第7話 しろとあかとしろ
君は気づいてくれるかな。
冷たい空気が頬を撫でる。悴んだ指先に息を吹きかけると、その吐息が白く濁った。今年は暖冬だと騒がれているけれど、普通に寒い。去年に比べたら、と思いかけて去年の寒さを覚えていないことに気がつく。俺にとって、季節の移り変わりなんてそんなものだ。毎日空の写真を撮るような君にそんなことを言ったら、怒られてしまうかもしれないけれど。
君は、そういう人だった。小さなことに怒り、些細なことで喜んだ。銀杏を踏んだくらいで一日中落ち込むし、かと思ったらおきり入りのプリンであっという間に機嫌が治る。背が低くて、声が高くて、幼い顔立ちと仕草をしているくせに、言葉は酷く大人びていた。会話のテンポが独特で、こちらの言葉をあまり聞いていない。
彼女は多分、世界との接続が、少し鈍い。
そういう不器用でとても素直な生き方をしている人だった。
「ふふっ。寒そうだね。しろ」
柔らかな高い声が、俺の鼓膜を揺さぶる。鼓膜から侵入して、心臓を揺らして、心に染み込んだ彼女の声は幻聴かと思うほど大人びていた。
「俺の名前はしろじゃねえっての」
君が街を出て、三年。人はこんなにも変われるものか、と驚いてしまうほど彼女の表情も声も大人のそれに近づいていた。三年前は君の方がずっと子供だったのに、今では俺の方が子供に近い。
「しろはずっとしろだよ」
彼女は笑う。とても綺麗に。俺の体にも名前にも「しろ」はどこにもない。それなのに彼女は、俺を「しろ」と呼ぶ。とても楽しそうに、とても愛おしそうに。彼女との関係は「友達」かそれ以下であるはずなのに、彼女の声は俺にその関係を誤認させる。
「ありがとうね、お迎え」
「別に。駅に用事があっただけだし」
君がまた笑う。俺の照れ隠しが簡単に伝わってしまうことが悔しくて、低いところにある彼女の鼻を摘んだ。変な声を上げた彼女は、俺が手を離すと声を上げて笑った。鈴を転がしたように綺麗な笑い声だった。君はカラカラと笑ってから、白い吐息を吐き出す。
「しろはやっぱりしろだ」
「だから」
「こころがしろなんだよ。ショートケーキみたいに白いの」
君の言葉はわかりにくい。それでいて具体的だ。俺とは見ている景色が違うのだろう。
「ショートケーキは赤だろ。苺の赤」
「そういうのはしろくらいだと思う。苺はピンクだよ」
「眼科紹介するか?」
俺のからかいに君はまた笑った。その綺麗な笑みを見て、俺はどうしてか泣きたくなる。
「どうだった? 外の世界は」
「楽しくはなかったよ。しろがいないからね」
「そうかよ」
「あ、でもショートケーキは美味しかった」
俺は苦笑いを溢す。
「空気なんて読まないよ」
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