第2話『会見』

 二〇一九年 四月十三日


  京都府にある舞鶴基地を母港とする第3護衛隊群旗艦、一九五〇〇トン級ヘリコプター搭載護衛艦の〝しなの〟から発艦したUH‐60Kは、舞鶴基地から約百海里(約一八五㎞)より竹島方向へと飛行を開始した。


 もちろん竹島に向けての移動ではなく、あくまでその方面への移動である。



 そんな表現をしなければならないのは、〝しなの〟からわずか一キロのところから青い海ではなく緑色の平原になっているからだった。ヘリは海と陸の境目で停止し、沿うように北西に移動する。


 護衛艦〝しなの〟からわずか一キロのところで日本海は途切れ、日本ではまずお目にかかれない草原が地平線まで、なんの障害物もなくあった。


 パイロットを含め、観測隊員たちはありえない光景に絶句し、民間では得られない映像を撮ろうとシーホークに搭載されたカメラで録り続ける。



「こちら、撮影機。現在我々は舞鶴基地より北西百海里より飛行を開始。ごらんの通り、見渡す限り草原です。あるはずの日本海は確認できません。日本海は確認できません」



 時を同じくし、神奈川県横須賀基地を母港とする第1護衛隊群旗艦、一九五〇〇トン級ヘリコプター搭載護衛艦〝いずも〟は小笠原諸島方向約五〇海里よりUH‐60Kを発艦した。


 そこでも同じく、発艦からわずか一キロから地平線まで草原が広がっていた。



「あれは……動物でしょうか。十……いや違う。五十メートル……? まるで特撮の怪獣くらいに巨大な生物が歩いています!」



 自衛隊は日本特有の創作方向から怪獣と戦うことをよくさせられる。もちろんフィクションの中での話であるが、まさか冗談でもなんでもなく『怪獣』の単語を発するとは思いもしなかった。


 カメラには高度百メートルから映しているはずなのに、画面の半分を使ってしまうほどの全長を持った四足の生物がいた。見た目はカブトムシに近い黒い甲殻を全身に持ち、象の足のような寸胴で爪のない脚で歩いている。


 推定で百トンから二百トンはあるだろうが、不思議とその動物の足跡は草が潰されるくらいで地面にめり込むような足あとはなかった。



 ――まさか口から光線とか発射しないよな。



 生まれて初めてみるリアルの怪獣を見て、隊員の全員がそれを思ったに違いない。


 しかし巨大生物はヘリを無害と見たのか、視線を水平に戻して海岸に沿うように歩いていく。



「小さい、馬のような生き物の群れも見られます」



 五十メートルの生物と比べればかなり小さいものの、それでもキリンと同程度の大きさはあった。その生物も全身に甲殻を身に付け、草食動物なのか草を食べている。


 カメラは遠方に向く。海岸付近はどこも平原であるが、遠方には普段知る木々が生い茂る森が見られた。深入りは決してするなと命令を受けているため、シーホークは海岸から三キロのところまでしか飛べず具体的な森の範囲は測定できない。少なくとも地平線まで森でびっしりだ。さらに奥、木々による地平線からは山であろう山頂が見え、恐ろしく空気が澄んでいる証明にもなった。



「おい、あれはなんだ!」



 パイロットが叫び、隊員がヘリの側面から乗り出して前方を映すと画面のすぐ脇を何かが通り過ぎていった。すぐさまそれを追うも、遥かにその何かの方が速くカメラの視界に入らない。



「鳥か?」


「馬鹿、鳥がんな速く飛べるか!」



 ヘリは自身を飛ばすためにインカムを耳につけなければ会話が出来ないほど風と音を生み出す。体重を軽くして飛んでいる鳥が、ヘリの近くで素早く飛べるわけがなかった。



「なら戦闘機か?」


「だったらレーダーで捉えるだろ」


「おいおい、人食い化け物とか勘弁してくれよ」


 今度は下から上に通り過ぎ、一瞬カメラに収められた。



「……人?」



 確かにあれは人のような格好をしていたように見えた。



      *



「これが簡易測定ですが現在日本とその周辺の地図です」


 約十八人の高級背広を着た男女に、緊張の声色をしながら男性職員が分厚い資料を配っていく。


 場所は首相官邸の地下にある内閣情報収集センター、俗にいう危機管理センターである。災害や有事の際に情報を収集し関係省庁に対し迅速な指揮を執るための場所だ。


 その場所に現内閣閣僚全員が集まり、この二日で得た簡易的な発表を防衛省閣僚から受けていた。同室には国防軍統合、陸海空幕僚長も同席している。



「これが今いる場所か」



 災害地域でも詳細な情報を得るには数日以上が掛かる。それを日本全国規模で二日で仕上げたのなら早いものである。


 資料に描かれたCG画像は至ってシンプルだ。日本を中心に最短0㎞から最長二百㎞までの蛇行する海があり、その周辺は緑一色の平原でさらに外縁には円に極めて近い円形の山脈が連なっている。


