第10話 偽りの勇者

 

 この日の夕方――


 新聞部からポスターを受領し、指定された掲示板に貼り付ける作業が残っていた。ところが、真緒は天野と共に理事長に、財前は東雲に呼び出されてしまったので歩1人がポスターを貼ることになった。


 校舎内は新聞部が新聞部所定の場所に張り出し、屋外は臨時の選挙用掲示板を設けた関係でそれは各候補者が張り出すことになっていた。


 場所を確認して黙々と張り続けて、ほぼ1時間。最後の1枚はおなじみの体育館裏の掲示板である。


 ここは彼が暴行受けた場所でもある。


 トラブルは解決したとは言え、正直トラウマは完全に消えてはいない――


 だがここにも花壇があり、手入れのために行くことはある。

 ――その時は決まってそこに真緒と一緒に行く。


 もし一人でその場所で剣持らに出会おうものなら、過剰反応を起こし問答無用に殴ってしまうだろう。


 ――それ位、歩にとって禁忌場所でもある。


 だからといって、そこに行かないわけにもいかないので渋々向かう。

 掲示板前に立ち、ポスターを貼ろうとした時、背後から気配を感じた。

 ちょっと嫌な気配である。


 「正直、ここにはあまり行きたくない場所なんだけどなぁ…先輩はそうは思わないよな」


 歩は後ろ振り返ることなくポスターを貼っている。


 「要件あるならちょっと貼り終えるまで待ってくれないか?」


 「――ほぉ…僕がここいるってわかった?」


 「気配はなく…というか、これ結界ですよね。そうなると余所の世界の人間ですよね、晴人先輩も――」


 背後に立っていたのは晴人であった。


 ポスターを貼り終えると歩は振り返り彼を確認し、辺りを見回す。晴人との距離は概ね8メートル先、十分間合いはある。


 「――ポスターを貼り終えましたが、何か用ですか?」


 「君、演説で魔法か何かのスキルを使っただろ?」


 「名演説で感動しました? それとも何かのパクリだと怒っていますか?」


 「まぁ、生徒会選挙とはいえ所詮はお祭りだ。そんなことで目くじら立てる事もないよ。もちろん目くじら立てている訳でもないけど、一応聞いておきたいと思ってさ」


 「使いましたよ。気持ちを高揚させるスキルをね」


 「――そうか…であれば、君は『勇者』ではないね」


 「うすうすは気がついていたけど、先輩は『本物の勇者』ですか。それも他の世界の――」


 「よくわかったね、僕は女神ユキカゼ直属の勇者アルバート…君の名前は、確かサウザンドクロウだったっけ?」


 「――アルバート? 知りませんね」


 「知らないとは思いますよ、君に名前を告げていませんでしたから」


 「ふーん、俺は知らないけど、先輩は知っているのか、ずるいなぁ」


 「でも、君が勇者ではないとわかったが、それもどうも納得がいかないんだ」


 「――一応は『勇者』だよ。エマシア付のね」


 「女神エマシア? …あぁ、天野さんのことか。何、君はあの女神付だったんだ。なるほどそれで天野さんがヒス起こしたわけだ」


 晴人は天野を蔑むかのように声高らかに笑う。


 「そしてどういう訳か魔王とくっついている。しかも君が殺した相手なのに!」


 「いやな言い方しますね、現世では関係ないでしょ」


 「要は君と魔王が結託してこの世界を征服するつもりなのですか?」


 「彼女は征服を望んではいないよ、俺はこの世界に不条理は感じていますけど」



 「――いずれにしても、このまま君を放置するのは得策ではないね」



 晴人はそういうと特殊警棒を取り出す。


 「そんなの出さなくても抵抗もしないよ。それに選挙中は暴力行為は禁止だったんじゃなかったっけ?」


 「おや、そうだったね…でも正義を実行するには多少の暴力はやむを得ないよね」


 晴人はそういうと警棒を構える。


 「――ずいぶん乱暴な勇者だな」


 「さて、君は避けられるかな――」


 晴人が動く。同時に一瞬消えた。


 こういうパターンは瞬時に間近に迫っているか、頭上に跳んでいる事が多い。


 案の定、歩の1.5メートル先に現れた。警棒の長さを考えれば間違えなく歩の頭にヒットする距離。既に晴人の間合い内に入っている。

 その時点で既に時遅し、警棒は歩の頭をヒットした。


 (――いや、感触がない。空を切ったか)


 彼が切ったのは残像である。


 「おや、日比谷君は剣士のスキルはありそうだね。それも剣持君とは比較にならない位に…なるほどね」


 「剣持らの件も知っている様ですね――」


 言葉は晴人の真後ろから聞こえる。


 「――シャイニングアロー」


 晴人が詠唱すると彼から無数の矢が辺り構わず降り注ぐ。

 ゲリラ豪雨の様に無慈悲に光の矢が着弾し轟音と土煙が立ち上る。

 だが、歩がいた辺りだけが朧気に光っている。


 「アルティメッドシールドだと? なるほど、魔法スキルもあるようだな。ではこれでどうだ?」


 土煙が砂嵐の様に視界が悪い。

 晴人は再び消えた。次はどこから現れる?

