第3話『偵察』
『緊急指令! 緊急指令! イルリハラン円形山脈地方に謎の湖と島が出現した。偵察隊七〇三は警戒を厳として偵察に当たれ。繰り返す――』
緊急入電が入ったのは、いつも通りに巡回パトロールを終えて帰投する直前のことだった。
「了解。偵察隊七〇三は円形山脈に出現した湖と島を偵察する」
十四人で構成される偵察隊の隊長、リィア・バン・ミストリー大尉は緊急入電に毅然として答え、防務省情報局から送られた画像を見る。
『なにこれ、なんで湖と島が?』
『見たことのない島の形だな。生き物っぽい形をしてる』
「私語は慎め。レーゲンが新たな手を打ってきた可能性もある」
「リィア隊長、我々の戦力ではほとんど何もできませんが」
「調査なのだから戦闘をするわけないだろ」
偵察隊の基本武装は高機動浮遊艇三台。散弾小銃と拳銃が各一丁で予備弾薬。手りゅう弾三つにその他諸々と同数との部隊では交戦出来るがそれ以上となれば敗走しかない。
だがあくまで偵察任務だから、その謎の島に接近しすぎて交戦をする必要はない。
その島が何なのか、安全か危険か衛星写真では分からないことを知れればそれでよかった。
ここ最近隣国レーゲンから戦闘こそなかったがそれに近いことはいくつかあり、本格的な戦闘になるのではと隊員の緊張が高まっていく。
リィア大尉は隊員に聞こえない程度で小さく溜息を吐いた。
浮遊機の発達で昔のような人と人が人海戦術で押し通す戦闘は少なくなった。だがなまじ本格的な戦闘が少なく訓練ばかりだからどうしても心構えがなっていない。
「隊長、意見具申」
「ルィル曹長、なんだ?」
「衛星画像を見ると、ちょうど中心部に大都市らしい面影が見られます。その他は緑なので人は住んでいないと思われます。調査をするのであれば、この大都市が見れる高度からがよろしいかと」
ルィル・ビ・ティレナー曹長は手持ちの端末を指さして意見を具申する。その指先には灰色一色の都市らしい面影が見られた。確かに突然現れた島の七割近くが木々であろう緑ばかりで、弓なりの島の中腹と、さらに西にも同じく灰色に満ちた何かが見られる。
さらに追加暗号ファイルが送信されてきた。それを開くとちょうどルィルが指摘した部分の拡大画像が表示される。
その画像に隊員全員が驚愕した。
「人が地面についてる」
『これはレーゲンじゃないぞ』
全員が隣国でもなければこの星の生物でもないことを確信する。約十メートル四方にまで拡大したファイルは画像ではなく動画で、画質は荒いが地面を移動する乗り物と地面を移動する生き物が映っていたのだ。
「空に立たない人がいるなんて」
人は空に立つ者であって地に付く者ではない。地を移動するなど常識的にありえなかった。この星で地をつくのは野生動物だけであり、人は例外なく空に立つのだ。
「この島はこの星の物じゃないな。見たことがない」
『じゃあ宇宙人?』
「かもしれん。映画のような侵略をしに来たのかもな」
その可能性により一層緊張感が増大た。
「隊長、ならなおのこと迅速な調査をするべきです。私はこの首都級の都市の調査を具申します」
ルィルは強くその都市の調査を希望する。大抵の国はその首都を知ることで文化や文明水準、人間性を知ることができる。当然の如く首都であればその国の顔だ。どんな国なのかも推測できる。
「……今いる場所はここ、この島国まで最短で五百キロ……一時間で着くか」
指揮官としてルィルの判断は賛成できない。画像を見る限り大都市だ。それだけの大都市を維持すると言うことは経済規模もそれなりで、相応の軍隊も保持しているだろう。対空兵器があるかは分からないが持ってしかるべきで、どんな目的で来たのか分からないと言うのに近づくのは無謀に等しい。
しかし事に至っては短期間で確度の高い情報を防務省に伝えなければならないのも事実で、危険と国防を天秤に掛けリィアは国防を選んだ。
「よし、まずは最短距離で島国に向かう。その後は高機動艇を降り、単身でルィル曹長が指摘した首都級の大都市に向け、湾岸沿いを北上する」
「単身でありますか?」
「そうだ。向こうにレーダー設備があれば見つかる可能性がある」
近年ではステルス仕様に改装が始まっているが、まずは戦艦からで高機動艇にまでは予算の関係からまだだった。形状をステルス仕様にしてもレーダーにはそれなりに映ってしまう。
「だが単身であれば鳥と誤認されるかもしれん。危険は伴うが狙い撃ちされる危険性はなくなるだろう」
