第18話 我輩、スッキリする。
——ガンッ! ボトッ!
岩と金属がぶつかる音が辺りに響く。
そこは閉じた空間だったようで何回も反響していた。
我輩は目の辺りをごしごしとこすって目を開く。
どうやら先程の音は我輩の鎧が地面にぶつかった際に起こった音らしい。
我輩は顔を上げて上を眺めた。
そこには真っ赤なマグマ溜まりがあった。
まるで宙に浮いているかのようだ。
それから発せられる赤い光のおかげで、辺りは十分に明るい。
「あぁ、そういえば校長殿にマグマへと突き落とされたんだったな……あぁ〜めっちゃ熱かった。これだから風呂は嫌いなのだ……」
我輩は凄まじい殺気を撒き散らしていた黒いドラゴンを思い出す。
なるほど、山の主に足る力の持ち主であった。
「アマリリス殿達にあのドラゴンの相手はちときついだろうな……早く戻ってやるか」
そう呟き、再び上を仰ぐ。
「それにしても不思議な光景だ。空がマグマであるとはな、これもなんらかの魔法的力の影響によるものなのか……? 実に興味深い……しかし……」
我輩はいそいそとガントレットを外した。
そこにあったのは、たくましい漢の腕ではなく、銀色に輝く我輩の骨だった。
「あぁ〜! やっぱりかぁ、妙にすっきりしたと思ったのだ……肉まで溶けておるとは流石マグマさんである」
我輩は、上半身の鎧を脱いでみた。
体を見下ろしてみると、そこにはやはり銀色に輝く骨があった。
肉片一つ残ってはいない。
顔に手を当ててみても、肉の感触はなく、硬いものがぶつかり合う音がするだけだ。
「それにしても暑い……まるでサウナだな。だが、狙い通り目的地にたどり着くことができたようだ、流石我輩」
うだるような暑さに辟易しながらも、我輩は骸骨の身のまま歩く。
久しぶりの衣替えに心躍らせるも、上部のマグマによるこの暑さにはうんざりだ。
どうやらこの場所は校長の私室スペースらしかった。
なぜなら、大理石でできているような机に、立派なオフィスチェア、その後ろには馬鹿でかい金庫が鎮座していたからだ。
黒いドラゴンは竜人の証。
彼はいつも人の姿で過ごしているのだろう。
机の上には、たくさんの羊皮紙が置かれており、怪しげな数字が羅列していた。
我輩は目ざとくも全て計算し、それが脱税の企画書だと見抜く。
やはり、ここは校長室に違いない。
となると、後方にこれ見よがしに鎮座するこの金庫の中には校長殿のお宝が眠っているのだろう。
「……ふむ、ではこれを持って地上に帰還するとしようか」
ニヤリと笑い、我輩は金庫を片手で持ち上げ、上部にあるマグマの中へとぶん投げた。
side アイン
俺はヒヤリと頬に汗が流れるのを感じる。
やってしまった。白々しいやり方で旦那を殺してしまった。
だが、俺は後悔してはいない。
なぜなら奴はあまりに危険すぎるのだから。
あの赤いバーガンディードラゴンを一撃で屠った際に放たれたあの圧倒的すぎるオーラ。
今相対しているこの馬鹿でかい黒いドラゴンよりも迫力があった。
思い出すだけでも、泣き叫びたくなる。
それに決定的だったのは、その時に奴が吐いたあの言葉、
——吸血鬼
有り得なくは無い。確かに吸血鬼ならば人の姿でありながら、人外の力を持つことができる。
しかし、如何に吸血鬼と言えど、あのバーガンディードラゴンを一撃で屠る事は出来ない筈だ。
にもかかわらず、あれほどの力。
最早旦那が人の身を超越している存在であるのは明白だ。
ならば、俺にできることは災厄をもたらすかもしれない存在を不意打ちで排除する事のみ。
おそらく、組合長も同じ考えであるはずだ。
しかし、俺は幸せそうに眠っていたあの馬車の中での光景を思い出す。
「……くっ! そんなことあるわけがねぇっ! 化け物はいつだって人間を残酷に殺すんだ……!」
そうだ、魔物やモンスター達は人類と交わることはない。
あいつらは人類を餌としか思っていない。
そんなやつらと手を取り合えるわけがない。
だからあんな危険な奴は排除して正解なんだ……。
——ガンッ!!
「ぶへらっ!!」
俺は無様な声を出して地面を抉りながら吹っ飛んだ。
一瞬何が起こったのかわからなかったが、かろうじて黒いドラゴンにやられたのではないとだけは分かった。
意識が飛びそうになりながらも懸命に目を開けると、俺の前に立っていたのは怒りの形相でこちらを睨むアマリリス殿だった。
美人はどんな表情をしても美しいのだなとこの場に関係ない事が頭によぎる。
アマリリス殿は憤怒の感情を隠さずに言葉をぶつけてきた。
「よくもジンさんを……! 許さない……! 絶対に……! 私達があなたに何かしたっていうの……! こうなるからあんたなんか仲間にいれたくなかったっていうのに……!」
アマリリス殿は唇をキツく噛んで俺を睨んだ。
その美しい瞳には涙が浮かんでいる。
それを見て馬車で見た光景は本当だったんだなと今更ながら理解した。
アマリリスさんは世にも恐ろしい力を持つあの旦那を想って涙を流している。
少なくともアマリリスさんは俺達と同じ人間の心を持っていたのだ。
俺はそのことがやっと理解でき、はっと息を飲む。
だが、もう遅い。
旦那はあのマグマの中へ突っ込んで行ったのだから。
吸血鬼と言えども、あの中では生きてはいけないだろう。
そんな中、低い威厳のある声が轟いた。
「ふはははっ! 何とあっけない! 警戒して損したわい! この程度で排除できようとは! 後は儂と相対するに分不相応な力の者共ばかりじゃ、一人ずつ嬲り殺しにしてくれる!」
アマリリス殿は俺から視線を逸らし、黒いドラゴンと向きあった。
その怒りに支配された形相でもアマリリスさんは素直に美しい。
それほどの女性に化け物に過ぎない者が想われているなどと嫉妬の炎が燃え上がる。
しかしそこに、大きな人影が現れた。
「さっきは呆気に取られたけど、今はもう大丈夫だわ! それにあたしとあんたの二人ならなんとかなるんじゃない?」
「……私は一人で仇を討つ……」
「はいはい……でもこの敵にはそう言ってられないわよぉ?」
そう言ってアマリリス殿の横に立つのは俺達のギルドの長でありS級冒険者であるミラ・カーターだ。
二人の戦の乙女が巨大な黒いドラゴンと相対している。
なのに俺は無様に這いつくばっているままだ。
俺はあまりの自分の力の無さに笑うしかなかった。
結局自分は不意を突くことでしか敵を討つ事が出来ないと理解出来たから。
俺は本当に正しいことをしたんだろうか。
なぜこんなにも俺は惨めなのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます