絶叫アルデバラン
佐世保 悟
第1話
「なぁ、ジュースジャン負けしようぜ」
こうきは、なぎさをじゃんけんで負けた人がジュースを買いに行かせるゲームを仕掛けてきた。
「いいよ。ただし僕に勝てるかな?」
右手はさぎさを、ピンと指さし、左手は自分の頭に触れ、首と腰と膝は角度を付けてひねる。彼は、彼の好きな漫画のポーズをとった。
ニタニタ笑う好機に対し、未来の見えるという両手をひねった奇怪なポーズをとった。しばしの静寂。両雄にらみ合う次の瞬間じゃんけんの決着はついた。
「優しいやつ。あいつがじゃんけんでグー以外出したの見た事無いぜ」
いつも、何かにつけて食べ物や飲み物をおごってくれるこうき対して、なぎさは自分を少し情けなく卑しく感じる。
建物入り口の自動販売機とは真逆に位置する売店に走り、コーラに合いそうなスナック菓子を手に取った。
「コーラにはポテトチップスだよね。相性抜群だ。」
なぎさはこうきにこれは僕ら並みの相性の良さだろ?そう言おうと思った。が、後々寒い事をいじられそうなので忘れる事にし、ポケットから取り出したカエル柄のがま口の財布から残り少ない小銭を取り出す。いくら極貧だからと言ったって、これをかうためのおかねくらいは。そう思いながら中身を確認する。110円。くっ!情けない!なぎさはそう思い小銭を握りしめる。
「全く。今回だけよ。持ってきな」
食堂と売店のレジをけん引するおばちゃんが、背後に立ちどすの利いた声で優しいことを言う。
「え、いいの?」
「二度も同じこと言わせんなよ。友情を大事にな」
おばちゃんは、手を2、3度振りながらレジ裏の暖簾をくぐった。ジャンケンをしたかつての戦場、エントランス前の42インチあるテレビをつけ、黒い長方形のクッションに腰かけた。
数分後、テレビを見ながらなぎさはふと呟いた。
「おそいな」
こうきは、入り口を出てから数秒の自動販売機のところに行ったはずなのに一向に帰ってこなかった。
「ま、そういうこともあるか」
チャンネルを変える。2日前に出ていた新人お天気キャスターが死亡して、新たなお天気キャスター「よろしくお願いします」と深々とお辞儀している。
テレビのリモコンをクッションに置き、バッと立ち上がり玄関前に向かった。
何かの人影が見えたので、「遅いよ。こうきなにして」と言って途中で自分の顔が青ざめるのを感じた。
遼入り口の自動ドアを叩き、泣きながら大声で助けを乞うこうきと焼き焦げた木炭みたいに汚い色の人型の何か。通称ゾンビが5匹、遼のそこまで広くない乗用車9台分のスペースにのろのろと歩き出してきていた。
「こうき!あれ?なんで、自動ドアが開かない!ふざけんな待ってろこうき!」
なぎさが走り出すと、それを目で追っていたこうきは自動ドアを叩くのをやめた。流れ出ていた涙も止まった。ただ、なぎさの行動だけを目で追っていた。
エントランス横の寮長室のドアを開き、怒鳴る。
「なにしてんだ、ドアを開けろよ!こうきが死んじまう!」
「もう手遅れだ。かれはいまからこうきくんではない。ただのゾンビだ」
冷たく言い放つ寮長とは対照的になぎさはどんどん熱くなる。
「違う!まだ死んでない!でも、アンタのせいで本当に死んでしまう!」
「ちがうな。もう死んでいる。キミは、こうきくんが外に出て一体何分立ったと思ってる?」
食い気味にセリフをかぶせてっきた寮長は、なぎさを静かに見据える。
「9分だ。正確には10分20秒だがな。既に感染して同調を終えている。今じゃもう自分が人間だったことさえ覚えていま」
バリンと窓ガラスの割れる音がした。すぐさま寮長はなぎさを部屋から蹴り出した。「何を!」
フローリングされたクリーム色の床に叩きつけられたなぎさは、寮長を見た。既に絶命しており、最後の力を振り絞ったであろう鉄格子とシャッターが寮長室とエントランスを境におろされるのを見る事しかできなかったこの数秒間、寮長の胸を右腕で貫いていたのは、ゾンビだった。そのゾンビの顔は、なぎさとの相性がとても良い親友にとても良く似ていた。
テレビからは今日の天気を伝えるキャスターが「晴れのち雨。梅雨前線が運ぶウイルス、G942によってところによりゾンビの湧く一日になるでしょう。それではよい一日を」と耳に心地のいい声で、そういった。
なぎさが背筋まで凍えるような寒気を感じているとき、頬に飛び散った寮長の血だけが嫌に暖かかった。
絶叫アルデバラン 佐世保 悟 @teritama0912
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