第21話 我輩、再生する。

一陣の風が吹いた。


その風に触れて、感じた印象は受け取る人によって大きく異なるだろう。


例えば、アマリリス殿にとってのそれは福音をもたらすものだろうが、黒竜にとってのそれは死を告げるものに違いない。


なぜなら、その風は我輩が引き起こしたものなのだから……!


我輩は粉々になった骨の体をかき集めるように一点に集中させる。

そろそろ遊びは終りだ。


「こ、このぉ! 死ねぇ!」


「くあはははは、はぁっ!」


黒竜が我輩の死の風に恐れをなしたのか、全力で殴りかかってくるが、我輩にとってそんな殴打は肩叩きにも劣る。


「な、なんだとぉ!」


黒竜の悲鳴が耳に届く。


我輩は真っ先に再生した腕一本で、黒竜の丸太のような爪先を受け止めた。


そこには銀色の眩い骨ではなく、燻し銀に輝く我輩のダンディアームがある。


やはりスカスカの骨の体よりこっちの方が心地良い。


相対している黒竜の顔色は幾分か真っ青だ。


再生した腕から胴体部分にかけての再生を開始した瞬間、我輩は水蒸気に包まれた。


これが我輩の吸血鬼パワーその一、不死身である。


我輩は今回のように、体が木っ端微塵になったとしても、瞬く間に再生する事が出来るのである。


黒竜は、接近戦は厳しいと判断したのか、急いで距離を取って火炎放射を浴びせてくる。


どうやら、黒竜は我輩の衣替えの邪魔をしたいらしい。


流石にそれは面倒であるから、我輩は再生した片腕を大きく振りかぶって、接近してきた炎をぶん殴った。


―――吸血鬼パンチ!


「ぐぼぁっ!」


しかし、何故か我輩と距離を取っているはずの黒竜が吹き飛ぶ。


どうやら、我輩のパンチは炎を消し飛ばしただけでは飽き足らず、そのまま黒竜までダメージを与えていたようだ。


流石は我輩。


これが吸血鬼パワーその二、吸血鬼パンチだ。


やり方はその名の通り、思い切り殴るだけ。


しかし、その威力はご覧の通り絶大である。


黒竜は壁面にめり込みながら、怯える眼で我輩を見ていた。


「き、貴様一体何をしたぁ! 魔法か! それも神話級の魔法か! 全身を粉々になっても再生できる魔法なぞ、聞いたことがない! しかも、これほど離れているにも関わらず、この儂を吹き飛ばすなどあり得ない!」


黒竜は元気に喚いている。


そんな黒竜に我輩は、体から水蒸気を噴出させながら一歩ずつ歩いて近づいて行く。


我輩は狂乱に陥る黒竜に冷静に説いた。


「君も見ていたじゃないか。我輩はただ遠くから殴っただけだ」


「そんな馬鹿な! 信じられるか! 魔法を一切使わずにこの儂を吹き飛ばしただと! 一体どんな技だ!」


技と言われてもなぁ、我輩はただ力の限りぶん殴っただけであるしなぁ。


「ならば、もう一度見せてやろう。ほれ」


我輩は手をパーにして思い切り遠くから黒竜を斬った。


ようはチョップの要領だ。


みんなも真似するといい。


「ぐぼぉぇ!」


我輩が放ったチョップは斬撃となり、黒竜の尻尾を切り裂いた。


その長くて立派な尻尾は千切れてしまった。


まぁ、トカゲの一種であるし、その内勝手に生えてくるだろうから別に心配はいらないだろう。


しかし、黒竜からの苦痛の叫びを聞いていると、本当にまた生えてくるんだろうな……? と心配になってきた。


黒竜は畏れの眼でさらに我輩を凝視する。


だが、我輩から吹き出す水蒸気は止まった。


これは衣替えが終了した合図なのである。


すなわち、我輩のダンディボディが復活したのだ。


だが、水蒸気の代わりに溢れ出すのは、圧倒的な吸血鬼パワーの塊。


衣替えが終了したしばらくはこのように力を抑える事が出来なくなるのだ。


我輩は手足を眺める。


うん、やはりこっちの方が落ち着くな。


我輩の肉体は完全に再生を果たした。


髪の毛一本元通りだろう。


記念にニッコリと黒竜にダンディスマイルを向ける。


その瞬間、黒竜は頭が真っ白になってしまったのだろうか、翼を広げ、大空へと羽ばたき出した。


どうやら、我輩から溢れ出しているこの吸血鬼パワーに本気でヤバいと理解出来たのだろう。


あろうことか、誇り高き黒い竜は逃走を始めたのだ。


しかし、この黒竜は我輩達のごはんだ。


かわいそうではあるが、アマリリス殿きっての頼みなのであるからな。


絶対に逃すわけにはいかない。


なので、我輩はアマリリス殿に大声で指示を出した。


「アマリリス殿! 今だ! 『翼竜の角笛』を使え!」


しかし、アマリリス殿はなぜだか我輩の方を見て両手を目で覆っていた。


それも顔を真っ赤にさせている。


だが我輩は微かにアマリリス殿の指が開いているのがわかった。


明らかにその指の隙間から我輩の下半身を凝視している。


少し不思議に思うも、やっとアマリリス殿が我輩の指示の意図に気付いたのか、道具袋の中から、『翼竜の角笛』を取り

出し、勢い良く吹いた。


―――ブォォォォォォオオオオオオオオオオオ!


その瞬間、我輩の目の前に現れたのは、今にも飛翔を続けていそうな黒竜だった。


黒竜は我輩がいきなり現れたのを見て仰天している。


一体何が起こったのか理解していないに違いない。


「で、でたぁぁぁあぁああ!」


黒竜は我輩の事をまるでオバケと出会ったような反応をし、さっきと同じように大空へと飛翔した。


……しかし。


―――ブォォォォォォォォォオオオオオオオオ!


またもや、黒竜と我輩の目が交錯した。


もはや、黒竜は涙目である。


そう、我輩はやっとこの『翼竜の角笛』の効果を理解する事が出来たのだ。


最初に『翼竜の角笛』を使用した時は、種類の違うドラゴンが現れたので、ランダムのドラゴン二体が現れる仕様なのかと思っていたが、どうやらそれは違った。


なぜならあの時のドラゴン両方がバーガンディードラゴンだったのだから。


だから、この『翼竜の角笛』の効果は使用者から最も近い距離にいるドラゴン二体を召喚する能力があると推測出来た。

結果的にはその推測は当っていたようだ。


二度も我輩の目の前に召喚されたのは我輩から最も近い位置にいたドラゴン、黒竜なのだから。こうなってしまえばもう

勝負は我輩達のものだ。


飛べないドラゴンなどただのトカゲ。


それはもうアマリリス殿のごはんに過ぎないのだ。


そんな黒いトカゲに我輩は無慈悲にも、吸血鬼パンチを繰り出すのであった。


―――ボカンッ! プチッ!


我輩の拳が黒竜に触れた瞬間、クシャ、という柔らかい音と共に黒竜が吹っ飛んだ。


そして大きな音を立てて、再び壁面に激突し、漆黒のドラゴンは爆散した。

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