第17話 我輩、落ちる。
「……いいですかい、敵に見つからないように存在感を消してくだせぇ」
アイン君は我輩、受付嬢、アマリリス殿に続けて指示を出した。
「そのまま身をかがめて様子を伺ってくだせぇ」
我輩達三人はアイン君の指示に黙って従い、言われた通りにする。
我輩達の視線の先には赤い血の池が広がっていた。
沸騰するかのように血がボコボコと泡立っている。
そう、ここはバーガンディーマウンテンの頂上の火口付近の尾根。
我輩達は血のように赤いマグマを見下ろしている。
それはぶくぶくと泡が立ち、何人たりとも生物を寄せ付けない。
そんな我輩達が息を潜めて行動している理由は、マグマの壁面にへばりついているモンスターにある。
赤から茶色までの色とりどりのドラゴンが無数にマグマの上部を飛び交っているのだ。
そんな中、とうとう耐えきれなくなったのであろうアイン君の独り言が聞こえてきた。
「……ひぇぇ……なんちゅうとこに来てしまったんだ……俺は……」
それに対して流石のアマリリス殿も困惑気味に言った。
「……そうね、まさかこれほどの数のドラゴンがいたとはね……ジンさん、一体どうするつもりよ?」
「……もちろんこの中を突破する。何しろ、校長殿に用があるのだからな。このマグマの奥底に力強い波動を感じるのだ」
アマリリス殿は額に汗を浮かべて問いた。
「だから、それをどうやるか聞いてるのよ……」
我輩は苦笑いして答える。
「よし……アイン君さっさと装備を外しておけ。何しろこの湯に入ったら全てが溶けてしまうからなぁ」
アイン君は目を点にする。
「へっ……? 旦那は一体何を言ってんだ……?」
我輩はため息を吐いて答えてやる。
「もちろん校長殿に会いにゆくと言っているのだ。このマグマの下に潜んでいるからな……。相手がやって来ないのならば、我輩達が行かねばなるまいて。しかし、我輩は風呂は嫌いなんだがなぁ……」
涙目でアイン君は助けを求めるようにアマリリス殿を見た。
アマリリス殿は呆れ顔で呟く。
「……あんまりジンさんの事は真に受けない方がいいわよ。さすがにこの光景を見れば冗談の一つは言いたくなるってもんよ」
そうアマリリス殿が言うとアイン君は目に見えるほど安堵していた。
しかし、そんな二人を尻目に我輩は火口付近のドラゴン達に目をやった。
そのドラゴン達はなぜかこちらを凝視して、固まっている。
だが、我輩はそのドラゴンの視線の先が微妙にこちらに向いていないことに気づいた。
その視線の先にあったのは、息を潜めて緊張感に溢れた表情をしている受付嬢だったからだ。
だが、そのドラゴンは受付嬢を見て首を傾げていた。
それもそうだろう、なぜなら今の受付嬢の顔は、ドラゴンよりも大きいからだ。
こんな生き物は見たことがないに違いない。
そして、受付嬢もそのドラゴンを見た。
バッチリ二人の視線が交錯する。
「グ、グギャャャアアアア!!」
ドラゴンは叫んだ。
そして、周りのドラゴンもつられて騒ぎ出す。
「「「「「グギャ、ギャアア、ナ、ナンダアリャ!? オバケ! ギャァァァ!」」」」」
「えっ、ちょっ! どうなってんのぉ!?」
そう言って受付嬢は自分の様子に気づいていないように慌てだした。
アイン君とアマリリス殿を見ると、二人は受付嬢からすでに距離を取っている。
こうなる事を見越していたに違いない。
「……ほう! なるほど、流石はS級冒険者! 体の大きい己を自ら的とするとは……『俺を置いて先にいけぇ!』を実戦で拝めるとは思わなかったぞ……!」
だが、受付嬢は焦ったように抗議してくる。
「ち、ちがぁう! ってちょっと! めっちゃドラゴン集まってんだけどぉ!
