第19話 我輩、思慕される。
——ズシィーーン!!
巨大な黒龍がゴツゴツした岩へと舞い降り、大地を揺るがす地響きを起こした。
だが、向かい討つ二人の戦の乙女には怯んだ表情は見られない。
それどころか闘志をむき出しにし、今にも襲いかからんと黒竜を睨みつけている。
しかし黒竜はそのような敵意では足りないというかのようにまるで相手にしている様子は無い。
「……ジンさんの仇!!」
初めに動いたのはアマリリスだった。
その見事な刀身を持つ剣“ウォルタナ”を振り上げたかと思うと、黒竜に七つの斬撃が放たれる。
それは弧を描いて黒竜へと収束した。
そしてそのままアマリリスは黒竜へと走り出し、追撃を放とうと黒竜に接近する。
しかし、当然黒竜は黙っているはずもなく、その漆黒の翼を球体のように丸め全ての斬撃をその翼に受けた。
「ぐぬぅっ!!」
黒竜はその一撃を受けて相手の力を図ろうとしたが、それが失策であったことに気づく。
なぜなら、例え茶色のバーガンディードラゴンの炎のブレスを受けても傷つかない翼が、たった一人の人間の攻撃によって傷ついていたからだ。
もちろん、その傷が致命傷となっているわけではなく飛行も可能なほどだが、驚くには十分な事態だった。
黒竜は流石ーー今代の勇者、と賛美を送るが、それでも敵はまだまだ召喚されたばかりで未熟者。
接近してきた勇者に向かって黒竜も体当たりを繰り出した。
——ガンッ!!
硬いものと硬いものがぶつかり合う音が周囲に響き、小さな体が弾丸のように吹き飛んで、岩へと激突した。
もちろん、吹き飛ばされたのは、黒竜の体当たりを食らったアマリリスであり、よろよろと体を起こす。
「……ぐっ! 痛い……! でもこの鎧がなかったら一発アウトだったわね……にしてもこの“ウォルタナ”でも斬れないなんて……」
だが、その様子を見て黒竜は驚くように言った。
「……あの一瞬で儂に斬りつけてくるとは……! 武装だけではなく、技量も高いようじゃな」
黒竜は自分の肩に一筋の線が入っており、血が流れ出ていることを確認して嗤う。
儂に血を流させるのは実に何年振りだろうかと思い出して。
対して、S級冒険者ミラ・カーターも立ち止まっているはずはなく、その大きな体を生かして、黒竜へと死神が持つような鎌を振り下ろす。
並みのバーガンディードラゴンほどの体の大きさを誇るミラ・カーターの膂力は半端なドラゴンでも屠ることのできる力はあるが、いかんせん相手はこの山の主である黒竜。
漆黒の鱗へとクリーンヒットするも、鎌の刃は甲高い音を立てて弾かれる。
「……うそっ! こんなに硬いなんて! あの小娘はこんな奴にヒビを入れたっていうの!?」
ミラは驚愕した表情で素早く距離をとった。
だが、黒竜は簡単に敵を逃すはずもなく、口に炎を貯めミラへと炎のブレスを吐く。
しかし、凶悪なブレスがミラへと直撃する直前、炎が掻き消えた。
ミラは大きく目を見開いて、眼前へと侵入してきた小さな影を見つめた。
ミラの目の前で粟色の美しい長い髪が揺れる。それは美しい赤いフルプレートメイルで全身を包んでいた騎士、アマリリスだった。
アマリリスが炎のブレスに向かって剣を一閃させた瞬間、なんと凶悪な炎が掻き消えたのだ。
黒竜によって吹き飛ばされたというのに、彼女のフルプレートメイルに大きな傷はない。
「……助かったわ! それにしてもあんたの武器は相当優れているようねぇ! 羨ましい限りだわぁ!」
「当たり前でしょう。 これは私の青春の全てなんだから……ジンさん……」
ミラは青春?と小首を傾げるが、彼女の相棒の名を呟いて全てを理解する。
そしてそのことに気づかないように述べた。
「わかっていたけど、あの黒竜これほどまでに強いとはねぇ……! 私の武器じゃ歯が立ちそうにないわ」
アマリリスはミラがわざと強がって軽口を叩いている事を見抜き、ため息を吐いて答える。