 円形山脈の直径は暫定四千キロ。円形山脈は平均が五千メートルを越え最大では一万二千メートルにも達するらしい。



 現在国防軍の調査測量は海を限度としているため、全てに於いて精度は著しく低い。あくまで今回の資料は目安で、概要だけでも頭に入ればいい程度のものだった。


 なにせ本来であれば死んでいなければならないはずが、二日もこの地球とは異なる地で生きながらえているのだ。また頭の常識が現実を受け入れようとしない。



「地球にこんな場所は……まずないな」



 そう呟くのは現内閣総理大臣である佐々木源五郎である。憲法改正を実現させ、着実な政権運営をしたことで現在第三期目で二十一世紀の世では二代目の長期政権をしていた。



「は、はい。知っての通り通信環境も国内は問題ありませんが衛星経由、海外ネットとは一切つながりません。さらに国内では沖縄県と小笠原諸島も通信が出来ず、両島があった場所は大平原となっています。おそらくは……」



 ここで官僚は紡ぐ言葉を失った。


 この言葉を言うのかと胸が潰されそうな気持で満たされた。



「地球に残ったままか」


 代わりに紡いだのは外務相の飯田聡志。



「原因は、まあレヴィアンだろうな」



 科学的に説明も証明も出来ない。しかし状況から考えれば国民全員が同じ考えを抱いている。



 あの日、レヴィアンが大気圏に突入するのに合わせて日本は国内の弾道ミサイル迎撃システムを持つミサイルを発射した。海からはイージス艦八隻を含むミサイル護衛艦のスタンダードミサイル。地上からは全国各地に配備しているミサイル発射器からパトリオットミサイル。宇宙空間と違い、ミサイルや爆発物は大気圏内の方が効力が大きいためギリギリで狙ったのだ。



 アメリカを始め核保有国も撃とうとしたが人員不足から発射できる余裕がなく断念。


 さらには在日アメリカ軍も空母や兵器を日本に残して人だけ母国に帰るという、政治軍事的に常軌を逸したありえないこともしている。


 日米安保条約の一方的な破棄は平時であれば大問題だが、余命が短ければそんな問題も意味はなさなかった。結局自分の身は自分でという、まさに『自衛をする軍隊』として国防軍三自衛隊は名を体現した出動をしたのだった。



 そして大気圏突入に合わせて可能な限り迎撃ミサイルを当てた。


 これはもう負けは分かっているがしないよりは少しでもあがきたい程度の考えだったのだが、その考えが大きな変化を与えた。


 日本の歩む道は滅亡の断崖への一直線。その道中では軌道変更の分かれ道があったが、結局は本線へと戻るばかりだった。しかし、ここへ来て存在しなかったはずの見えない道が滅亡と言う断崖の半歩手前にあったらしい。



 大量のミサイルを受けたこと、ロシュ限界と呼ばれる星の重力により小惑星が砕けやすくなる場所を通過し、アドバンスからの砲撃もあって日本上空百㎞で爆散。日本を覆うようにレヴィアンは落ちた。


 だがレヴィアンの流星群が落ちる寸前、レヴィアンは突如消え落下の衝撃も何もなくこの円形の山脈に囲まれた地に来たのだ。



 当然技術立国と主張する日本が秘密裏に国土を転移させる装置を設置していたということはない。かといってレヴィアンとは全く関係ない理論があの瞬間に起きたとも考えられない。


