怖い話19【井戸の日】1400字以内

雨間一晴

井戸の日

「今日、十一月十日は、いい井戸の日だ、我が家の井戸を掃除しよう!」


「なんだよ朝っぱらから……」


 親父が排水ポンプと延長コードを抱えて、リビングに入ってきた。


「お前こそ、日曜日の朝っぱらからゲームなんか、もったいないぞ。ほら、さっさと庭に出た出た」


「面倒くさいな、もう……」


 俺は結婚していた。妻が生きていれば今頃、親父に孫も見せれたかもしれない。でも、俺は不倫がバレて、女同士の取っ組み合いを見てしまい、もう誰かを好きになるのは止めようと、心を閉ざして何年も家に引きこもっていた。あれから彼女達の姿は見ていない。


 そんな腐っていく俺を見て、たまに親父は気を使ってくれていた。


「よし、排水するぞ」


 庭に昔からある井戸は、よくある丸い井戸で、地面からひざの高さまで石が積まれていて、屋根は無く、大人が二人も入ればスペースが無くなる狭さの穴だった。


「全然綺麗じゃん、この水、普通に飲めるんでしょ?」


「ああ、昔は飲んでたみたいだな。でもここ数年は井戸の中すら見てなかったけど、案外綺麗なもんだな」


 排水ポンプから井戸の中身が地上へ逃げ出していく、透明で綺麗な水だった。


「よし、こんなもんかな。お!息子よ、下まで行って掃除したそうな顔をしてるな!」


「別にしてないけど、いいよ、親父に怪我されても困るし」

 

「分かってるじゃねえか、ほら、梯子はしご下ろすから、下からゴミ取ってバケツに入れてくれ」


 井戸の深さは五メートル程だろうか、不思議と地上から底の様子が見えなかった、ただの闇が口を開けている。なんだか行ってはいけない気がした。


 俺は寒気を覚えながら井戸の中へと降りていった。井戸の壁から水が湧き出ている。


 井戸の底はヘドロのようになっており、それを小型のスコップで集めて、地上から親父が吊り下げているバケツに入れていった。


「引き上げて捨てていいよー」


「おう、分かった」


 地上へ引き上げられていくバケツから、ヘドロが頭の上に落ちてきて不快だったが、早く作業を終わらせようとスコップを底に刺した。


 硬い感触で手が痺れた。


(石かな?)


 優しく石の周りのヘドロをどかすと、微かに光る物がある。それは、指輪だった。五本のヘドロで出来た指もあった。ヘドロの隙間から白い骨が見えた。助けを求めるように、指を広げている。


 俺は声も出せずに固まってしまい、何も考えられずに、ヘドロを指の上に被せて隠した。


 急いで梯子を登ると、親父は少し驚いた顔をしていた。


「急にどうした?」


「い、いや。何でもない、もう掃除は、終わったよ、もう大丈夫」


 あの指輪は間違いなく、俺があげた妻の物だった。


 ねじれて特徴のある指輪だ、間違いない。どうして井戸の底に?完全にヘドロに埋まっていた。井戸に落ちて死んだとして、埋まるものか?


 一晩中考えても答えは出なかった。不倫相手の怒り狂った顔を思い出して気持ちが悪くなった。




「昨日はありがとうな、ほら、朝飯作ってあるから食おうぜ」


「あ、ああ」


「井戸の掃除終わってから、ずっと考え事してるな。大丈夫か?」


「う、うん。大丈夫」


 俺は、もう忘れようと、コップに入った水を飲んだ。親父がニヤニヤと様子を伺っていた。


「どうだ?分かるか?」


「え?何が?」


「それな、あの井戸水。美味しいだろ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

怖い話19【井戸の日】1400字以内 雨間一晴 @AmemaHitoharu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