外伝 やることもないし、いい加減神様家業も飽きてきたので勇者の真似事をして見た
ある英雄の功績
一人の男がいた。
その男はかつて英雄と言われた男で、自国の民を異国の脅威から救った男である。
今、男は断頭台の前に連れて行かれ、命が絶たれようとしていた。
男が犯した罪とは――そんなものはない、でっち上げだ。
要は国の首脳が和平成立させるため、彼を犯罪者として敵国に引き渡され、一方的に死刑宣告を下された。
英雄といわれた彼は見窄らしい奴隷服を着せられ罵声と投げつけられる卵や石に耐えながら、断頭台に上っていく。
――そして処刑が執行された。
◇◇◇◇
「――これが君の生涯で良いか?」
異世界の神官らしき男が前世の男の調書を読み上げている。
取り調べられている男は若干意味が分からないで困惑する。
首が強い衝撃を受け頭が下に垂れたところで、男の意識がここに移った。
狭い個室で机に神官風の男と対面するかのような感じで椅子に座っていた。
「…何だ。俺の記憶では、さっき処刑にされたと思ったが…そうではなく、まだ取り調べする気になったのか?」
「いや、君は既に死んでいる。ではもう一度確認する――」
彼は淡々と告げ、自分の仕事に全うしている。
男としては色々質問したいことがあったが、
――この手の人は一方的に取り調べ、それを拒もうものなら拒まれたということでそれで話を終わらしてしまう輩だろう――
と察し、特に反論せずに相手の聞かれたことを答えることにした。
「――というのが君の生涯でよいのか」
「そのとおりだ」
「他に何か付け加えておく点はあるか?」
「自分の人生については波乱に満ちた人生だった。もし次があるとしたら穏やかに普通の人生を過ごしたいものだ」
「――なるほどな。とりあえずこれで終わりだ。特に嘘言っている訳ではないのがわかった」
神官風の男は書き上がった書類の誤字脱字を確認するとそのまま自分のカバンにしまう。普通の調書なら本人が語ったと裏付けるため署名させるのだが…求めるつもりはないようだ。忘れているのか?――男は面倒くさそうに確認を取る。
「おい、書類に俺の署名を書かないで良いのか?」
「ああ。別に署名は不要だ。あくまでもお前がした事を再確認したに過ぎないからな」
「なるほど、あくまでも確認作業か…それなら合点した。それでは俺は本当に処刑されここに連れて来られのだな」
「そういう事になる」
男はそういうことかと納得した。今までの経験上、お役所仕事の神官も仕事が終わったから、ある程度は答えてくれるだろうと考えて話を進めることにした。
「ならば、書類を作る必要はなかっただろ? 神の裁きにつかうつもりなのか?」
「神の裁き? 何のことだ?」
「ここ、取調室だろ?」
「いやいや、ここは軍隊の採用窓口だ」
彼はそう告げるが、男としては納得はいかない。
「――俺、再び軍隊に入るつもりはないぞ」
「あるんだよ。君が指揮したセントルポアの戦いで何万人の人間がなくなったと思う? 正確に言うと86751人だ」
「それは悪い事をした。だから俺はその罰を受け処刑されたハズだが」
「あのな、君の世界ではそういう名目で殺害されたのだろうが、人は人を裁けないぞ。裁くのは神の仕事だぞ」
「言っている事が理解出来ないのだが…」
「ん? …あっそうか。君は正規ルートで天界に来たわけではないからか。それでは話が端折りすぎて理解出来ないわけだな」
神官風の男は考える。
そしてこう答えた。
「君達にもっとも分かり易く説明するとならば――天界に送られてきた時点で既に刑が確定されてしまった。これから君は刑罰に処せられる。君の刑罰は神の軍の指揮官として戦ってもらう」
「要は死ぬ前から目を付けられていたという訳か」
「君の希望は今はかなえられないが、用が済み次第その様に手配されるだろう」
「――言うじゃないか『用済みは殺す』みたいな。ここでもそういう扱いなのか」
「君達の生死の概念はここでは存在しない…が、君の希望に添う形で計らうこととするよ」
「オーケイ分かったよ。その軍隊に入ろうじゃないか。まさか――」
――その100有余年後。
「――まさか死んでからも軍を指揮するとは思っていなかったよ…」
その男は今、軍隊の採用窓口に再び座っていた。
一見すると顔や背丈、年齢は100有余年前と変わっていない。
変わっている点としては着ているものが奴隷服から将官用軍服であること――
「ほんと君は優秀だわ。当初は軍付の『勇者』として魔物討伐をしてくれると思っていたが、まさかすぐに軍の『英雄』として勇者を指揮して魔王軍を殲滅してくれるとは――」
神官風の男がうんうんと満足げに首を縦に振っている。
「ところで最高神サウザンドロス様よ、俺を呼び出したということはお役御免ということで良いのか?」
