第4話 毒《愛してる》
私とあなたの間に横たわる深くて暗い溝に目を逸らし続けるのは、もう限界らしかった。
違うテンポを刻むメトロノームを使って同じ歌を歌うのも、違う色を見ながら同じ空の話をするのも、ため息を笑い声だと解釈し続けるのも。美点だと思っていたところが、汚点に変わっていく度に心がすり減る量が増えて、溝が深く広くなっていった。
空を見上げながら、体温を分け合った右手はもう小指しか届いていない。すり減らせ続けた心はもうとっくに限界で。それでも、手を離すにはあなたの存在は私の中で大きくなりすぎていた。私の中に蔓延るあなたが、根を張りすぎていた。あなたが囁いた愛の言葉が、私の心をあなたに縛り付けていた。
離れるなんて、そんなこと、選べるはずもなかった。
あなたは、そんな私に気がついて毎晩泣いていた。溝を挟んで、お互いに寄りかかりすぎた私たちはもう自分の力で立つ方法を忘れてしまっていて、でもこのまま立っている方法も分からなかった。
繋がっている小指に、ぎゅっと力が込められる。ああ、最期なのか。こんなにも空が晴れ渡っている気持ちのいい日に、あなたは、私の心を殺すのか。それだけが私とあなたを生かす方法だ、とあなたは言い張るのか。
あなたは泣いているようだった。苦しそうな吐息が、耳に届いて、それを笑い声だと解釈することすら出来ずに、私の小指からあなたの小指が離れていく。
失われた体温を、香りを、言葉を、あなたの存在全てを追いかけるように、追いすがるように、私は手を伸ばした。手は届くことなく、私の元に戻ってくる。
「またね」あなたは泣きそうな声で、約束のようでいて呪いでもあるそんな言葉を残して去っていった。
空は青さを失い、寒々しい風が音を立ててあなたの温度をさらっていく。傷つけあうことでしか、愛し合えなかった私とあなたは互いの残り香に縋ることすら許されないらしい。
目を瞑りたくなるような鋭い風が、何もかもをさらったあとに残ったのは、埋まることのなかった溝とどこにもいけない私だけだった。
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