第16話 我輩、畏敬される。
side 校長
「ヤバいやつが来おった……」
ここは永年親しんだ我が根城、人間達がバーガーンディーマウンテンと呼ぶ山の頂上じゃ。
いつになく険しい表情でこの山に侵入してきた者達を水晶玉で見ている。
ただ見ているだけだというのに、竜人の人間形態の手がぶるぶると震えていた。
最初は好奇心じゃった。
この山に住むドラゴンが二体いきなり消えたと知り、儂は驚いた。
この近辺では例え幼竜といえども、ドラゴンに仇なす事が出来る存在はいないはず。
それが二体も同時に消えてしまったのじゃ。
それに対して気にならない筈がない。
ある日、儂はその内の一体が帰還したと知り、慌てて何が起こったのかそのドラゴンに聞いてみた。
「一体何があったんじゃ?」
儂は目つきを鋭くして問う。
「ニ、ニンゲンに召喚されてしまったでやんす……。しかも、もう一体は討ち取られたんでさぁ!」
それを聞いた儂は驚愕した。
「な、なんじゃと……! 仮にもドラゴンじゃと言うのに人間如きに討ち取られたというのか!? じゃが、なぜ貴様は生きているんじゃ? 確か君の体育の成績は1じゃった筈だが……」
儂は疑わしそうにそう言うと、慌てて茶色いドラゴンは弁明した。
「オ、オイラはインテリ派なんでやんすよ! 瞬時に相手の弱点を見切り、その隙をついて逃げてきたんでやんすよぉ〜!」
ふむふむ、なるほど。人間相手に逃亡したというのは全く情けない話じゃが、命乞いをするよりかはマシか……。
そんなことされれば、ドラゴンの威厳もへったくれもあったもんじゃないわい。
「そ、そんなことよりも……リーリアちゃんは元気でやんすか?」
茶色いドラゴンは怯えながらも問うた。
「あぁ、あのドラゴンは良い力を持っておる。まさしく儂の切り札に相応しいわい」
儂はいやらしく笑った。
それをみた茶色いドラゴンは歯ぎしりを立てている。
「……せめてあの秘宝から出してやる事はできないでやんすか……?」
そう悔しそうに茶色いドラゴンは言った。
「君はよく知っているはずじゃ。この山では力ある者が全てであり、その存在に逆らう事は出来ないと。じゃからあのリーリアも儂の好きなように扱えるのじゃ。悔しかったら、はよう儂のように黒くならんかい」
そう言って儂はいやらしく笑う。
茶色いドラゴンは自分の不甲斐なさでいっぱいのようじゃ。
しかし儂はリーリアへと想いを馳せる。
リーリアは永い時間秘宝へと閉じ込めておる。
その秘宝とは、閉じ込めた者の魔力を契約者である儂に送り続けるというもの。
まさに夢のような秘宝じゃが一つ欠点があった。
それは、維持費がべらぼうに掛かるのじゃ。
ここでいう維持費とは、リーリアの嗜好品を指す。
つまり、頻繁にリーリアの望む物を提供しないといけないのじゃ。
昔は牛肉などと、質素なものであったが、最近ではエスカレートしてきてこの山の高級食材を要求してくるようになってしもうたんじゃ。
さらに、最近の彼女の流行りは人間界の英雄譚なる書物らしい。
それも囚われの姫と勇者の物語じゃ。
一体何を夢見ておるんじゃか……。
儂も読んでみたのじゃが、思わず砂糖をはいてしまったぞい……。
しかも儂はダンディーな爺さんの人間形態で人間の街に書物を買いに行ったのじゃ。
周りは女子共ばかりで儂を白い目で見てきおった。
じゃが、そんな苦労も今回のような非常事態へと備えてのもの……。
これから人間の冒険者達がここへ侵入してくる可能性が高い。
何せ赤いドラゴンをこの山の主と思っているはずじゃからのぉ。
その中にその未知の召喚術を行った者もやって来るかもしれない。
……いいじゃろう、儂が直々に相手になって、いろいろ聞き出してやろうではないか。
その為には面倒じゃが、ここまで導いてやる必要がある。
他のドラゴンには手出し無用と伝えておかなければな。
とか思っていたのが、数日前の事じゃ。
今では浅はかな思考をした自分を殴りたい気分じゃ。
儂はすぐに強大な力を持った存在がこの山に近づいていると感じ取れた。
なにしろ、似たような経験が前にもあったんじゃからな。
その直感は遠見の水晶で二人の騎士の姿を捉えた瞬間核心に変わった。
——勇者。
そう、あれは見紛うごとなき勇者じゃ。
今から四千年前に突然現れた、人間種最強の種族。
その神に下賜されたとしか思えない装備を身に纏った、全てのモンスターが恐怖する存在。
もしかしたら……と思ったが、よく考えたら、ドラゴンを討ち取る人間など勇者以外にはあり得ない。
そうか……とうとう勇者が現れてしまったか。
しかし今の儂はあの頃のペーペードラゴンではなく、ワイルドな漆黒の鱗に包まれたこの山の主。
四千年前は色眼鏡が入っていたに違いないと自分を慰める。
しかし、そんな存在が二人も……!
