エピローグ

あれから漆黒のドラゴンの首級を持って街に凱旋した我輩達は、見事S級冒険者の称号を与えられ、ドラゴンスレイヤーと呼ばれた。


あのバーガンディーマウンテンから帰還した冒険者達は皆、口を揃えて我輩達を褒め称え、誰もいきなりのS級冒険者への昇格に異議を唱える者はいなかった。


アマリリス殿もエルフの受付嬢と何かがあったのか、少しだけ仲が良くなっていた事に驚いた。


アイン君も我輩達と共に戦ったという事で昇格していたが、実力の方はまだまだだろう。


アイン君の方が我輩よりも冒険者歴は長いが……。


そして我輩とアマリリス殿はギルドの酒場で酒を片手に乾杯の音頭をとっていた。


「「かんぱ〜い!」」


ガンッとジョッキをぶつけ合う音が辺りに響く。


その瞬間、ゴキュッ、ゴキュッとアマリリス殿の喉から気持ちの良い音が鳴った。


「ぷっはぁぁぁああ〜! この瞬間の為に生きてるってもんよねぇ! ここのお酒おいしいわ!」


アマリリス殿って確かまだ未成年だったよな……と我輩は思ったが、気にしないことにした。何より今日は初仕事の記念日なのだ。


細かい事は気にしない。


「……ようやく我輩もニートを脱し、一人前の社会人となれたというのか。うむ、何か感慨深いものがあるな」


「なぁ〜に、ジジ臭い事言ってんのよ、ジンさん! もっと飲みなさいな!」


そう言ってアマリリス殿は酒臭い息で我輩に詰め寄る。もう酔っ払い始めている事から、どうやらアマリリス殿は酒には弱いらしい。


「こんなもの、我輩はいくら飲んでも酔わないんでな。アマリリス殿、酒は飲んでも飲まれるな、だぞ」


「ジ〜ンさんっ! ホンットにジジ臭いんだから! 見なさい、この私の飲みっぷりを!」


ドンと胸を叩いて、見事に酒に飲まれているアマリリス殿を我輩は微笑ましく見ながら酒を飲んだ。


確かに普段見れないアマリリス殿の失態を肴にして飲む酒は美味い。


「……それにしてもジンさんはまだあのゲームに帰りたいと思っているの?」


アマリリス殿は少し俯いて問いかけてきた。雰囲気が少し変わった事に我輩は気付いた。


「当たり前だろう! あのゲームこそ、我輩の宝であり、我輩の全てだ! 現実などあのゲームに比べたらクソゲー以下である!」


そうだ。我輩は早くあのゲームへと帰らねばならない。そしてプリティ幼女に変身するのだ。


「……ねぇ、どうしてジンさんはあのゲームにこだわるの? こっちの世界もあのゲームみたいなファンタジー世界じゃない?」


「全然違うな……主に我輩の肉体が」


「肉体? 今のジンさんの方がよっぽど無敵だと思うんだけど」


「それなのだ。現実世界の我輩はあまりにも力が強すぎるのだ。現実世界の我輩は皆から恐れられていた。それ故にひとりぼっちだったのだ。我輩は……本当は友達が欲しかっただけなのだ」


そう。それこそが我輩の夢だ。友達100人出来たらいいな。だが子供でも出来るそれが我輩には出来ない。


孤独の苦しみは最強の我輩といえども耐えられないのだ。


「ふーん。でも私は今のジンさんの方が良いと思うけどね? だって私はジンさんのことべつに怖いと思わないしね」


「アマリリス殿……そう言ってくれたのはお主のみだ。って待て、という事は我輩と、とと、とともだちになってくれるというのか!?」


「え……そうじゃなかったの? あ、そうか、一応ジンさんはギルドマスターっていう扱いか」


「そんなことはどうでもいい! アマリリス殿は本当に友達になってくれるというのかっ!」


「そりゃ……もちろん」


「や、やった----! 我輩、友達出来た! ラ、ライン聞いても良いか……?」


「ここにはないでしょ」


「そ、そうだったな……。だが友達か。ふふふ。あれ、じゃあもう我輩はゲームの世界に戻らなくても良いのか……? そ

もそも現実には元々友達など皆無だしな」


するとアマリリス殿は呆れた様子で微笑みながら言った。


「全く変な人ねぇ。……かつてはヨーロッパを震撼させた吸血鬼なんでしょ? どうしてこうも人間っぽくなったんだろ。それよりも……一つだけ聞いてもいい?」


急にアマリリス殿は居住まいを整え、緊張気味に聞いてきた。


「ん、急になんだ?」


「ジンさんは……あのゲーム……楽しかった?」


「なんだそんな事か。当たり前だろう。人生で最も輝いていた時間だったな。なんせあのゲームが始まって以来2、3回しかログアウトしてないからな」


「ぷっ…………あっはっはっは! やっぱりあなたを選んで正解だったわ。あのね……私、ずっとあなたに隠していた事があったの」


「隠していた事……だと?」


「ええ。実はね……あのゲームを作ったの……私なんだ」


「なにっ! どういう事だ!?」


「この私があのゲームを作ったゲームマスターなのよ。そして私はあなたを観察する為にギルドに入ったの」


「観察……だと!? いったい何の為に!?」


我輩は目を見開いてアマリリス殿を見つめる。


本当にアマリリス殿があの素晴らしいゲームを作ったというのか! 何という事だ。 我輩はあのゲームは本当に神が作った物だと考えていた。


それほど素晴らしいゲームだったのだ。しかし実際のところはこの少女が作ったのだという……だとしたらアマリリス殿は神なのか……?