実際近代戦でも浮遊機の撃墜数より浮兵の撃墜数の方がはるかに少ない。いくらレーダー技術を発達させても、まだリーアン大の動物との完璧な区別が出来ないのだ。リーアンの技術を異星人に当てはめるのは危険だが、危険を考えすぎれば何もできなくなる。多少の危険は覚悟の上で進むべきだ。首都級の都市に向かうなら尚更である。
「偵察隊七〇三出発!」
リィア大尉は無線と合わせて命令を飛ばし、地上二百メートルで静止していた三台の浮遊機は徐々に加速して一路首都級都市から東に数百キロ離れた都市へと向かった。
「ルィル曹長、この島国は一体何なんでしょうね」
偵察隊七〇三は隊長として大尉一名。副長として曹長一名。以下は兵長から一等兵まで十二人。その中で実戦経験があるのはリィア大尉とルィル曹長とマルバント兵長で、下士官以下の兵は訓練こそしても実戦経験はない若造であった。
そのために目に見える実戦の予感から、緊張を解すためにルィルと同じく女性兵であるティア一等兵は後部座席から尋ねた。
「そうね、少なくとも宇宙人なのは間違いないわね。けど映画みたいな禍々しいとか生物的な様相じゃあないけれど」
映画で見るような宇宙人は、例えビル群であっても生物的な意匠だったりする。異星人と強く認識するための演出だが、本当の異星人はリーアンと同じく科学的、数学的な意匠でルィルは強い関心を持った。
「建造物の作り方は木造ではなくて石造りかしら。けど大都市を築くだけの岩を加工するなんて信じられないわ」
「ひょっとして金属とか」
「乗り物はそうみたいけど数がすごいわ。ガラスも建物に一面に使われてる」
「島国は宝の宝庫だな」
防務省から随時送られる謎の島国を見る度に、ルィルは国益を中心に思考を巡らせる。もしこの島国を利用できればイルリハランは一気に列強国の中でも、さらにトップになることも不可能ではない、と。
浮遊高機動艇三台は、島国のレーダー網の有無と範囲が不明であるため、定石通り地面すれすれの超低空飛行で移動を続けた。最高速度六百キロは出せる浮遊高機動艇をもってすれば、日が暮れるまでに島国の上空に達することはできるが、夜間での偵察は常識でも今回は見送った。これも相手がどこまでこちらのことを知っているのか、どんな性格を持っているのか分からず敵地に入るのは危険と判断したからだ。
円形山脈には都市も集落もない。世界でも珍しい円形に山脈が連なるためイルリハランは自然保護区として設定し、この地域に人工物はほとんどおいていなかった。浮遊軍事基地も都市島もないのも自然保護の一環と、ユーストルを手にしたところで都合のいいところがあまりないのが挙げられた。
そんな理由から夜間は暗黒に等しいほど暗くなり、月の明かりがなければ自分の手すら見えなくなる。
隣国レーゲンはここは神が降りる地として聖地に設定し、我々が管理するとして明け渡しを要求するが、いかに戦略的利用価値が低かろうと領土領空の譲渡をするわけがない。第一その明け渡しも半世紀前から突然言い出したに過ぎなかった。イルリハランとしてそんな暴言を聞き入れることはしないし、レーゲンも口ではああいっても実力行使はしないので、少人数の偵察隊が運用されていたのだった。
戦力不足から万が一の遭遇を避けるため、夜間の偵察はせずに湖から十キロ離れたところで夜営し、翌日早朝から浮遊高機動艇は運転手と護衛を一人ずつ置いて単身八人が首都級の都市から西に数百キロ離れた都市へと向かった。
約十分ほど単身で移動した偵察隊は、まずは危険がないことを確認しつつ低空で湖の縁へと向かう。
するとなにやら嫌悪感を覚えさせる臭いがしてきた。
「この臭い……ひょっとして海水?」
潮と生臭さが混ざり合った他にない臭いは間違いなく海水だ。
リィアは小銃で周囲を警戒しつつより縁に近づき、手を伸ばして指先を水面に触れてなめた。
「隊長、危険です」
「間違いない海水だ」
世界最大の湖でもこんな複雑で巨大な島は見たことがない。異星の島国だからひょっとしたらと誰もが思ったが、なんてことのない海に面した島国だったことに少なからず隊員たちは落胆したりした。
その中でルィルは海水と言う事実にたいした衝撃を抱かず、双眼鏡を持って島国を見つつ高度を上げた。現在いる場所から島国までは約百キロ。超高性能望遠鏡を使っても見えずらいが、自然保護区だけあって空気の淀みがなく、そのため高度さえ取ってしまえば対岸の街並みをなんとか見ることは出来た。
