最終話 転生者の楽園

 

 ――歩はまた真っ白な世界の中にいた。


 そこに立っているのはかつての自分だという男。

 その男がひきっつった笑みを浮かべて頭を掻いている。


 「――いや~、お前弱すぎだろ?」


 「…ていうか、お前さあ~情報くれなさすぎじゃねえ?ガル公の事やエマシア様とか、あの本物の勇者とかさぁ」


 「あぁ、例の勇者か。あいつは勇者なりたての小僧だからな、融通利かなかったろ?」


 「利かないってレベルじゃねえぞ。話も聞かねえ、正義の執行者だという悪即斬だ! ありゃバーサーカー上がりだよ」


 「だから俺に聞きに来たと――」


 「それもあるが、今俺がやられないと真緒さんが狙われるからな」


 「――何だ、その真緒さんって」


 「魔王の転生者だよ」


 「えっ…そうか、あの人か――」


 その男は苦み潰した表情で無言になる。


 「何だよ、また齟齬が生じているじゃねえか」


 歩は情報を寄越せとばかりに掌で自分に煽るが、男は逆に掌で遮った。


 「――そうか…であれば、今回は俺の助力は必要ねえな」


 「どういうことだ?」


 「お前には俺の能力はすべて引き渡した。そもそもあの勇者なんかに負けるわけがない。記憶については今回は自分で探し出すといい。どうだ、暇つぶしになるだろ?」


 「何だよ、それ」


 「大丈夫だ。それに今回は全てを教えるよりも、自分で思い出して解決した方が良い。中には『知りたくなかった』っていう、ろくでもないものもあるからな」


 「それって、ただ面倒くさいからなんだろ?」


 「簡単に言うと、何らかのプロテクトを掛けた奴がいる。マカロフかも知れないし、天界かも知れないということだ」


 「んじゃ、このまま天界やらマカロフやら転送してくれないか?」


 「それはダメだろ? 第一、ガル公らお前を半殺しにした容疑者にされているぜ。エマシアさんも、その魔王転生者だってパニック起こしているぞ。細かい問答はまたお前が死にはぐったら話してやる。今は元に帰れ!」


 そういうと男は歩の背中を突き飛ばし、光につつまれ消えていった。


 「――面倒くさい」


 意識が遠のく――


 (あっ、このパターンか…) 


 辺りは暗闇に変わる。遠くの方で


 「――むくん……歩君!」


という声がする。



 (そのまま寝ていたらビンタ食らうよな…) 



 「ハイハイ…歩さんですよ。あと5分だけ寝かして…」


 彼は手を振って布団に潜り込む。


 ところが、腰にドスンという重みが掛かったと思うと、胸ぐらを掴まれ両頬をバッシンバッシンと掌で叩かれた様な衝撃が伝わった。


 またその脇で「やめなさいよ、この馬鹿!」という声がする。


 「――痛いなぁ…何をする」


 目を開けると自分に馬乗りになって往復ビンタを食らわせてる天野の姿。


 天野はコホンと咳払いをして歩から降りると、

 「これで勇者『歩』が甦りました。さあ、このクソつまんない世界でやるべき事を成しなさい…」

と女神である台詞を宣わった。



 (ガル公らはこんな感じで生き返らされていたのか?)



