 まさか映画みたいにあのハグマとかとくっつくとかないよな?



 ないだろ。人種つーか星レベルで違うんだからよ。



 一体どうなるのかね。もしニホンがそのまま居座るってならレーゲンが


黙ってないし、いろんな国もあれこれ言ってくるだろ。



 でもさ、地面にいるってことは地下資源掘り放題じゃね?



 そうだよな。おいどうする、ニホンがユーストル中掘り返して、レヴィニウムやフォロン結晶石を手に入れたら。



 心配ねーだろ。いくらニホンが攻めてきてもたった一ヵ国だぜ。ウチの軍でも対応できるし、だめならレーゲン以外の国と共同でやれば終わりさ。



 ニホンの女の人ってどんな格好かね。脚が二本ってどうなんだろ。



 エロ野郎。



 うっせ!



 まあ一週間もすりゃもっといろんな映像とか写真が入るだろ。俺たちがあれこれしなくても勝手に出て来るさ。そのための軍なんだからな。



 そうだな。たった二日で色々とやってるんだ。一週間もありゃ外交交渉とかしてるんじゃね?



 ま、待つしかないよな。



 こうして議論は24時間ノンストップで続けられ、決して絶えることはない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る