「隊長、島国を視認。見たことのない海に浮かぶ乗り物を始め街並みも確認できます」
「原住民の姿は見れるか?」
「遠いのではっきりとは見れませんが、地に付く原住民らしきのは見れます。私見になりますが、人のような印象を持ちます」
「街はどんな様相だ?」
「衛星の映像と差異なし。原住民はおそらく民間人かと」
「侵略をするのに民間人が?」
「普通大規模な軍隊が来るんじゃないの?」
「おいティアとマンロー私語は慎め。偵察行動中だぞ」
「はっ、すみません」
さすがに百キロと離れていては詳しくは分からない。偵察隊であるため撮影機器は持っても遠すぎる。それでもしなければとルィルは望遠鏡から一眼レフのカメラに持ち替え最大ズームで何枚も写真を撮った。
しかし風景ばかりで街並みまでは映らない。
「リィア隊長、このまま海を渡りますか? それとも北上を?」
「北上だ。どんな監視網が海にあるか分からんからな。誰も海面に行こうとするな。念のため二十メートルは離れて移動する。次に島国と近づくのはここの半島だな。そこを目的地に前進する。待機している高機動艇も合わせて移動させろ」
なら最初から行けと思う隊員がいるだろう。だが偵察と言うのはあらゆる場所を確認することに意義がある。衛星では確認しきれないから人の目で見るのに、大丈夫だろうと高をくくり痛い目に遭う事案は数多にあるのだ。例え無駄な時間だとしても無駄にしたからこそ安心を得ることもある。
マンローは無線で待機している三台に指示を飛ばし、八人は海岸から数十メートル離れて進路を東北東へと取った。
「奴さん、なんの反応も示しませんね」
移動を始めて三十分。熱消費量の少ない速さで移動し、それでも二十五キロは移動しても想像する突発的な戦闘もなければ、原住民が接近してくることもなく隊員の一人がぼやいた。
謎の島国が突発的に来たことで映画のような一致団結した戦いが起きるかもと期待と不安を持ったがために拍子抜けしてしまっていた。
「向こうの海岸沿いには街が見えるけれど、気づいているのか泳がせているのか分からないわね。追加情報もラジオの受信くらいだし」
強いて言えば島国から発する電波を受信したことくらいである。映像はなく、受信するのはラジオのような声のみらしい。
「ラジオしか放送手段がないんじゃ文明レベルもたかが知れてますね。テレビやネットがない国って何十年前の国ですか」
「欺瞞情報を植え付ける作戦かもしれないわ。現状材料だけで判断するのは命とりよ」
「ルィル曹長は心配しすぎですよ。ねぇ隊長」
「そうやって間違った情報を信じて作戦行動をした挙句、八割近い損害を出したミルバーサの悪夢があったのを忘れたか?」
敵情報兵が流布した情報とその裏を信じ、作戦行動に起こしたが全てが罠で壊滅的損害を出した最悪の作戦行動は、実に二百年前のことであるが現代でも根強く受け継がれ次世代の指揮官候補生や兵士たちに教育されている。しかし観て聴くより体験しないと真髄が分からないように、頭では分かってもその恐怖までは分かっていなかった。
戦争はどれだけの兵力を持とうと、何もないところを攻撃しても意味がない。最小限で最大の効果を生む攻撃をするには、絶対的に正しい情報を手にしなければ始まらない。
そのための偵察であり、スパイだったりするのだ。
「俺たちは敵兵を倒す必要はないんだ。適切な情報を抱えて全員が帰投する。お前ら何度偵察をしているんだ。いい加減頭でなく心で理解しろ」
今日が初であれば致し方ない。だが偵察隊七〇三は編成してから一か月になろうとしているのだ。実戦が皆無とはいえ若気の至りはそろそろ脱してほしいところである。
「おわっ!」
突然の叫びに前方を移動していた七人が一斉に振り返る。
「マンロー! お前何やってるんだ!」
リィアが叫ぶ。なぜならマンローは何があるのか分からない海の岸に上半身を乗せて下半身は海に落ちていたからだ。
「すんなせん! 海の上に出た途端落ちてしまって!」
すぐに隊員たちがマンローの手を取って海から引き上げる。
「うへ、びしょびしょ」
「自業自得だバカヤロー! 何のために警戒して海岸沿いを移動してるのか分かんねーのか!」
「マンロー、あなた今突然落ちたって言ったわね。立つことは全くできなかったの?」
激怒するリィアとは別に、ルィルは平静にマンローに尋ねた。
「は、はい」
「……ひょっとして」