 歩が起き上がると保健室のベッドの布団の中だった。


 「そんなことしなくても、回復はしていますって」


 ベッドの真横にいた真緒はウルウルしながら、

 「なんですぐに起きなかったのよ!」

と文句を言う。


 「クソ勇者にやられたんだよ…」


 「えっ? 勇者って歩君だよね?」


 「俺はエマシア付の勇者、他にどこかの女神付の勇者がいてもおかしくない。天野さん、他の女神について教えてくれないか?」


 天野は自分の額に掌を当て数秒考えてみたが思い出せない。


 「――いや…それが、わからないのよ」


 彼女も転生時に記憶が一部消されているのか、その問いには答えられない。


 横で真緒がボソリと呟く。


 「――ケッ…使えねえポンコツ駄女神…」


 天野は彼女の一言で一発でカチンときた。


 「あ゛あん?」


 ヤンキー張りに真緒を睨み付け威嚇した。


 「そうか。俺も一部記憶がない。ところで真緒さんは記憶がバッチリあるのか?」


 「――実は曖昧なところ、結構あるのよ」


 真緒も転生時の記憶が曖昧な様だ。


 「しょうがないですわよね。まっ、あほうですから――あっ、だから魔王なのですね…」


 横で天野が嫌みったらしくからかう。


 「――喧嘩なら買うぞ」


 真緒が殺人鬼真っ青の表情で、天野を睨み付けた。


 「ところで、生徒会選挙は?」


 二人は苦笑いしながら答える。


 「こんな状況だもの、中止よ。出ない」


 「私が降りますわ。真緒さんが生徒会を盛り上げて下さい」


 「何で?」


 「――あの4馬鹿の件もありますが、選挙でこのような事態になることがおかしいのですから…」


 「いや、私も降りるから。まさか歩君までこういう事態になるんだったら、もういいかなって――」


 二人とも選挙について完全にどうでも、よくなっている。


 「ふむ、困った。両方とも降りるんだったら、選挙は成立しないよな…こりゃ、原因を作った人に責任をとってもらわないと困るな」


 歩は立ち上がり、再生完了した身体について異常の有無を確認する。特に異常はなさそうだ。


 「ところで、4馬鹿はどうした?」


 「――あ…」


 「忘れていた――」


 天野と真緒はお互い顔を見合わし気まずそうな表情で苦笑いしている。

 

 ――それから1時間後。


 辺りは大分暗くなってきた。


 歩が直接教師に説明したことで4馬鹿は無罪放免となった。

 ただし犯人については1人で上級生の感じであるとだけしか告げていない。


 これは向こうの流儀で解決するべきだと判断したからである。

 その解決のため歩らは生徒会室前にいた。


 「入るぞ」


 歩は生徒会室のドアを強引に引き開ける。

 バタンという大きな音が響いた。


 「ちょ、ちょっと乱暴にしないで!」


 天野が後ろで抗議するが、そんなのお構いなしで生徒会室にズカズカと入っていく。


 生徒会室内にあるソファーに東雲と晴人が神妙な顔して座っていたが、こちらに気付き両方とも口を広げ茫然としている。



 「とりあえず、治ったよ。それと、この二人は選挙を降りるそうだ。つまりは選挙期間ではなくなった。お前の望むとおり対決してやるよ」


 「――その件なんだかなぁ…日比谷」


 東雲が口を割って入ってきた。


 「この晴人が自供したよ。君を襲撃したのは自分だと」


 「――で、この件はどうケリをつけるつもりなんだ?」


 「一つは、風紀委員を更迭する。二つは破壊した箇所の修繕を私やこの男で行う。三つは――」

 

 歩は掌を向けて東雲の言葉を遮った。


 「生徒会総選挙、二人は降りてしまうそうだ。これについてはどうする?」


 「――それについては…」


 東雲は何も答えられなかった。


 「――僕が腹を切ればいいか?」


 晴人がボソリと意見する。


 「お前の腹を切ったところで、お前が感情的にやらかした結果が改善するわけないだろ?俺が問題視しているのはそこだ」


 歩は腕を組んで少し考える。


 「真緒さん、天野さんもう一度尋ねる。生徒会長をする気はないか?」


 「私もちょっとやりたくない…」


 「私も」


 「――でだ。両当事者が降りた。そこで新たな生徒会長に輝晴人がなればいい」


 歩の提言で一同が顔を見合わす。


 「えっ?!」



 「これはお前に課せられた罰だ。俺があれだけ弁舌してやったんだから、生徒からかなりの反発は起こるだろうよ。それに候補者が2人とも降りてしまったということは内部圧力があったんだろうと考えるかもしれない。その中で生徒会長を務めろ。今日の件はそれでチャラにしてやる――」



 東雲が慌てて反論する。


 「それは無理だ!」


 「じゃあ、どうケリをつけるんだ? うちらにケツ持ってこないで、お前が決めろ!」


 ――東雲は何も言えなくなった。


 「ではこうするといい。『この件は風紀委員だった人間の暴走で選挙は破綻した。だからもう一度選挙を行う。なお前回立候補した2名は辞退した』と。それで…この状況で誰が立候補する?」


 「――――」


 「…何も答えられないようだな。では俺がもう一度言おう。晴人が生徒会長になればいい。出来なければ、東雲お前の権限で決めろ! 決められない場合、上層部で決めろ!」


 この異様な追及に天野が慌ててフォローする。


 「いや、歩さんそれはちょっと…ねぇ――」


 「おや、エマシアさん? それは慈悲深い。あなたが選挙出てくれるんですか?」


 「ん――、歩さんは意地悪よねぇ~。わかったわ。でも、これ貸しだから」


 天野は歩と晴人、東雲に交互に指を差す。


 「よし、これで候補者1名決まった。それで、真緒さんはどうする? まさか天敵が勇気を振り絞って立候補するって言うのに、あなたはまた天野さんにやりたい放題させるつもりですか?」


