第3話「猫の声が聞こえまして」

「もしかして猫が喋ってた?そんな馬鹿な、アニメじゃあるまいし」

「にゃーにゃー(そのまさかだよ。今までにゃーって言ってたじゃねーかよ。おめえ馬鹿なのか?)」

「ギャー、猫が喋った!」

 俺は腰が砕けるように地面に崩れ落ちた。腰が動けない。もしやこの化け猫の能力なのか?

「にゃーにゃ(おめえ……、どんだけチキンなんだよ。そのカッコ見るだけでドン引きだぜ。それよりよ、にいちゃん、頼みがあんだけど聞いてくれっかよ。おめえ声が聞こえてんだろ?)」

「……、化け猫が喋った!!!」

「ニャーン(はー、話になんねぇ。なんだよこいつ?おいガキみたいに泣きわめくんじゃねー)」

 いきなり知らない猫からキレられた。俺の頭はどうかしちまったのだろうか。怖いのは承知だが、俺は勇気を出して訊く。

「な、なんだよ。化け猫!なんで俺はお前の声が聞こえるんだよ?」

「にゃんにゃーん(フン、それはボクの依頼を訊いてからだ。ボクは今非常にやばい事になっている)」

「?やばい事?なんだよ。化け猫のくせにやばい事って俺が対応できるわけないだろ」

 俺は目をつぶりながら、即座にこの場から逃げ出したいが腰が動かない。歯をがたがたと震わせながらその猫に言った。

「にゃーにゃ、にゃーん(いやお前しか頼れない。お前なら出来るはずだ。頼むお願いだ)」

 化け猫の声を訊いた俺は恐る恐る目を開ける。開けた先には白猫が慣れない土下座をしながら、プルプルと手を震わせ両手を合わせていた。

「な、なんだよ。その俺にしか出来ない事って?無理な事ならやらないぞ」

「にゃーにゃん(おお、そんなヘンテコなことは頼まねえ、お前にしか出来ないことさ)」

「ああ、なんだよ、お前の頼みってのは?その頼みを訊いたら居なくなるんだろうな」

「にゃんなー(ああ、お前の言う通り居なくなってやる。だから心して訊いてくれ。俺は今すっごくお腹が空いている。以前白衣のお姉さんからもらったチュール?ってもんの味が忘れられなく今を過ごしてるんだ。今からチュールってやつを買ってきてもらえないだろうか)」

 その白猫はすっごい笑顔でにっこりと俺に言い放った。ついでによだれを出してたのも付け加えておこう。


 コンビニ近くの公園、俺と白猫は公園の長いすに座っていた。

「にゃーにゃーにゃー(おめえいい奴だな。食べさせてくれるなんて、うーん。これこれ、このマグロ味が濃厚で美味いんだよな~~~)」

 白猫は喋りながら、ペロペロとチュールを舐める。そんな姿を見ながら、俺は猫に訊く。

「お前って化け猫ってわけはないよな?俺がおかしいのか?」

「なーなーにゃん(化け猫じゃねーよ。どこからどう見ても愛らしい猫ちゃんだろうが!たまにいんだよ、動物の声が聞こえるやつ、あー美味しい~~もっと、もっとよこしやがれ!)」

 たまにいるのかと思いながらも、俺は明日病院行くことを決意する。後で脳外科調べないとな。

「にゃーんにゃ(あ~食った喰った!にいちゃんありがとよ。それじゃボクはこれで)」

 白猫は手で口を摩りながら、風のように走り出した。俺はそれを引き留めるように声を掛かる。

「おい、野良猫!待ちやがれ、俺には訊きたいことが……」

 手入れされた樹木達の茂みに入った白猫は「にゃーん」と声を上げた。俺は同じくその場所に行ったが既に白猫の姿はなく立ち尽くしていた。

 まったくどうなってやがる。たまに動物の声が聞こえるやつがいるだと?混乱してくる俺がおかしいのか?うーん。俺は落ち着かせるようにスマホを手に取るとある人に電話を掛ける。


 十コールしたぐらいでガチャリと音が聞こえ、「はい、こんな時間に何の用?」と聞き慣れた声が聞こえてきた。

「あ、相沢先生?今いいですか?ちょっと聞きたいことが」

 機嫌悪そうに、電話越しから「むにゃむにゃ」と声が聞こえてきた。

「zzz……《ずずず》」

「ちょっと寝ないでくださいよ。こっちは相談に乗ってもらいたいことばかりなんですから」

「ちょっといきなり大声出さないでくれる?こっちは寝起きなんだから」

 相沢はふぁーとあくびをする声が電話越しから聞こえる。俺はそれを遮るように言った。

「動物の声が聞こえるんです!それも日本語で」

「近くの脳外科を紹介するわ。それじゃまたね」

 ガチャリと切られた。やはり俺がおかしいのか?俺は右手にした腕時計を見る。もうすでに十一時を過ぎていた。

「そりゃ怒られるわ。明日病院行こう……」

 公園で立ち尽くしても仕方ないので自宅に帰宅することにした。


 結論から言おう。異常は何もなかった。健全な脳で、何一つ問題ないとまで言われた。医者からは、「小学校の担任は結構ストレスが溜まるものです。今後はストレスを溜めない様に心がけてください。疲れからきてるのかもしれないのでビタミン剤を出しておきます」と可哀そうな人を見る目で見られた。

 本当に聞こえてたんだけどな。あれは幻想だったのだろうか。疲れてただけかもしれない、そう頭で言い聞かせた。その途中、支給されたビタミン剤を飲む。

「よし、行くか」

 病院から出て手には鞄、そのまま学校に向かうことにした。ちゅんちゅんと二匹の鳥のさえずりが聞こえてきた。俺はその鳥を見つめながら「夢だったのかもな……」とつぶやいた時だった。

「ちゅんちゅん(なあ、今日こそデートしてくれよ)」

「ちゅんちゅんちゅん(はー?あんた他の子とデートしてたじゃない!見てたんだからね)」

「ちゅん……ちゅん(そ、それは……俺っちじゃないよ。弟だよ)」

「ちゅん!(嘘言ってんじゃないわよ。あんた兄弟なんていないじゃないの、もう知らない!)」

 一匹の鳥が電信柱から飛び出した。残った一匹の鳥も声を出しながら追いかける。

「ちゅんちゅん(おい、待てよ。待てよ、サチコ!)」

 二匹の鳥はどこかへ飛んでいった。先に飛んでいった鳥の名前、サチコって呼ぶのかよ。昼間っからとんでもない修羅場を見た気がするぜ。まるで昼ドラだな……、ってちょっと待てなぜ動物の話している内容が頭に入ってくる?あの病院がやぶ医者だったのか?

「いや、俺が疲れてるのかもしれない。今日は早く帰宅して早く寝よう」

 今起こった現実に背を向けるように、俺はいつも使っている睡眠用の耳栓を耳につけて現実逃避しながら歩き出した。

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アニマルコミュニケーション~南先生の憂鬱 誠二吾郎(まこじごろう) @shimashimao

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