 正面か。1.5メートル先。いや、これは残像。真横だ。


 彼が再び警棒を振り下ろす。


 ガシッ!


 今度は感触あった。だが、振り切れるものとは違う。反動がかなり激しい。

 晴人の腕が跳ね上がる。


 「シールドで躱せると思うな!」

 

 彼の警棒が青く輝く。

 

 「――ミュルグレス」


 警棒…いや、青い剣が素早く切りつける


 ミシィ…ミシィ…


 光の盾が音を立て始めた。


 「なるほどね、これでダメなら…ブレーブ!」


 青い剣が白く輝きだした。

 晴人は思いっきり光の盾を目掛け振り下ろすと、ガラスが割れる様な音が響き、一気に振り下ろす事が出来た。

 だが、破壊した光の盾の先は空を切っただけである。

 

 「――何?」


 「盾壊すのに魔法聖剣2本分使ったの?もったいない…」


 土煙が風で吹き飛ばされると、晴人の目の前に歩が何事もなかった様に立っている。


 そして歩が青白い剣先を握ると光は無効化され普通の特殊警棒に戻っていた。


 「ほう、術式無効化のスキルもあるんだな…」


 「もう、やめませんか?」


 歩は辺りを指さす。体育館裏の地面が穴ぼこだらけになっている。

 建物は意図的にあてなかったようで幸い無傷であるが、臨時の掲示板がボロボロに破壊されている。

 その他にノーダメージなのは歩の周りぐらいである。


 そこで晴人がある事に気付いた。


 「――なるほどね…どおりで君が逃げない訳だ。というか逃げられない訳だね」


 歩の後ろには美化委員で植えた花壇があった。花壇の周りは無傷である。


 「ここはうちらの花壇があるからな」


 「………」


 晴人が無言でジッと歩を睨む。


 歯ぎしりをしているところを見ると、気に障る事を言ったようだ。


 「き、君は僕との真剣勝負をしているのにぃ…そんなのばっかり気にしていたのかぁあああ!」


 「待ってくれ、俺は最初から戦うつもりはない。あなたに狙われる理由もわからない」


 だが、歩の言葉は晴人には届かない。もう、人の言葉が理解出来ないほど頭にきていた。


 歩は(このまま逃げるか?)と考えたが、その場合は魔王である真緒に白羽の矢が立ってしまう。


 (――どうするか?)


 自問自答をする。だが、猶予はない。


 晴人は警棒を捨て、拳を構えてきた。


 (本物の勇者相手にステゴロはきついな)


 「それよりも、あなたこそ『本物の勇者』なんですか?」


 「な…なんだ…とぉ!」


 これは歩の挑発だった。歩の挑発にのり晴人の拳が白く輝く。


 

 「インパクトソニックブロウ!」



 歩の脇腹に晴人の拳がぶち当たる。


 歩の体は宙に舞い花壇の上に落下する。彼は血反吐を吐きピクリとも動かなかった。

 完全に瀕死の状態である。



 (――倒したのか?)



 ハーハーと息を整え、自分の拳を見る。


 確かに手応えはあった。間違えなく相手を殴った。


 魔法で防御されている気配もない。


 そして歩の体が転がり、瞳孔が完全に開いている。

 花壇の花は歩の血で赤く染まっていく――

 

 (何をしているのだ…僕は?)


 似たようなワンカットが頭に過ぎる。


 ――血に染まる剣、目の前に倒れている人。心臓部が貫かれ地面に血がジワジワと広がっていく。そこの剣を持つ自分――


 「あ…あぁ・・」


 晴人は狼狽し腰が抜け地べたに尻餅をつく。


 そこに聞き覚えのある声がする。


 「天野さんのポスターどこに貼ればいいんだ?」


 「確か花壇のところに掲示板ができたみたいですよ」


 「うぇ…そこって私ら土下座えもんした場所じゃん」


 「肥料巻いた場所ともいうわね」


 4馬鹿である。


 結界は施したはずだが、先ほどの戦いで魔力の消費が激しかったようで、かなり効力が弱まっている。4馬鹿は異世界の住民だったこともあり、この程度弱められたの結界では本人ら自身気付くことなく進入することはできるだろう。


 (――まずい…とりあえず逃げなきゃ)