そんな勇者達が次々とオークやゴブリン、トロールまでをも一刀両断の内に切り捨てる。
だが、儂はそれを見てもあまり驚かない。
なぜなら、以前の勇者も同じような事をやっていたのだから。
しかし、儂は赤いドラゴンの登場には驚きを隠せなかった。
「馬鹿者っ! あれほど未知の敵には手を出すなと言っておいたじゃろうに!」
しかしそのドラゴンをよく見てみると、30年生であることがわかった。
あの頃の知能はゴブリンよりもいいといったところ、いろいろとブイブイ言わせたい時期じゃったので儂は何も言えなかったんじゃ。
「……じゃが、これでだいたいの実力が計れるじゃろうて。いくら勇者と言えどもドラゴン相手に無傷とはいくまい……!」
じゃが、儂は目を疑った……。
「吸血鬼パァンチ!」
——ドゴンッ!! プチッ!
なんと全身を黄金のフルプレートメイルで纏った勇者がただ一回殴っただけで、ドラゴンは潰れたトマトのように爆散したのじゃ……。
その時に儂は自分のすごすぎる感知能力で悟った。
この勇者が拳を放つ瞬間、世にも恐ろしいオーラが放たれた事を。
初めてじゃった。尿道が緩むという体験は。
——あり得ない
なんじゃこいつは!?
幼竜といえども、たったの一撃じゃと!?
それに一瞬解き放たれたあの力……。
儂の伝説の秘奥義“バーストフレイムファイナルカノン”をもってしても敵わないのではないのか……?
いやいや、とかぶりをふる。
ここまで侵入を許してきたからには断じて無事に帰してやるわけにはいかない。
それに、勇者のあの力は後ろでフルフリ踊っているあの冒険者の支援のおかげじゃろう。
そうに決まっている。
じゃが、一つだけ懸念があった。
儂は部屋の奥にある馬鹿でかい金庫へと懊悩しながらゆっくり進む。
そんなはずはない……聞き間違いじゃ……と思いながら。
そうして、金庫にたどり着き、飽きるほど行った開錠作業をする。
ギギィッと古めかしい音を立てて開いた扉の中にはこれまで集め続けた財宝やら金貨などが輝きながら鎮座していた。
そんな横領に不正、また横領を重ねて集めた至宝をうっとりと見つめながら、儂はある一つの古びた書物を手に取った。
儂はその書物の一番最後のページを開く。
そこには、明らかに後で書き足されたような文があった。
——もしもこいつがこの世界に現れてしまったら、全てを諦めて異世界へ逃亡する準備をしたほうがいい、この俺のように。こいつは歴代の勇者が束になっても倒せるような存在ではないーー
第9代目 勇者カロス
儂はじっとその文を見てため息をついた後、書物を閉じて表紙のタイトルを見た。
そこには、
手記 〜真祖の吸血鬼 ブラッディ・ジンについて〜
と記されていた。
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