神官風の男は天界の最高神であった。
「まあ、そういうことになるかな。軍神よ」
男は今までの功績を認められ軍神に昇格していた。
「おいおい、やめてくれよ。人なんぞが神を名乗るのは烏滸がましい」
「お前のどこが人なんだ。私がどれだけ苦労して魔王を討伐に時間を割いたと言うのに、君はたった100年ちょっとで討伐してしまったではないか。これで『人』なんて言われた日には嫌みの局地だわ」
最高神がぼやく。
軍神は最高神が褒めているのにもかかわらず平然とした顔で話を聞いている。
別にうれしくもなんともなかった。
死んでまもなく前世と同じ仕事をさせられ、あくまでも職業人として当たり前のように話を聞いているだけにしか過ぎなかった。
「――それで、俺の後任は誰にするんだ?」
「いや、魔王軍を討伐したから規模を縮小する。君の副官でも業務を引き継ぐといい。それと…今悩んでいることがあるのだが…」
最高神はそう言って一つのファイルを軍神に差し出した。
「何だこれ?このガキの前世の調書だな…ていうか、まだ死んでいないのか」
「あと数日で彼は君と同様にここに召喚されることになっている。こいつは使えるか?」
軍神は書類に目を通す。
「まぁ…このガキはちょっと軍として使えないな」
彼はそう言って最高神に調書を返す。
「性格が真面目だぞ」
「性格が真面目でも、これほど堅物で血気盛んだと臨機応変に仕事が出来ねえぞ…それに実力が低すぎる。いくら軍を縮小するといってもこんな程度では足手まといも良いところだ」
「んじゃ、不採用か?」
最高神はファイルを自分のカバンにしまった。
「んー、でも小さなワールドの『勇者』ぐらいにでもしてやればいいんじゃないか?」
「おぉ、それはいい手だ。ならば次高神の奴に引き継ぐとするか」
「次高神様か…でもあそこのワールド歪んでいるからなぁ。次はあそこから魔王が誕生するんじゃないか?」
「考えられるな。ところで、君が言っていた次は穏やかで普通の人生を歩みたいって言っていた希望…ちょっと厳しいかな…」
「なんでだよ。約束したじゃん」
「だって、君は神になったからな、それも中堅の」
「あっ、神様が約束破るのかよ」
「人が望む様な些細な約束なら守るよ。でも君も神だよね? 神と神の約束なんて守る筋はないぞ」
「汚え! あんとき俺は人だったろ?」
「そういきり立つな。私もなるべく君の処遇を色々考えているから」
そこで最高神は手帳で今日のスケジュールを確認すると、立ち上がり指で『私に付き合え』と示した。
「俺は用ないぞ」
「私はまだあるぞ」
最高神は神軍本部から軍神を連れ出すと、下級神関係の役所に向かう。
「ようやく俺を一般人にしてくれるのか?」
「まさか。お前に見てもらいたものがある」
最高神はそういうと、住神課に進んでいく。そこにいた課の責任者を呼びつけるとその責任者は事前に用意していたファイル3つを取り出しそれを持って最高神の前に小走りで来た。
「軍神よ、彼は住神課長だ。今、どの子を下級神として任命するか相談受けていてな」
住神課長からファイルを受け取ると書類を受付長机に並べた。
1人目は、村の災害から守るため人身御供にされ召された女の子
2人目は、戦争従軍して流れ弾に当たって召された若き修道女
3人目は、薬師で伝染病に効く薬を求めて山の雪崩で死んだ女の子
これら3人のファイルであった。
「この3人が下級神候補としてあげられている。どの子が妥当だと思うか?」
軍神は書類を一枚一枚確認する。
「これ1柱分だけなのか?」
「そうだ」
「ならば3番目の子が第一候補だな」
「理由は?」
「人々の役に立つため行った結果だからだ。1番は村人に殺されたに過ぎない。2番は自分で死にに行ったようなもんだ。だからだ」
「そうか…ではこの2人は除外かな」
外された2人のファイルをまとめる最高神。だが、軍神はさらに話を進めた。
「――でもよ。これからは軍は縮小されるわけだし…余剰の勇者を転属させる必要があるだろ? 彼らを使役する下級神はもっといてもおかしくないか?」
「さらに候補生枠を広げろと?」
「余剰があるならもう2人を特別枠として加えてもいいのでは? もっとも2人は功績が低いので最低ランクにせざるを得ないだろうが…」
「それはよい意見だ。早速そうしよう」
最高神はその旨住神課長に指示を与える。すると住神課長が困った表情を浮かべている。
何か不満があるのかと最高神が尋ねると、課長がその困り事を告げた。
「…そうなると勇者の数が足りません」
「何故だ?余剰勇者枠があるはずだぞ」
「いや、確かにそうですが。彼らは次の転生が決まっています」
「転生だと? 誰が決めた――」