ルィルは何かに気づき、高度を十メートルから三十メートルまで上げて海岸まで近づく。
「ルィル、何をする気だ」
「隊長、すぐに本部に連絡を。海から先はフォロンがありません!」
腕を伸ばして分かった重力感。海から先はリーアンたちが空に立つ絶対の条件にして不変の自然物であるフォロンが全くなかったのだ。これがなければリーアンたちは空に立つことは出来ず、ゆえにマンローは海に落ちてしまった。
それは同じくフォロンによって浮遊する各艦艇も同じだ。
「そうなるとこちらから島国に入るのは不可能に近いと言うことか」
リーアンたちにとってフォロンは酸素に次いで大事な元素だ。それがないと言うことは生活が出来ないため、島国をより調べたくとも近づくことすらできない。
「海が究極の防壁となっているのか」
水空両用浮遊艇もフォロンあってこその開発をしている。そのフォロンが海岸を境に全くないのなら移動手段はない。全てが海に落ちて航行不能になるだろう。
「すぐに連絡だ。サリア」
マンローの背負う通信機は水没したことで壊れ、同じく通信機持つサリア一等兵が遠距離無線が使える高機動艇へとフォロンに関する通信を行った。
これで他の偵察隊や浮遊駆逐艦が知らずに落ちることはなくなるはずだ。
「全員、海の上空には絶対に立ち入るな。死ぬぞ」
さすがに一人が体験した状況を目にすれば疑う余地はない。全員の頭にその危険性が叩き込まれ、八人は再び移動を始める。
謎の島国から決して離れすぎず、しかも海岸から先は空に立つことすら拒絶する悪魔の海。全員が警戒を厳にして移動するが、驚くことに一日かかろうとなにも起こらなかった。
海が邪魔をしてより詳細な写真を送ろうにも満足できる物はできず、見えてくるのはどれも首都級の都市とははるかに劣る集落ばかり。これも重要なことであるが脅威の二文字はさすがに薄れてしまった。
「さすがにここまで何もしてこないと侵略の意図があるのか疑ってしまうな」
リィア大尉も何もなさにそんな言葉を呟いてしまった。
ある意味では一日を活かし、別の意味で潰した。日が暮れたことで一度並走していた高機動艇まで戻り、夜営する中で今後のことを話し合う。
「新情報はなにかない?」
「ラジオらしき電波の受信と衛星画像以外は特に追加情報はありません」
「原住民と対話が出来ないのがつらいわね。軍人でも民間人でも言葉か暴力かさえ分かればいいのだけれど」
「ですがルィル曹長、もし暴力でもフォロンがなければ我々はほとんど手出しできませんよ?」
「ええ、その代わりに閉じ込めることも出来るわ。フォロンがないと言うことは空に立つことが出来ないと言うこと、ならこちら側には分があるわ」
つまりは海から島国は島国がかなり有利で、ユーストルに手を出そうと相当難しいことを状況が証明している。
「天然の鉄壁は双方にあるわけだ。そうなるとますます相手の政治が気になる」
どんな考えをもって国ごと来たのか全く分からないのだ。一日半が過ぎても行動らしい行動が出ないのだから政治的考えが全く読めない。
「隊長、明日には首都級の都市にもっとも近づきます。ですがやはり距離があって鮮明な写真は撮れません。なので残念ですが通り過ぎてユーストルと陸続きになっているポイントに向かいませんか? そこならフォロンはないでしょうが原住民と対話は可能かと」
最新の情報でもその場所に大規模な軍の隊列を組んでいる様子はない。しかもその場所は大きく開けた場所で隠している可能性も皆無だった。
逆に首都級の大都市は九十五キロ近い海が阻んでいる上、もっとも人口密度の高そうな都市は内湾にあって高度を取っても鮮明には映らないだろう。
「早朝に出発し、今日と同じ道なりで進んで接続地域へと向かう。原住民を連れて帰るようなことはもちろんしないが、撮影や会話を小一時間でも行えたらそこで終了する」
そもそも通常の任務の後に加わった任務だけあって糧食がこの夜営で尽きてしまったのだ。これ以上の継続は隊員の士気にも関わるため、最低限の接触を済ませて終わらせることを決めた。
リィアは島国の衛星画像を表示する端末を見ながら考える。突然この何もないユーストルに現れて一日半。侵略でも超自然的現象でもこれだけの都市を築けるのなら何かしらの行動をとってもいいはずだ。おそらくこちら側の衛星放送や無線通信を受信して存在は認知しているに違いない。火山噴火や地震のような天変地異もなく、原住民もいたから全滅しているわけではないはずだ。
