第26話 傷心のアリア
隣に座り、距離的な意味で
「……だそうですのでマスター、ブドウジュースをお願いします」
「は、はいよ」
ビール、ビールと来てのアリアのブドウジュース。
大人な出で立ちの彼女からして、てっきりワインやウィスキーなどのお酒で迷っているのかと思っていた他の三人は、その予想外な注文にしどろもどろしていた。常に威風堂々としているマスターでさえ、声に明らかな動揺が見えていた。
「でも意外ですね、アリアさんが一杯目はジュースから入るタイプだったなんて。次はもう決まってるんですか?」
最初のジョッキを待つ間に、アリアの
「つ、次? 次は……、そうね、やややっぱりオレンジよね」
「オレンジのカクテルですか! いいですね、じゃあ二杯目は僕もそれにしようかな」
「え、何? か、かくてる?」
突如頭の上に“?”を発生させたアリアが、普段とはまるで別人の、知性のかけらも感じられない呆けた顔で尋ねた。
「はい、カクテルです」
「かくてる、って……、何だったかしら」
「ベースとなるお酒に、他のお酒やジュースを混ぜたものですけど……、オレンジのカクテルなら、スクリュードライバーとかテキーラサンライズとか、色々種類はありますよ」
「すく……、てき、らさん……、今何て?」
大学生活で度々参加した飲み会で培ったお酒の知識を、七海はここぞとばかりに披露する。聞きなれない横文字の連続にアリアは困惑していた。
まぁスクリュードライバーもテキーラサンライズも、名前が怖過ぎて口を付けたことすら無いんだけどね。
程なくして、理解を諦めたアリアが顔を掌で支えるようにして卓に両肘をついた。そして、ふぅっと溜息を一つ漏らす。
それに気付いた七海が視線を移すと、その彼女の横顔には落胆が見て取れた。
「どうしたんですか? 急にそんなに落ち込んでしまって……」
深刻そうにしているアリアを気遣って七海が声を掛ける。
そこから絶賛凹み中の彼女の返答まで、たっぷり十秒程の時間を要した。
「はぁ……。
そう言って彼女は、がっくしとうなだれた。
また垣間見えた普段とは異なるアリアの一面に、七海は戸惑いながらも彼女を元気づけようと試みる。
「そ、そんなこともたまにはあるじゃないですか。僕だって、アリアさんが好きなお酒に関する知識だったらきっと足元にも及びませんから」
「そうじゃない。そうじゃないのよ……」
七海が出来る精一杯の忖度も、傷心のアリアには通じないようだった。
机に反射して聞こえてくる彼女のくぐもった声が、その悲壮感をより一層引き立てている。
「そうじゃないってどういう……。アリアさん、教えてくださいよ」
優しく撫でるような彼の呼び掛けに、突っ伏していたアリアはそっと身体を起こした。
そうして咳払いを入れると、先程までの弱気は何処かに消え去り、彼女は切り裂くようなあの鋭い眼つきを取り戻していた。
グッと背筋を伸ばした七海に、上からな物言いで告げられる。
「……そこまで言うなら仕方ないわ。教えてあげる。実は私、お酒飲めないの。“オレンジ”ってのもジュースのことだし――「ですよね」!?!?」
即答だった。
その事実がバレてないと思っていたアリアは、言葉にならない驚きを、口をぱくぱくさせて何とか伝えようとしていた。無口で無表情で、ただ根暗で陰湿な感じの人かと思ってたけど、モモばりに感情の起伏が激しいなこの人。ババ抜きとか絶対向いてない。
「……ナナミ、どうして分かったのよ……。……はッ! もしかしてあなた、心を読むタイプの珍しい魔法でも使えるんじゃ――」
「――うん。違いますね」
不測の事態に思考が上手くまとまっていないアリアに、七海は満面の笑顔で答えた。
あんなに長いフリ作ったら流石に分かるから(笑)
ブドウ→オレンジって選んだあたりからもうバッレバレだから(笑)
ブドウジュースっていうのも、何となくワインぽくて良さげな雰囲気だからでしょ(笑)
七海は彼女を落ち着かせながら、そんな嘲笑を死ぬ気で堪えている。
というか堪えなかったら確実に死ぬ。
そうこうしているうちに、大きな手にジョッキを三つ抱えたマスターがカウンターに戻ってきた。
「待たせてすまないね。これ、ビールとブドウジュースね」
勢いよくカウンターに置かれたジョッキの中身たちが、高波の如く跳ねる。
三人の中で明らかに一番年下である七海がそれらを取り分けようとした時、ふと思った。
「そういえば、
「そうねだいたいね……」
彼の質問に、アリアは顎に手を当てて考え始めた。
そもそも考えることじゃないですよ?
あとンン十年前のそのネタを使ってる時点でもうオバ――
「――二十くらいかしら」
若すぎィ!!!
リアルで無双していた天才主人公ですが、どうやら異世界では凡才らしい。 椎名椋 @muku_shina
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