 晴人は自分の腰を治癒魔法を掛け、そのまま逃走した。

 そうとは気付かず、そのまま現場に向かう4人。


 カラン…


 剣持が何かを足で引っかける。


 「――なんだこれ?」


 何も考えず手にする剣持。それは晴人の投げ捨てた警棒である。


 そして、目の前には花壇の上で血だらけで倒れている晴人の姿があった。


 

 ――それから数分後。



 現場から逃走した晴人は閉鎖中の生徒会部屋にその身を隠していた。


 人が廊下を通り過ぎるだけで鼓動が早くなる。


 ――体育館裏から大声が聞こえてくる。内容は『大きな事件があったようだ』というもの…つまり犯行は発覚したものだった――


 「――な、なぜ…僕はやってしまったんだ…」


 震える両手を見る。いや、震えているのは手だけではなく全身震えている。


 「な、なんで抵抗しなかった? …あっ、花壇を守っていたからか――」


 (どうしよう…どうしよう…)


 彼は後悔で頭を抱えて自分のやらかした罪の大きさに震えていた。


 ここはあの世界とは違い『敵を倒すと感謝される』訳ではない。ここではそれ自体が全体の敵である。


 しかも相手は下級生で無抵抗な人間だ。魔王の手先で世界を滅ぼすというのも全く根拠もなく、勝手にそう思い込んでいた性格異常者もしくは統合出張症として扱われるだろう。


 「――僕は…僕は正しいことをやった…はずだ」


 そう暗示を掛けても、無抵抗に倒れ血に染める歩の姿は頭から離れない。


 それどころか、ところどころフラッシュバックの様に甦る剣で誰かを刺殺した映像が頭を混乱させる。


 「これは…正しい…訳ではない――」


 (なんで、僕はこの世界に来てしまったんだろう…自分を貶めるために来たようなもんだ)


 彼は憔悴しきっていた。


 呆然とその場に座り込み前屈みに項垂れている。


 

 ガラララ…


 

 突然、生徒会の部室の部屋が開いた。


 2,3分前なら晴人は心臓がパンクしていたか、咄嗟に口封じに動いてしまったかもしれない。


 「あれ、輝さん? 何しているの?」


 晴人が見上げるとそこには財前の姿があった。

 財前は生徒会顧問の東雲に、過去の生徒会資料を取りに行くよう言われてここに来たのだ。


 「――ここ、鍵かかっていたはずよね…まぁ、それはいいけど…あれ、輝さん服に血が付いているわ…」


 晴人は自分の服を見下ろす。服に手の跡の血痕が付着していた。


 (…いつのまに…)


 「財前さん…悪いけど、先生…東雲先生を呼んできてくれないか?」

 

 「あなた、大丈夫なの?顔色わるいわよ」


 「大丈夫――」


 晴人は憔悴しきっており、それ以上は何も語らなかった。


 「パッと見た感じは大きな怪我はしていなそう…わかったわ、今すぐ呼んでくるから」


 彼女はそう言うと、彼を残し生徒会室を後にした。


 (――僕は…何しているんだろうな…)


 彼はゆっくり立ち上がると、開けぱなしでのドアを閉めドアに寄りかかり東雲の到着を待った。


 一方で、理事長室で引き留められていた候補者2人


 真緒は非常に苛ついていた。もちろん天野に対してもそうだが、この忙しい時に何が悲しくてクソ爺に呼び出され、延々と学校の歴史を聞かされなければならないのかと苛つき通り越して憤っていた。


 とりあえず理事長室から帰るまでは和やかに過ごそうとは心に決めていたが、それはどう見ても引きつった笑みでしかなかった。


 用件がおわり、2人は理事長室から退出すると、真緒が開口一番に

 「よくクソ爺にそんな笑みを浮かべる事ができるわね」

と天野を皮肉った。


 「ハイ、どこかの馬鹿にいつも煮え湯飲まされていますから」


 天野は微笑みを絶やさず、毒舌をかます。


 「さぁて、うちの歩君はどこまでポスター貼ってくれたかなぁ~♪」


 真緒はしれっと参謀自慢をする。

 天野の笑みも遂には頬が引きつり、額にはうっすらと血管が浮き上がっていた。


 ――職員室付近の廊下を歩いていると、大騒ぎになっている。



 日比谷が大けがした。日比谷は一旦、保健室に搬送中だ。

 輝もやられた。輝は東雲先生が生徒会室で様子を見ている。

 現場にいた剣持が警棒を持っていた。

 彼らが襲ったのではないか?剣持らは生徒指導室に連れて行け。



 「――どういう…こと?」


 真緒は怒りの形相で天野を睨む。


 ところが、その天野も同様に拳を握り締め壁に殴りつけて怒りを露わにしている。


 「ちょっと…事情聞かないと…歩さんやあなたに…どう謝らなきゃならない…のかわからない…から…」


 「あんたも…知らなかったんだ――」


 「知るわけないでしょ!」



 事態が段々悪化していく――

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