何故一日半も無駄にするのか分からなかった。奇襲としては申し分なくてもそれ以外は落第だ。この国の長、または軍の最高指揮官は何を考える。何をしたいのだ。
矛盾はまだある。夜間になると島の形が分かるだけの明かりが灯るのだ。それだけの明かりを生み出すのに外への行動を見せないのは大きな矛盾だ。
保守的といえばそうだが、どちらかと言えば何をすればいいのか分からないような、そんな印象を覚える。
ともかく言葉は通じなくとも原住民と話し、言葉か暴力かの二択を知る本来の答えに帰結して考えるのをやめた。
そして偵察隊全員がローテーションで夜間の見張りをして空が白み始めた早朝。八人は海岸へと向かう。
「ねむ……帰ったらゆっくり休みてぇ」
「本来だったらもう帰っているからね。特別手当割り振ってもらわないと」
「あなたたち、疲れているのは分かるけれど気を引き締めなさい。今までなにもなくても次の瞬間に何が起きるか分からないんだから」
二重の任務に疲れを見始める隊員が続発する中、やはりと言うか実戦経験もある幹部たちはその疲れを見せない。
「隊長、まだ偵察している段階ですが本国の対応は定まってはないんですか?」
「まだだな。他にも偵察隊が偵察しているが海が邪魔をして邂逅はできていないらしい」
「ホント、なんで来たんすかね。全然読めないですよ」
相手の考えが分からない。これはリィアもすでに考えに至っているので「そうだな」と相槌を打つにとどめた。
「……みんな、ちょっと静かに」
ティアが何かに気づいて全員の音を止めさせた。
「何か聞こえません?」
確かに聞こえ、全員が同じ方向を見る。島国の方向へと。
何かババババと強烈な風切音のような音が聞こえる。目を凝らすと空には黒い点、海には人工的な小島が見えた。いや乗り物か。
全員が高度を著しく下げる。高さ一メートルを切るのはリーアンたちにとって相当の考えを持ってのことだ。
ルィルはすぐに双眼鏡を取り出して空に見える点を見た。
「見たことない乗り物ね。浮遊機とは全くの別種だわ」
寸胴な胴体に細い尾。何より特徴として頂点と尾に回転する何かが見えた。空に立つ乗り物としては浮遊機と同じでもあんな目立つ音は出さないし、巻き込まれたら即死しそうな回転するなにかもない。側面には島国の文字であろう『海上自衛隊』が書かれている。
双眼鏡をカメラに取り換え、島国の浮遊機と海に浮かぶ乗り物を何十枚と写真を撮っていく。
「あれは島国の軍用機か?」
「民間が所持しているなら相当な経済力と技術力を持っていますね」
島国の浮遊機の腹部が横に開いた。中にはやはり二本足の原住民がいてなにかユーストルに向けている。
「あれはカメラ? なら文明は同程度ってことかしら」
浮遊機はそのままユーストルへと向かってくる。
これは絶好の機会であった。対話は無理だが島国の乗り物と原住民を間近で記録に残すことが出来る。だがもし挨拶が銃弾なら死んでしまう。
向こうの目的はこちらと同じく情報収集で非戦闘を推奨するかどうか。判断材料がない。
「……隊長」
「近づく気か」
「これは直感ですが、ここで互いの姿を見るのは大きな意味を持つと思うんです。危険は承知ですがいかせてください」
とはいえ今いる場所は海岸から三十メートルほどで海から先は近づけない。
しかし島国から見て原住民である我々を見れば必ず近寄ると見て、ルィルは高度を上げた。
「全員戦闘準備。ルィル曹長に危険が迫れば発砲を許可する。だが向こうが撃つまで撃つな」
あくまで大義名分を得て攻撃する。これはイルリハランに限らず世界中で共通の戦闘開始ののろしだ。
ルィルは制止することで狙い撃ちされることを恐れ、体に負担にならない程度の速さで縦横無尽に動かして浮遊機と同じ高度に上がる。
島国の浮遊機は強烈な音を発しながらユーストルへと近づく。
額から汗が流れ、心臓の鼓動もこの上なく激しくなる。
今回は出方を知るレーゲンではなく全く未知の知的生物。恐怖がないはずがない。
それでもルィルは何度も撮影する。
浮遊機との距離が数十メートルとなり、一瞬側面に開いた部分から顔をのぞかせる原住民と目があった気がしたが、猛スピードで動いて距離をあけた。
幸い挨拶は視線だけで銃弾による名刺交換は避けられた。
これがイルリハラン軍と日本国国防軍が邂逅した瞬間である。
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