 どれだけ科学者がありえないと宣言しようと、レヴィアンが関係して日本がこの地に来たのは否定しようがない状況だ。



 元々レヴィアンがただの小惑星ではないことは、インディアナの研究によって分かってはいたが、まさか国土を転移させる超常現象を引き起こすまでは分かっていなかった。



「みなさん、日本がこの地に来たことで色々と考えたいことはありますが、ここはまず現実的なことから話しましょうか」



 国土転移から二日。ほぼボイラーの火を落とした社会経済は再始動には至っていない。テレビも局員不足から停波状態だが今日の昼から総理の記者会見から再開する予定だ。


 だからこそ性急な決定をしなければならない。



「幸か不幸か、日本だけかそれとも他の国もかは分からないが、第一に国民を飢えさせないことを考えるべきだ」



 現在日本は日ごろから蓄えていた保存食を配給する形で国民の飢えを凌いでいる。それでも平時と比べたらはるかにカロリーベースでの供給量は少ない。さすがに輸入を前提としての飽食な生活には戻せないが、それでも安定的な食料は回す必要がある。



「燃料のことも考えないとならんな」



 知っての通り日本は輸出大国であるが輸入大国でもある。石油なんて全てが輸入だし、食料も六割以上が輸入だ。量と栄養を無視し、カロリーだけで言えば平時の食料自給率でも国民全員は生きていけるだろう。だがこの世界に来たことでその自給率も大きく変わる。


 海は太平洋、日本海、南シナ海から切り離され海流も途絶えるだろう。大平原が目の前にあれどそこで農作業をするに適しているのか考えねばならない。



 そもそも現行法でこの世界の地に無断で立ち入っていいのかも考える必要があった。


 この世界、星に住民がいなければ誰も文句も言われないし侵略と文句を言う国民も出ない。無人惑星なら侵略ではなく調査開拓だからだ。



 しかし……。



「この通信は事実なんだね?」


 同じく外務相の飯田が防衛省官僚に尋ねる。


「はい。五回確認しましたので間違いありません。この地に着いた瞬間からあらゆる周波数でどの言語にも属さない言葉が流れ、衛星テレビは民間は仕様の問題からか映りませんが、解析すると不鮮明ながら見たことない映像が流れております」



 五十ページにもなる資料の五ページ目あたりからある情報に、この星が無人ではない証明が記されていた。国内放送はテレビラジオ共々特に異常はないが、衛星など長距離通信ではあらゆる周波数で英語や中国語、EU各国の言語とも合わない言葉が行き交っていると言う。


 つまりこの星には地球文明と同程度の文明を持った高度な知的生物が生息している証明であった。



「なら我々は意図しない侵略行為をしているというわけか」


「もしくはこの地の住民が地球の国を攫うつもりでレヴィアンを放ち、偶然日本がなっただけかか」



 どちらにしても日本は危険な状況である。さらに次のページには原住民と思われる人影を映した画像が添付されていた。



「これは空を飛んでいるのか?」



 画像にはヘリの一部が映ったうえで高速で移動する人影が写っていて、どう見ても鳥のような格好には見えなかった。



「はい。撮影をしていた隊員たちに聴取したところ、鳥にしては翼を持たず外見は人に似ていて、ヘリに平然と近づいて来たとのことです。さらに映像には残せませんでしたが統率のとれた編隊行動をしていたと報告にあります」


「まさか空飛ぶ人種がいるとでも言うのか?」


「宇宙は広いからありえますね。もう一つの幸いとしてはこの国土転移に関して物的被害が皆無と言うことか」



 二日間から得た市町村、各都道府県からの報告によると地震や津波は一切観測されず、落下してきたレヴィアンも一つと落ちていない。そのため沖縄県と小笠原などは不明だが原発を始め沿岸の工場プラントや都市機能は人手が足りない以外問題はなかった。



「この日本周辺の簡易地図から見て、茨城県辺りには海はないようだが」


「はい。現地調査をした隊員によりますと茨城県神栖市にある須田浜に海はなく、浜辺からこの世界の陸地と直接つながっています」



 この事実は閣僚ら全員を驚かせるには十分な効力を持っていた。


 常識の通り日本は島国だ。戦前にロシアと割譲し合っていた樺太を除いて、本州と陸地がつながった歴史は地殻移動でユーラシア大陸から切り離されて以来だ。その本州の、しかも首都圏に触れる地域で繋がるのは大変重要なことだった。



「となるとその地域には国防軍を配備するべきか」



 佐々木首相が答えるように、その繋がる場所こそが日本にとって絶対最終防衛ラインになるからだ。



「ですが露骨に大規模な配置をしてしまうと住民に不安を覚えさせてしまいます」


「……なら護衛艦をすぐ近くに一隻配備するってのはどうですかな、田柄海上幕僚長」



 閣僚全員の目が同席する田柄海上幕僚長に向けられ、今後の護衛艦の配備を考えながら答える。



「そうですね、衛星がないため従来の範囲まで防衛線は伸ばせませんが、それでも陸自の方々の防衛線よりは上になるでしょう。もちろん最終防衛線は陸自の方々にお願いすることになりますが」