 歩は今度は真緒を煽る。


 「――えっ、私もまた出るの? もういいよ…」


 「そうか…でないのか…美化委員楽しかったよ。多分、選挙後は天野さん陣営に取り組まれると思うから、先に御礼言っておくね」


 「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! わかった、わかりました出ます、出ます!」


 「おぉ、これで元の鞘に戻りましたね? あんたらが決められないことを彼女らがやってのけた」


 歩は東雲と晴人を見下した目で見る。


 「これに懲りて、うちの異世界転生者にちょっかい出させない事だな。そちらの勇者付のお偉いさん――」


 晴人と東雲は何も言えず、双方立ち上がると歩らにコクリと頭を垂れ礼で答えた。



 ――数日後、選挙が行われ、結果は天野が僅差で勝利した。


 僅か数票差であった――



 「――いや~ぁ、残念だったね…」


 大手ファミレスで残念会を催す二人。


 「負けちゃったじゃない! あったまくることぉ!」


 真緒は怒りながらピザ1枚にかぶりつく。


 「でも、あの時言ったでしょ?」


 「あぁ、あの時耳打ちした――」



 舞台は立候補前のファミレスまで遡る――



「私、そんなに持ち上げられたことないんですけど! 歩君が応援してくれても、落選すれば意味ないじゃん!」


 「意味あるよ。要は――」


 歩は対面に座る真緒に顔をもっと近づけろと手招きする。

 そして掌を片手で拝むように口の右横に当てる。内緒話をしたいようである。


 「なあに?」


 真緒も耳を彼の掌に重ねるように顔を近づける。


 「生徒会が『こちら側の脅威』を感じてくれればそれでいい。個人的なちょっかいがあってもこっちの要求を飲まざる終えない形に持ってくる。それだけ」


 「えっ。それが目的なの?」


 歩はコクリと頷き手をどかし顔を遠ざけた。



 ――回想終了。



 「――なるほどね…で、天野の誘いを受けたのね?」


 真緒は、歩が天野から生徒会にスカウトされた事を確認する。


 天野があれだけ彼を引き抜くと騒いでいた事や、また一度は諦めた生徒会選を『貸しだ』とばかりに引き受けた経緯もある事から、真緒は、歩が間違えなく引き受けたと踏んでいる。


 そう思うと無性に腹が立ち、ぷくっと頬を膨らましへそを曲げた。


 「いやいや、俺だけじゃないよ。真緒さんも誘われていますよ、副会長にと」


 「…えっ? どういうこと?」


 「だから――」


 歩がそこまで話をすると、頭上からその続きを続ける女神が1人――


 「――真緒も私のサブとして手伝いなさい。歩さんは会計、4馬鹿は雑務、財前は会計から書記。そんな感じの人事を考えていますから」


 真緒が嫌そうな顔で天野を見る。


 「何よ、これでも妥協したのよ! あんな僅差で勝負されたら、あなたのことも考慮しないと皆の顰蹙買うでしょ?」


 「――安易なことで…で、輝バーサーカーはどうしたの?」


 「生徒会の執行役員として監視下に置くわ。そもそも根は真面目だからちゃんと動いてくれると歩さんのお墨付きですから」


 「はぁ…歩君が言っていたことってこのことかぁ――」


 真緒はドッと疲れが出た感じで机の上に突っ伏した。


 「――これで、一つがクリアした。後は皆の記憶が曖昧だったり消されている点についての件もあるからな。次はその辺を解決させなきゃならないだろう」


 「じゃあ、あの世界に皆で行くの?」


 「そう。今度の期末休みを利用して皆で里帰りしないか?」


 天野が少し首を傾げた。


 「でもそんな方法あるのかしら?また転生するわけには行かないし――」


 「大丈夫、うちの敏腕弁護士が方法知っているはずだよ。俺のことを旧姓でしょっちゅう言いかけていたから彼女は転移者じゃないかと考えている。それにまだ異世界関係者がこの学校に居そうだし…」


 「わかった、歩君がそういう事なら協力するわ。天野、あんたも良いでしょ?」


 「そうですね。4馬鹿とバーサーカー連れて行きますか?」



 「あの夢と希望に満ちあふれた『マカロフ』へ!」



 完

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