最高神がそこまで言おうとしたときに、数年前の事を思い出す。
「――あぁ、それは私が決めたことだった……」
最高神は左手で額を押さえた。
「どうしましょう?」
「そうだなぁ――そうならば先ほど軍神と話していたが、勇者見習いとして1名は補充できる。そうすると…足りない勇者は何人だ?」
「2人です。でも、次高神様が実験したい事があるというので1柱の見習いの神が欲しいと連絡がありました」
「実験?」
「はい。何でも信仰心についてどうすれば上がるのか試してみたいので、その若い神にやらせようとの事です」
「彼奴の世界は歪んでいるからな。確か安定させる為に必要だと言っていたな」
そっちの神候補生には勇者をつけなくてよさそうだ。
そうなるとあと1人の勇者が必要となる。
「うーん…あと1人か」
最高神は何か良いアイデアないかと言う意味でチラリと軍神を見る。
だが、軍神としては『俺に勇者として向かえと言いたいのか』と思った様でしばらく考える――
「普通の生活…とは言いがたいが――まぁ、いいか」
「何がいいんだ?」
「最高神様よ、俺がその勇者になってやるよ」
「はぁ?」
最高神がキョトンとして目をパチパチしてる。
まさか、勇者を束ねる軍神がその端末である勇者に名乗り出るとは思っていなかったからだ。
「なんだよ、そういう意味で俺を見ていたんじゃないのか?」
「違う。アドバイスが欲しかったから――」
軍神は最高神の話を遮るかのように話を続ける。
「どっちみち俺は軍神としてのお役は御免だし。他の神なんかに回されても正直、やりたくないなぁ…いい加減神様にも飽きてきた。どうせならのんびり旅みたいなこともして見たい。まぁ、若い神をからかいながらクエストをするのもいいか」
「軍神から勇者じゃあからさまに格下になってしまうぞ」
「ん――そこなんだよなぁ…ただ元々俺は人間だったし」
彼はその辺を考えてみたところ、問題点が明らかになった。
1点目としては、勇者を扱っていたのに、彼にはその経験がないこと。
2点目としては、神格がなくなれば不測の事態発生時に力の行使が難しくなること。
3点目としては、他の神に引き継ぎたくても対応が困難なこと。
この辺がある案を除いてはまとまらない。
具体的な解決方法はわかっていたが、それを自分の口から伝えてしまうと、自分の立場を保身している様で嫌だった。
最高神はそれを察して自分の口から彼に伝えた。
「まずは整理しよう…不測の事態の時に神として君には戻ってもらわないと困る」
「そうかといって軍神の役職のまま、そこらフラフラする訳にもいかないだろう」
「それなら、『軍』に固執せず、もう少し広義に解釈しよう…であれば新たに『英雄神』という役職を新設させ、君をそちらの役職にさせる。それで勇者をすればいい。万が一の事態が発生すれば英雄神のまま軍を統括するというのは」
「まぁ、そうしてくれるのなら、万が一の対応は出来るが…俺、勇者の経験ないんだぞ。身分詐称もいいとこだ」
「だから『英雄神』を名乗れば良かろうに」
「そうすると、その若い神が扱いに困らないか?」
「確かにそうだな。だったら『勇者(仮)』と名乗るのがいいのでは?」
「勇者の仮免許みたいだな。それなら身分詐称ではないし、若い神も扱いに困らないで済むな。緊急時以外はそれで通そう」
「わかった。君のやり易い様にやってくれ」
最高神は課長を呼び出しその旨を伝え、早急に人事案をまとめるよう指示する。
課長はまさか自分より上級神の人事を振るうハメになるとは思わなかったようで、大層驚いていた様子で自分の課に戻る。
課では「えーっ…」というため息が全体を包み、ちょっとした責任重大な重い空気がよどんでいた。
「…やべぇ、混乱させちまったか?俺が口出すのも何だし…最高神様よ、直接人事を執行してやってくれ」
「そうだな…あの課長、また胃潰瘍になっては困るしな」
「えっ、死んだ後にも胃潰瘍かよ――うへぇ…あの役職にだけはならなくてよかった」
「当初の案では、君がそこの次長になるハズだったのだが――まあいいか」
軍神はえっ?という表情で最高神と住神課長に目を移す。
なるほど、だから自分の裁量権を試してみた訳かと納得し、腹を抱えてうずくまる課長を見て、彼のような役職じゃなくて良かったと安心した。
それから数日後、最高神から辞令の交付を受けた。
そこには、『神軍軍神総司令官の任を解き英雄神の任に命ず』というものと『最高神直属の勇者(仮)の任を命ず』と記されていた。
勇者 転生した世界がクソだったので覇道を目指してみた 田布施 月雄 @tabuse-san
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