「ここで……ジンさんなら……。 受付嬢さん! この弓を貸すわ! その弓はすでにマーキング済みよ!」
そう言ってアマリリスは後方にいる、ミラに道具袋から取り出した煌びやかな弓と矢を投げて渡した。
ミラは突然のことに驚き、かつアマリリスの言葉の意味がわからなかったが、あれほどの武器を持つ者ならば、と武器を受け取り素早く後方へと下がる。
そんな二人に向かって、威圧感のある声が轟いた。
「神から下賜された神器の剣か……。神話に違わぬ性能じゃて……、しかしこの攻撃は耐え切れるか!」
黒竜は口を大きく開け、尻尾を地面に突き刺しエネルギーを口元に集める。
あまりの巨大なエネルギーの収束に地面が耐えきれないとばかりに陥没していく。
それを見たミラが叫ぶ。
「やばい! 山の一部を消し飛ばしたあの攻撃が来るわ! 逃げなさい!」
しかしアマリリスはそんな声は聞こえていないと言わんばかりにその場から動かない。
自分が持つ剣をじっと見つめて大きく息を吸い込み吐く。
黒竜は依然として狙いをアマリリスに一点集中させたままエネルギーを蓄えている。
「……ジンさん……。私に力を貸してください。あなたがいなくなったこの世界で生きていく意味はなくなったけれど、せめてこのドラゴンだけは倒さなければなりません。……どうか……」
そんなアマリリスを見てミラはトチ狂ったのかとばかりに叫ぶ。
「ちょっ! ねぇっ! さすがにヤバいってぇ! あんたも見たでしょ! 早く逃げ……」
だが、ミラの悲痛な叫びを無視するかのように、黒竜は翼を広げアマリリスに照準を合わして溜めに溜めたエネルギー砲を射出した。
——青白い閃光が辺り一面を照らし、轟音を纏った光の渦がアマリリスへと蹂躙する。
しかし、その中で信じられないことが起こっていた。
なんとアマリリスは膝をつきながらも両手で剣を持って、黒竜の放つ圧倒的な暴力の奔流に耐えていたのだ。
それはまるで光を切り裂いているかのような光景だった。
だが、光の渦の中でアマリリスは冷静にこのままではやられると自覚していた。
自分が手に持っている“ウォルタナ”がガリガリと削られていることが理解できていたからだ。
それは、この剣の能力が黒竜のエネルギー砲に押し負けている事を意味する。
すなわち、アマリリスが“ウォルタナ”に投資していた課金額がとうとう底をつこうとしていたのだ。
「……ジンさん、少し私のアルバイト料が足りなかったようです……。まぁホントはアルバイトなんかではなかったんですが……。でもあなたなら私の正体にとっくに気付いていたんでしょうね……にもかかわらずこんな私を仲間にしてくれてありがとうございました……もうすぐそちらへ参ります……」
そうアマリリスが悲痛な決断をした瞬間、光の渦が急に消えた。
いや、消えたように見えただけだった。
実際には軌道がそれただけで、地面の一部を消し飛ばしている。
一体どうなったのかと黒竜を見てみると黒竜は後頭部にダメージを負ったようでよろけていたのだ。
そんな中ころころと、アマリリスの横に黄金の弓矢の切っ先が落ちてきた。
どうやら、ミラ・カーターが上手くやってくれたようだ。
あの弓矢ももちろん課金アイテムで、ジンを助ける為に用いたものだ。
その特性は最初に射た目標点をマーキング認識し、二回目以降の矢は自動追尾で目標点に当たるという優れものだ。
アマリリスは瞬時に今の状況を理解し、先ほどの意識を切り替え、千載一遇のチャンスであると走り出した。
目標はもちろん大技を披露して疲弊しているであろう黒竜だ。
アマリリスは強く地面を蹴り、大空を舞うかのような大ジャンプを行う。
剣を両手に逆手で持って状況が理解できずに混乱していた黒竜の赤い目を目掛けて突き刺した。
——ズブリッ!!
「グギャャャャァァァァァアアアア!!!!」
黒竜が耐えきれないとばかりに断末魔を上げた。
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