「でも問題は攻撃範囲ではなく攻撃範囲設定です。海から先は原住民の領土でしょう。その領土内に勝手に防衛線を張ればそれはその範囲は我が国の領土と思わせてしまいます」



 五年前に中国が勝手に行った防空識別圏の設定の前例をもって危惧すべき問題点を挙げる。


 従来の法であれば領海ならこちらに攻撃権があり、排他的経済水域内の航行は事前申告が必要だ。地球の国際法に乗っ取れば、日本の堀の役割をするこの海も十二海里までは原住民の領海になってしまう。十二海里以下は折半だが原住民の領土領海に触れる部分を警戒区域に設定すると、すなわちその範囲までは日本の影響下にあると思われてしまう。


 日本としてはそれは非常にまずい。中国とかなら平然と設定してしまうだろうが、日本は特に侵略に対して神経質だ。この非常時とはいえ国民に非難される考えは避けたい。



「総理、ここは法的解釈になりますが、この異界の地を日本国内と主張することは可能です」


 一人の官僚と話して意見をするのは法務相の梅井紀子である。


「この土地を日本国内と?」


「日本に限らず全世界で領土に関する法律は国際慣習法です。なので例えこの地に地球文明と同じ水準の生物の国家があろうと、その国家がこの地は我が国の領土と言わない限り未編入の土地となります」



 事実、尖閣諸島や竹島などは日本に編入する際周りの国々が何も言わなかったから領土として編入した。今回も同じく文句を言われなければ事実は異なれど問題はないのだ。



「地球水準で見ればこの円形山脈内の土地はある国家の領土でしょうが、そのある国家から言われなければ国防軍が須田浜を出ようと問題はならないでしょう」



 それ以前にこのまま邂逅すらしない原住民を意識して籠城を続ければ日本は滅ぶ。原住民の邂逅や理解がどうあれ、最低でも本州周辺の進出を許可しなければ死に絶えるのは必然だ。


 法的や倫理的なことをいくら話し合おうと、答えは一つ。


 どうしてこの地に来たのか調べ、また地球に戻る術を調べるにしろ、地球とは異なる地に足を踏み入れなければならない。これは確定事項であって代替案はない。



「つまり文句を言われるまでは好き勝手にやれってことか」



 まるで子供じみたやり方だが、政治と言うのは大人の皮をかぶった子供のやり取りと言える。予算委員で互いの揚げ足取りを取るのがその証拠だ。しかしそれが時として救う場合もあった。



「佐々木さん、会見が迫ってます。現状の報告をするのは第一でも政府としての方針を固めなければ国民が不安がります」


「ええ、分かってますよ片岡さん」


 とはいえ可及的速やかにしなければならない方向性と言うのはすでに固まっているので、そこは特に問題はなかった。



 一、地球への帰還は現状考えない。


 二、日本経済の再始動。


 三、この世界の調査。


 四、本州と円形山脈をつなぐ須田浜の防衛。



 まず最初に考えるべきであろう地球への帰還を考えないのは、もちろん現実的な理由があってのことだ。SFでは定番の転送技術だが、宇宙に物を打ち上げるのにロケットを使っている段階で、多額の予算をつぎ込んで調べたところで無駄金になるのが目に見えて分かる。それに四散したレヴィアンが一緒に来ていないことを考えると、地球に落ちた可能性が高い。であれば今頃地球は地獄であろう。同じ地球人類としては戻るべきだろうが、人類が生きた証が日本だけなら戻るわけにもいかない。



 なんにせよこの短期間が日本の命運を左右する。二日間は理解と人員不足で後れを取ったが、ここからは民間はともかく国家としては迅速に先頭をとっていかなければ不運にも生き残った意味がない。



 それは会議室にいる閣僚、各省庁の官僚、官邸職員、強いてはここにいない国防軍隊員や国家公務員、地方公務員も、いや、生き残った日本国民も口に出さないだけで思いを持っているはずだ。



「日本人の意地を見せてやりましょう」



 閣僚、官僚、国防軍幕僚長と力強い頷きを見せ、会議は終了した。




 昼になると停波していたテレビ放送が一斉に再開した。いくらネットの普及で衰退の一途をたどるテレビでも、半世紀以上お茶の間に情報を伝えただけあって手軽に情報が得られる強みはあった。


