第20話 我輩、再生する。

黒竜が叫び声を上げた。

それはアマリリスが起死回生の一手をかけて放った一撃によるものだ。


黒竜の眼にはアマリリスの課金アイテム“ウォルタナ”が突き刺さっており、課金した額だけ黒竜へと内部からダメージを与えている。


それを見届け、アマリリスは急いでミラ・カーターが弓を射った地点へと移動する。


「……あんたやるじゃない! 剣に強力な毒でも塗ってあったの? あの黒竜の苦しみようは尋常じゃないわねぇ……」


「まぁ、そんなところなんだけどね……でも……」


アマリリスは言葉の途中で言い淀んだ。

なぜなら、わかっているからだ。

ウォルタナをもってしてもこの黒竜は倒せないと。


「グォォォオオオオオオオ!!!!」


そして、先ほどまで苦しみの叫びをあげていたにもかかわらず、黒竜は眼の輝きを力強く増幅させていた。

この程度の苦痛ではまるで足りないと言わんばかりに。


それに合わせて黒竜に突き刺さっていた“ウォルタナ”にも小さなヒビが無数に広がりついにパキンっと刀身が折れた。

課金アイテム“ウォルタナ”にもうかつての輝きは残っていない。


アマリリスはかつての相棒に小さく別れを告げ、キッと黒竜を睨んだ。

もう自分達に打つ手はあまり残されていないが、気持ちだけは黒竜に負けたくなかったからだ。

これから簡単に散るとしても、無様で情けない姿だけは晒したくはない。


だが、黒竜はそんなアマリリスを嘲笑うかのように宣った。


「ハァーハッハッハッ!!!! 気分はどうだ? 意気揚々と伝説に挑み、簡単に返り討ちにあう気分は?」


黒竜は翼を大きく広げて嗤う。


そして、そのまま武器を持たないアマリリスをどう料理しようかと嗜虐心に溢れた表情でゆっくりと歩く。


何もかも諦めてしまったのか、アマリリスは歯を食いしばったままその場から動かない。


その様子を見ていたミラ・カーターが慌てて叫んだ。


「アマリリス! この場は一歩ひくわよ! こいつにゃあたし達では勝てないわ! 後日また作戦を練って……」


「うるさいッッ!!!!」


それは、アマリリスがこの世界へ来て一番大きい声だった。

ミラ・カーターは信じられないとばかりにアマリリスを見つめる。


「さっきだってそう……! 私は簡単に諦めてしまった……! でも違う! それは間違っているんだわ! 少なくともあの人はどんな状況でも諦めたりしない! それがあの人の強さ! 私とあの人の違い! 不可能を可能に変え続けた真祖ブラッディ・ジンの生きる道! だから私はまだ諦めない……!!」


