蛇足
車窓を眺めるふりをしつつ、もう戻れないんだなんて傷心に耽っていると、携帯の通知音が鳴った。
『帰ってから少し話せる?』
どういうつもりだろう何を言われるんだろう、奥さんに訴えられたら負けちゃうな…でも見損なうようなことも言われたくないな…なんて色んな予想を立てながら、私はそれを承諾した。
私はもう甘える場所になってはいけないんだと声色に気を付けながら「お疲れ様です。どうかされました?」なんて言ってみたけど、繋いでみればなんて事ない今日は楽しかったね。とかそんな話で、拍子抜けしてしまった。次第に件の居酒屋での一件や過去の話が出だした頃「ちゃんと好きでした」と彼が言った。
「…人が野暮だと思って聞かなかったことを」
「ごめんでもちゃんと言ってなかったなと思って…あぁでも、そうね、正確には、好きでしたというか好きです。今でも」
「…私は、何も言いませんよ」
「いいよ」
言えるはずがなかった。
本当はそれが一番聞きたくて、その言葉でどれだけ私が救われるか、私だって大好きだし、私がどれだけその言葉を求めていたか、言ってくれなくたってちゃんと分かってるつもりでいることがどれだけ寂しかったか。今更だった。全部。私はあなたに好きだと言いたくて付き合ったのに、あなたと来たら別れてから好きだって言っておきたくなるなんて、すれ違いにも程がある。
「あまりこういうことちゃんと言ってこなかったから」と彼は言ったけど、私もそうだ。もっとちゃんと好きって言ってよって本当は言いたかったのに、会ってる時以外だってもっと甘えたかったし、私だって会いたい時に会いに行きたいのにって、そんなことも何も言えなくなってから言うなんてずるい。でも凄く嬉しくて、嬉しくて、何より私の本当に最後に聞きたかった言葉を聞けた事がちゃんと私のことをわかってもらえた気がして嬉しかった。
「今日の帰りに友達に話したら、もっと早く出会えていたら良かったのにねって言われたんです。でも違うよって、私は今の彼だから好きになったんだよって、じゃないとやり切れないって」
自分でもそんな話をしても何が言いたいのか分からなかったけど、でも多分私なりのちゃんと好きでしたを伝えたくて、声が滲むのを抑えて紡いだ。回りくどい表現に頼ってしか素直になれないのがもどかしい。
彼の「分かるよ」という言葉に分からないよと心の中で返してみても、口から出るのは綺麗事だった。
きっと好きだよって言ってもいいのはあの夜で最後だった事に後になって気付いて、自分の馬鹿さ加減が悔やまれる。
3時半を回る頃、「そろそろ寝ようか」と言い出す彼に駄々を捏ねなかったのはいつぶりだろうか。多少の寂しさを感じていてくれれば良いな、なんて考えながら「おやすみなさい」と通話を終える。
長い1日だった。
私も今でもあなたが好きです。 観月 @miduki0403
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