第3話 死にたい冬の日と晴天
冷たい空気が頬を撫でた。
撫でた、なんて柔らかなものじゃなくて強く叩かれたあとみたいに頬はピリピリと痛んでいる。叩かれた時と違うのは、その痛みが不快ではないことだ。
吐く息が白く染って、それを眺めてからマフラーに顔をうずめた。ため息が頬を温める。
重たく吐き出したつもりのため息も、普通の呼吸と何一つ変わらないのは、何かの皮肉だろうか。それとも、私の感情がそれほど希薄であるという証明だろうか。
夏の間あんなに焦がれていた冬が目の前に迫っているというのに、私の心はほんの少しだって踊っていない。はっきりとした質量を持った孤独と、怠惰な自分に対する嫌悪に苛まれながら下を向いて歩いている。サクサク、と溶けずに残った雪の残骸を踏む。運動靴はメッシュの部分が大半をしめていて、入り込んだ水滴が靴下を濡らした。
冷たい、と零した声は無感動で、またひとつため息を吐いた。
心情が夏と変わらないことは、少なからず私を絶望させる。季節のせいだと言い張っていた私の中の欠落した部分が、ただ欠けていただけだと思い知ってしまうから。いろんなものが白くなって、茶色くなって、空まで生気を失う冬なんか大嫌いだ。
チューブに入った絵の具をそのまま塗りたくったような青空を見上げながら、息を吸った。
肺に充ちた冷たい空気が、吐き出される時には温かくなっている。その事が、なんだかおかしくて何度も深呼吸を繰り返す。吐き出した息は白くにごって、そのまま青空と溶ける。
私は世界にとけ込めないのに、私から発生した吐息はすんなりと世界に馴染んで見えなくなってしまう。見えなくなった吐息を探すことは叶わず、新しい吐息を空気に溶かすことに専念する。
ああ、どうか。どうかこのまま私まで世界に溶けてしまいますように。
そんな世界の終わりを望むより馬鹿らしい願いを空に投げる。願うべき星も神様も、見えない青空に。
吐き出した息が、また一瞬だけ存在を主張して溶けていく。空に向けた手はやっぱり、肌色で。世界の色ではなくて。
私はそのことにまた絶望して、そこで初めて期待していたことに気がついて、生きている、と思うのだ。
なんの皮肉だろう。
死にたいと呟いた声が一番生きていることを自覚させるなんて。
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