アマリリスは決意を漲らせた表情で黒竜を見据えた。

そこに迷いはどこにも見当たらない。

逆に黒竜はアマリリスの言葉を聞き、眉をひそめた。

そこに聞き捨てならない名前があったからだ。



——変化は急激だった。


アマリリスの言葉の後、マグマから沸き立つ水蒸気が螺旋を描き始め、暴風を周囲に撒き散らす。

マグマも螺旋を描いて回転しており、無様に飛んで逃げるドラゴンや、マグマの渦に飲み込まれるドラゴンもいた。


そして、その螺旋の中心付近から、不気味な嗤い声が轟く。



「ふふふくくく、あはははハはははははハはは!!!!」


黒竜やミラ・カーターは眼をまん丸に開き、その声の主を凝視している。

対してアマリリスはくすりと笑っていた。


その不気味な嗤い声を発した者から言葉が紡がれる。


「流石は我がアマリリス殿!! 人類の至宝よ!! 貴殿の決意、しかと我輩が聞き届けた!! 我輩の助力を乞うか、アマリリス殿……?」


誰もが言葉を発せない中、アマリリスだけはこの場に相応しくない、愛でるような声音で答えた。


「私達の王、真祖ブラッディ・ジンよ……。助太刀をお願い致します……。

そして全力でこの黒竜を叩き潰しなさい……!!」


「はッ、ははッ、はははッ!! よかろう! 君の願いを聞き入れた! 我輩吸血鬼、全力でドラゴンを討伐しようぞ!」


この高らかな宣言と共に、螺旋を描いていた水蒸気や湯気が消え去り、不可視だったマグマの全貌が晒された。


それはまさに血の池と呼べた。

マグマの渦は無くなっており、さらに不思議なことに全く沸騰していない。


暴風も無くなり静寂が辺りを支配していたが、黒竜はそれ以上に冷や汗が止まらなかった。

それは血の池の中心に立つ者の存在のせいであろう。


大きさは普通の人間と変わらず、大きくないのだが、一目で異常であるとわかる。

なぜなら、鎧が無く、むき出しになっている上半身は本来見えるはずの肌ではなく、銀色に輝く骨が露出していたからだ。

顔も骸骨でありながらその目に輝く赤い光は、黒竜を捉えて離さない。


黒竜はその骸骨の騎士が自分より体が大きいように思えてならなかった。

それは骸骨から放たれる圧倒的なオーラがそう見せているのだろうか。

こちらへ一歩一歩と近づいてくるごとに、その存在感が増していく。


「……まさか……こやつが最強と呼ばれた先代の勇者カロスが唯一恐れた存在だとでも言うのか……!」


しかし、焦りの中でも黒竜にはまだ勝機があると考えていた。

なぜなら、相手が今も圧倒的な力を内包していることはわかるのだが、第9代目勇者カロス程の力ではないと感じていたからだ。


しかし、心の奥底では激しい焦りを感じているのか、体が勝手に炎のブレスを何度も吐く。


だが、骸骨の騎士は炎の弾丸など恐るるに足らずと言わんばかりに、なにも抵抗する様子は見られなかった。

そして、いくつかの炎の弾丸が骸骨の騎士の頭や手に直撃する。


骸骨の騎士の頭や手は炎の弾丸によってあらぬ方向に捻れて消し飛んだ。


「……は、はは……やはりたいしたことはな……なにッ!?」


黒竜は思わず叫んだ。

なぜなら、手や頭がもがれているにも関わらず、骸骨の騎士は歩みを止めずに悠々と進んできているからだ。


「ははは、ああははあははは」


不気味な笑い声が辺り一面に鳴り響く。


声を出す器官などとうに失っているはずなのに。


「……ありえない……なんなんじゃこいつは!? なぜ動けるのだ!?」


黒竜は気が狂ったように何度も何度も炎の弾丸を骸骨の騎士に向かって吐く。

黒竜は冷静さを欠いている為、うまく命中していなかったが、それでも何発かは骸骨の騎士にクリーンヒットしていた。


それによって、さらに骸骨の騎士の腹部の骨が消し飛んでいくが、鎧で覆われている脚部が生み出す歩みは止まることはなかった。


それどころか、骸骨の騎士は天井知らずにそのオーラを増幅させていたのだ。

いよいよ黒竜はこのままではまずいと言わんばかりに口にエネルギーを貯める。


だが、それでも骸骨の騎士に警戒するような動きは見られなかった。



——ズゴォォーーン!!


アマリリスを追い詰めた、山の一部を消し飛ばせる程の威力を持つエネルギー砲が黒竜によって放たれた。


真っ白な閃光が辺り一面を覆う。

あまりの光量にアマリリスは眼を瞑るが、これでジンがやられるとは思わなかった。

なぜならば、信じているからだ、例え骸骨となってしまったとしても、自らの王の力を。


「はぁ、はぁ……やったか!?」


光が消え、辺りの様子が明らかになる。

エネルギー砲の威力を物語るように、抉れた大地だけが広がっていた。

マグマはほとんど蒸発してしまったらしい。


そして、その大地にぽつんと下半身だけの鎧が転がっていた。

骸骨の姿はどこにもない。


「はぁ……はぁ……やったぞ、儂はやったぞぉ!」


黒竜は歓喜の声を上げる。

しかし、黒竜の心の奥底では、疑念が飛び交っていた。


なぜ、骸骨を跡形もなく消し飛ばしたというのに、圧倒的なプレッシャーが今でも感じられるのか。

なぜ、骸骨が残した下半身の鎧は傷一つ付いていないのか。


そして、その疑念を晴らすかのようにあってはならない不気味な声が轟いた。


「くあははははは……! 目覚めろ、エリザベス……。そして我が願いを祝福せよ……」


すると、下半身の鎧が足を曲げずにムクリと起き上がり、消し飛んだはずの銀色の骨が、木の成長を見ているかのように生えてくる。


——以前とは比べものにならない程の恐ろしいプレッシャーと共に。


「……は、はは……なんちゅう化けもんじゃ……」


黒竜はあまりにも現実離れした化け物を目にして乾いた声しか出なかった。

そして、骸骨の騎士はなんでもなかったかのように再び黒竜に向かって歩みを進めてくる。


「……いいじゃろう……何回でも、破壊してやる! 」


黒竜は、今度は自らが骸骨の騎士へと飛び出し、その鋭い爪で骸骨の騎士めがけて切り裂く。


何度も、何度も、何度も、何度も……。


黒竜の爪が触れるたびに、銀色の骨が折れ、千切れ、吹っ飛んでいくが、次々と骨が再生するせいで、骸骨の騎士にダメージを与えているのかはわからない。


それでも黒竜は切り裂くことを止めることはなかった。


しかし、そのがむしゃらな行為は悪夢の中で必死にもがき続ける哀れな存在にも見えた。



だがその表現はあながち間違いではないのかもしれない。

なぜなら、骨がどんなに粉々になったとしても、骸骨の騎士の赤く輝く目の光はずっと、黒竜を捉えて離していなかったのだから。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る