「初めは好奇心だったわ。課金なしでもべらぼうに強いプレーヤーがいるって聞いて調べたの。プレイ時間もおかしいし、なにかのバグかもしれないと思って。でも実際に会ったら変な事を言い出すただの頭のおかしい人だって分かったわ」


「……随分と失礼だな」


「でも私はバグじゃないってすぐに分かった。だってあなた、誰よりも人間らしかったもの。だがら私はあなたの正体を突き止める為にギルドに入ったの」


そういう事だったのか。我輩はアマリリス殿が入ってきた日を思い出す。


出会った当日にアマリリス殿は我輩に決闘を挑んできた。


そのあまりの生意気振りに、我輩は気に入って面白がって入団させたのだ。


もちろん勝負には負けたが……主に課金アイテムのせいで。


「最初は好奇心であなたに戦いを挑んだわ。でもあなたのあまりにも高すぎるステータスとゲーム技術に私は押された。途中で火がついちゃってね。気付いたら管理者権限でチートアイテムを使いまくってたわ。ごめんね」


アマリリス殿は舌をペロッと出して悪戯っぽく笑う。そして続けて言った。


「でも気付かなかったの? ただの大学生があんなに課金アイテムを使える訳ないじゃない。それにこの異世界で私がモンスターと戦えるのも、管理者権限のおかげよ。転移した瞬間に少しだけ管理者権限をいじれたからね」


なん……だと……!


アマリリス殿の異常な強さの秘密はそういう事だったのか。やっと長年の謎が解けた。


「では神隠しもアマリリス殿の仕業なのか?」


そう、神隠しこそ我輩達がこの異世界に召喚された原因だ。


アマリリス殿がゲームマスターだというのなら、奴を呼んだのも彼女かもしれない。


「いいえ、それは違うわ。あれは明らかなバグだと思う。それか本当に私の知らない未知の事態のどちらかね」


「やはりそうか。あれは我輩との因縁みたいなものだからな。それよりも何故アマリリス殿は今頃になってそんな大事な事を打ち明けたんだ?」


「……ジンさんが友達を作りたいっていう本心を打ち明けてくれたからね。だから私も真実を話そうって思ったの。それに……私にも夢が見つかったからね……」


アマリリス殿は少し俯き、恥かしそうにボソリと言った。


「ほう……アマリリス殿の夢か……それは是非とも聞いてみたいな」


「ちょっと恥ずかしいんだけどね……私はやっぱりゲームが作りたいんだ。一つの世界をこの手で作りたいの。だからこの世界でもっと旅をしたい。そして現実世界に帰って、この世界をゲームで表現したいんだ」


我輩は呆然とアマリリス殿を見つめる。これだ……これだからこそ、人間は素晴らしいのだ。これだから我輩は人間が大好きなのだ。ちっぽけなその小さな手で世界を創造する。それは我輩のような化け物では到底なし得る事の出来ない、人間のみが有する可能性だ。


そこに我輩はどうしても強く心が惹かれてしまうのだ。


アマリリス殿が作ったゲームに我輩は夢中になった。今まで永く生きていたが、あの頃の時間は最もかけがえのない時間だったと胸を張って言える。


そんな素晴らしいゲームを作るアマリリス殿の未来を我輩はどうしても見たくなった。


「よかろう。アマリリス殿の夢、この真祖の吸血鬼、ブラッディ・ジンが全力で応援しよう。そしてそのゲームが完成した暁には、我輩が一番にプレイすることを約束してくれ」


「あははははっ……何よそれ。……いいわよ。その代わり、ぜーったい楽しんでよね! 途中で止めるなんて許さないんだから!」


「何を馬鹿なことを。我輩は君の作ったゲームを世界で一番楽しんだ男だぞ? 次回作も世界一楽しんでやるさ」


「ありがとう……。これからもよろしくね……ジンさん」


「ああ、こちらこそ、アマリリス殿。我輩吸血鬼、ネトゲなるものは……しばらく卒業だ! アマリリス殿よ、この世界を共に楽しみ尽くすぞ!」


「ええ、もちろん! じゃあ、もう一度カンパーイ!」


アマリリス殿の掛け声と共に、もう一度ガンッとジョッキをぶつけ合い、ゴクリと飲んだ。

何故だか、その酒は今までで一番うまい気がした。

                                                     完

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我輩吸血鬼、ネトゲなるものにハマる PQ @PQ07

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