 まずは特別報道番組で始まり、軽い挨拶のあと総理記者会見へと切り替わった。



 数多のシャッター音を発しながら現れた佐々木総理大臣は、掲げる日本国旗に一礼をして会見を始める。



「国民の皆様。すでにご承知と思われますが、二日前の四月十一日の午後一時二十分、日本の周辺ないし日本列島に対して謎の事象が起こりました。知っての通りレヴィアンは幾度の軌道変更の失敗により、最終落下地点は日本の埼玉県川越市でしたが、国防軍海上自衛隊と陸上自衛隊の迎撃ミサイルによって破壊することには成功しました。しかし砕けた破片はそのまま落下するため日本を含め世界の滅亡は決定的でした。



 えー、このことをわたくし総理大臣が話すことは異例極まりないことでありますが、レヴィアンが落下する直前、我が国は地球とは異なる地に転移しました。その根拠として、国防軍陸上、航空、海上自衛隊が現れた謎の陸地を調べた結果、地球上には存在しない生物を確認しました。さらにGPS、各種人工衛星、沖縄と小笠原及び諸外国の通信の断絶を加味しても、謎の陸地が現れたのではなく、我が国が地球上以外の地にいると判断されます。



 被害地域は千島列島の得撫島から鹿児島県屋久島まで。八丈島を含む小笠原諸島及び沖縄県の確認はされず、確認の手段がないため巻き込まれてはいない可能性があります。



 日本全国で国土転移に伴う被害については二日たった今でも一件と報告がありません。これは領海を越える海が共に来ていること、地震のような自然現象が併発しなかったためであり、どうか国民の皆様は慌てないようにお願いいたします。



 そしておそらく、国民の皆様が一番聞きたいことは、元の地……地球に戻れるかですが、現状戻る目途も技術もありません。なにせフィクションにおける転移技術を保有しなければなりません。もちろん現時点で転移技術は保有しておりませんし、保有していれば国土ではなくレヴィアンを転移させています。もちろん研究は行いますが、同時に地球の状況を鑑みるとすぐ戻るべきか悩むところがあります。



 この理由は二日間の調査で、レヴィアンが国内に落下した報告が一件とありませんでした。これは地球側でレヴィアンが落ちた根拠と言え、それが事実であれば現在地球側では大変過酷な状況と思われます。その中で戻ることを決断するには難しく、地球に戻るかどうかは転移技術の成果に合わせて発表したいと思います。



 えー、現在政府の方針としましては、この世界を調査し、石油等の地下資源の有無を確かめ可能なら産出して止まった経済の再始動を目指します。とにかく今は物流を回さなければ国民全員が餓えるため、労働法と照らし合わせ速やかに退職した人々が働ける環境を構築していきます。具体的にはある日まで遡り、その時点での雇用状態に全国規模で戻す案があります。もちろん個人の自由や資金めぐりが苦しい企業もありましょう。一概に戻すことは難しいですが、それでも起爆剤として有効であれ何でも検討するつもりです。



 調査につきましてはどんな危険を伴うのか分からないため、実弾を装備した国防軍と民間の専門家で構築した調査団を編成し、動植物や地下資源の調査と日本に迫る危険度を図ります。



 これもまた国民の皆様が知りたいことと思いますが、この地に人類のような知的生物がいるか。これはまだ詳細は確認していませんが、少なくとも地球文明に近い文明を持った生物がいる可能性が見られます」



 その発言をした瞬間、キーボードを打つ音とシャッター音がけたたましく鳴り響いた。記者からは色々と言葉が出るが一気に数十人と発して聞き取れない。


 進行役が「静かにしてください」と何度も言い、その間に佐々木総理は水を一口飲む。



「高度な知能を持った原住民がいると申した根拠は、衛星放送や長距離無線で地球言語ではない断片的な受信をしているからです。まだその原住民が姿を現した報告はないため原住民がいるのは未確認情報ですが、可能性は十分あり得ます。



 現在我が国は、円形に連なる山脈の内側におり、この地域が原住民の領土なのか把握できていません。しかし日本に住む一憶二千万人の生命と財産を守るため、自然的超常現象でも原住民による国家拉致行為であろうと、日本の主権は断固として守り抜く所存です。



 国民の皆様、特に海沿いに住む方々は大きな不安を抱きますでしょうが、ライフラインは全国で異常は検知されていません。くれぐれも確証のない情報、予言、科学、宗教等の言葉に惑わされないようにお願いを致します」