めっちゃあたしを睨んでんだけどぉ!」
そんな自己犠牲溢れる受付嬢に我輩はエールを送る。
「だが、安心しろ、受付嬢よ! 我輩は先のセリフを吐いて死んだものはあまり見たことはない! 後で何事もなく帰還を果たすものが大多数だ!」
「な、なによそれぇ〜! 呑気に見てないで助けてぇ〜!」
受付嬢が叫び、さすがに援護に入ろうかと決断した時、ドラゴン達の異変に気付いた。
ドラゴン達は受付嬢を睨みつけはするものの、襲いかかっては来なかったのだ。
それはまるで何者かから手を出すなと命令されているかのように。
そしてマグマの底から強い波動を飛ばしていた何かがぐんぐん近づいている事を感知すると、我輩は人知れず笑いが漏れた。
「……くくっ、ようやくお出ましか……!」
ごぼごぼとマグマの中央付近から、激しく噴水のようにマグマが吹き上がる。
マグマは重力など知らないかのように天へ登り続けた。
周りのドラゴン達はその幻想的な光景に見入っている。
そして、赤いマグマから所々漆黒の鱗で覆われた皮膚が顔を出す。
それは、全長五十メートルはあろうかと思われる、今まで見たこともない程の巨大な黒いドラゴンだった。
鋭い牙は黒い鱗から突出し、その鋭利さを剥き出しにしている。
そして、マグマよりも赤く輝く眼は我輩を真っ直ぐ射抜いた。
そのまま、黒いドラゴンは低く威厳のある声を出す。
「……ようこそ、矮小なる侵入者よ、この儂を前にして無事に帰れると思うなよ」
だが、そんな威厳たっぷりの脅しも意に介さず、我輩はヘルムの下で笑う。
「……決定だ。貴様を手土産に凱旋するとしよう……!」
我輩と黒いドラゴンは互いに肉食獣のように笑い合った。
どちらも自分が捕食者と捉えているが、体格の大きさは歴然としている。
さらに、黒いドラゴンはマグマの上空で浮かんでいるが、こちらは火口の尾根に立っており、地の利も無い。
とても不利な状況ではある。
しかし、我輩の笑みは止むことはない。
そして、先に沈黙を破ったのは我輩だった。
アマリリス殿に素早くアイコンタクトをとって、アイン君の首根っこを掴んだ我輩は目にも止まらない速さで、火口の尾根に沿って走る。
「な、なんで俺を掴むんだよぉ〜! はなしてくれぇ〜!」
「いやなに、君に特等席で真の冒険者の姿を見せてやろうと思ってな、光栄に思ってくれ」
「た、たすけてくれぇ〜!」
アイン君の情けない悲鳴を聞きながら、我輩は尾根をひた走る。
その間、黒いドラゴンは不用意に我輩には接近せず、我輩の動きに首だけを動かす。
そして、我輩は接近できないと踏んだからか、口にエネルギーを溜めこちらに射出しようと身構えていた。
思った通りこのドラゴンは、我輩だけを敵と見なしているようだ。
実際に受付嬢はこの黒いドラゴンに畏怖を覚えているからか、呆然としており、戦力外である。
だが、アマリリス殿は違った。
こういった敵とは何度も戦ったことがある。
……ゲームの中でだが。
しかし、我が宿敵はそんなことを意にも介さず不敵に笑ったのを我輩は見た。
我輩は黒いドラゴンがアマリリス殿に背中を見せるようになる位置まで走るとそこで止まる。
「や、やべぇえぞ、だんな! ひぇ、ひぇぇええ!!」
その瞬間黒いドラゴンは口を大きく開いて溜めに溜めたエネルギー砲を放った。
——ズガァァンッッ!!
我輩はあまりの熱量に目を閉じる。
そして、全てを破壊し尽くすような音を響かせた。
我輩がゆっくりと目を開けると、我輩の左の壁面に大きく穴が開いており、尾根の一部を消し飛ばしていた。その穴の部分からマグマが溢れだし、山の斜面を溶岩が流れ出す。
もう少し横であれば我輩達にに直撃しただろう。
しかし、我輩は驚いたような表情をしている黒いドラゴンの後頭部へと目をやった。
「……アマリリス殿の課金ブーストした弓矢を食らってもその程度なのか」
黒いドラゴンの後頭部は少し焦げているだけだった。
弓を持ったまま驚愕しているアマリリス殿を視界の端で捉える。
ゲーム内ではこうやって、挟み撃ちを繰り返してダメージを与えていくという戦法をしていたが、今回はあまりダメージを与えている印象はない。
それにアマリリス殿はいくら課金アイテムといってもアーチャーの職ではないので、遠距離攻撃はできないと結論付けた。
「……しかし、そうなればどうやって接近すれば良いのか……」
う〜むと唸りながらもドラゴンの様子を伺った。
ドラゴンは用心している為か、接近してくる様子は感じられない。
アマリリス殿の弓矢も意に介さず、引き続き我輩だけを注視していた。
我輩は首根っこを掴んでいるアイン君に小声で話しかける。
「君は我輩に<フライ>の魔法を使えるか?」
アイン君は黒いドラゴンのエネルギー砲を直視したからか、泡を吹いていたが、辛うじて答える。
「……ふ、ふらい? で、できないこともないけどよ……」
「では、我輩をあのドラゴンの目の前へと飛ばしてくれ、操作は君に任せる」
我輩はできるだけ落ちつかせるように言った。
アイン君はふらつきながらも我輩の意思に従い、いつもの魔法を発動させるポーズを行う。
「わ、わかった……<レ、レビテーション>!」
「……ん?」
我輩はとても嫌な予感を覚えながらも、体がふわりと浮いたのを感じた。
体がふわふわと浮いているのでジタバタしても何も起こらない。
亀のようなスピードで黒いドラゴンに進むその様はまるで、生贄に捧げられた供物だ。
しかし、ドラゴンはそんな我輩を不審に思っているのか、何もしてこない。
そして我輩はドラゴンの目前までいくと体を動かせないことを悟らせないように気丈に振る舞って言った。
「やぁ、今日もいい天気だね、ドラゴン君」
——ドゴンッ! ポチャン!
ドラゴンは尻尾で我輩をはたき落とし、我輩はマグマへと勢い良く突っ込んでいったのだった。
「ジンさんッ!!!!」
アマリリス殿はこの世の終わりのような表情で叫ぶ。
だが、アイン君は、
「だ、だんなぁぁぁああ!!!! <フライ>と間違えたぁぁぁ!!」
やっぱりな。
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