 長々しい演説を終え 佐々木総理は頭を下げて退出して官房長官の平岡一志が取材陣の前に立って質問に答える。



 ――ここは一体どこなのか。


「この地は地球上のどこの場所でもありません。あらゆる連絡手段を用いようと、小笠原、沖縄及び各国との連絡は成功していません。各地の天文台からの連絡では地球から観測できる星図とはまったく違うとのことです」



 ――銀河の時点で違うということか。


「まだ調査中ですが、太陽系ではないのは確かです」



 ――我々は元の地に帰れるのか。


「全力を挙げて取り組みます」



 ――国土転移の原因はレヴィアンか。


「レヴィアンが原因で起きたのかどうか、学術的な証明は出来ていませんが、状況から見てレヴィアンが原因なのは明白です」



 ――原住民と邂逅した場合の対処は。


「我が国が戦後から国是として守り抜いた積極的平和主義の下、対話による外交を行います。しかし言語が互いに分からないため、まずは言語を学んだうえで交渉し、地下資源や食糧の貿易交渉を行います」



 ――原住民が日本を襲った場合は。


「交渉の余地もなく武力による攻撃をしてきた場合、憲法第九条及び武力攻撃事態法に則って判断をします。もちろん国防軍の出動も視野に入れての判断です」



 ――総理が先ほど言った雇用状態のリセットは現実的か。


「経済の復旧は大至急しなければならないことです。ですが一から募集をかけ、面接や入社試験を行うのでは時間がかかってしまう。企業によってはすでに呼び戻しをする所もいるでしょう。現にここにいる皆様も幾人かは呼び出しがあったと思われます。今回は震災など局地的ではなく全国規模なので、法的強制力を持たせる必要があるため今回の具体案を提示しました」



 ――輸入が途絶えたのなら石油と食料は枯渇するのではないか。


「石油は官民含めての備蓄が約七ヵ月分あり、不必要な利用を控えて節約を行えば八ヵ月から九ヵ月までは問題ありません。食料に関しては国内自給で賄い、可能であれば円形山脈内で農業が出来ればと思います」



 ――農業は開拓から始めて軌道までに二年から三年掛かるが。


「その間の食料は、原住民との貿易や国内自給と現在日本がいる円形山脈内を利用する方針です。ただ、円形山脈内が原住民の領土であった場合、無許可での利用は実効支配と見られるため原住民との交渉が不可欠となるでしょう。しかし原住民と邂逅がなされない場合、異議を唱える存在がいないので侵略には当たりません」



 ――その円形山脈内にいる巨大動物が上陸した場合は。


「まずは警察が対応し、警察の能力を超える場合は速やかな検討を行います」



 ――在日米軍が放棄したアメリカ軍兵器に関しての扱いは。


「日米安保理破棄に伴い人のみ帰国したため、現在全国の米軍基地は防衛省の管理下にあります。空母ロナルド・レーガンを始めそのほとんどの艦船、戦闘機等の扱いは協議中です」



 ――現在日本は現在進行形で侵略中か。


「侵略とは政治的目的のために武力的行動を行い、他国の主権が及ぶ土地を不法で占拠、支配し統治することを言います。しかし我が国は我が国としての領土ごと円形山脈内に来ました。自国の領土がほぼそのまま他国の領土に来ることを果たして侵略と呼べるのか、前例がないため早計な判断はしておりません」



 こうして二日待たせた政府会見は終了した。が、この会見の衝撃度は憲法改正の比ではない衝撃をもたらした。新聞社も正常営業には至っていないため輪転機が回せず号外も出なかったが、ネットではニュースサイトでは大きく『日本異世界に転移!』と出た。



 だがその異世界と言う言葉は数時間で消え、一般人が利用するSNSくらいでしか使われなくなった。それは『異世界』の言葉を政府を始め硬派な社会が難色を示したからである。



 異世界と言うのはフィクションで使われる言葉であり、例えば国会放送で「この異世界が云々」と出ると何とも言えない感情が湧き出てしまうし、ネットで検索をすればエルフや魔法使いと言った物しか大抵出てこない。それでは異世界を使って記事を書いても既存の記事に埋もれてしまうことを考え、すぐに使われなくなったのだ。



 代わりに登場したのが佐々木総理や片岡官房長官が発した「地球とは異なる地」で、これも異世界の言葉を使いたくないから出た言い回しだったがそれを引用して「異地」と名付けられた。

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