貴方の心に杭付けを
Anchor
優しい二人
私は目覚める――。
目が覚めて、最初に見た光景。それは母を咀嚼する男の姿。母の首を、腕を、胸を、太ももを、悲しそうに恍惚とした顔で齧り、咀嚼し嚥下する。
男の赤い
人生で初めての、恋を――。
●
現代的な街中に目立つ古びた
「シスター・ニコル、ここが現場です」
ずしり、と重さを感じる音がする。立ち上がったニコルは全身を
「ルイ牧師、戦闘に巻き込まれないように気を付けてください。それと、非戦闘教職者であっても現場には旧式でいいので戦闘用修道服を着てくるように」
「すみません、シスター・ニコル」
ルイと呼ばれた牧師はニコルの言葉にかしこまって頭を下げた。
ニコルは教会の扉の前で宣言する。
「神の御名の下に、
神への宣誓。同時に戦闘用修道服の起動音がうなりを上げる。
ニコルは対化物用多目的破砕機を構えて扉に手を当てる。
「
言葉と同時に、扉が吹き飛んだ。
●
吹き飛んだ扉はその周囲十メートルほどを破壊の渦に巻き込みながら散り散りに破砕された。それは神への聖句、その一言で生まれたニコルの
しかし、明かりの消えた暗がりとなった教会の中で、聖句の衝撃をものともせずにその男は立っていた。
暗闇の中に、赤い片眼鏡が光を反射する。赤と黒、男を彩るのはその二色だ。黒い髪をなびかせ、血のように赤いコートに包まれた男。その男の手には、やはり赤と黒の色彩を放つ首が、その髪を手に絡めるように持たれていた。
「やあ、ニコル。ついに来たね」
男の声。しかしニコルは反応を示さない。代わりとでもいうように、首が唸った。
首はまだ、生きている。
ニコルの戦闘用修道服に備え付けられた生体センサーが首を認識する。
「おや、まだ生きていたのに。かわいそうなことしてしまったね」
男の言葉に、ニコルは答える。
「生きていても、すでに吸血鬼化していれば破壊するしかない。例え貴方がすべて食べつくす主義であってもね」
ニコルの目に、十年前の光景が浮かぶ。自分の母が殺された、その光景だ。その時もこの男は母をすべて食らいつくした。血を吸うだけではなく、その存在をすべて食べてしまう。男は特殊な吸血鬼だった。
「ふ、私の事をよく知っている」
「ええ、知っているわ。貴方に見つめられたあの時から、私は貴方を倒すためだけに備えてきたのよ」
「ふっふ……」
男は笑う。
「なるほど、吸血鬼冥利に尽きるというところだね」
対して、ニコルは油断なく構える。
「吸血鬼カーライル。この十年は貴方のためだけにあったわ」
ニコルの聖真力が高まる。同時にニコルの目がほのかに赤く輝く。
「ああ、待ちきれないなあ。君のその目。その目が私の食欲を高めるよ――」
カーライルは言う。
「さあ、始めよう。私たちの闘いを――!」
●
爆音が響く。
戦闘用修道服で強化されたニコルの足音は走るだけで轟音を放つ。その上対化物用多目的破砕機から繰り出される銀の杭、その連射によって破壊が生み出されていく。
しかし、カーライルは杭を避け、あるいは弾き、あるいは食らってもものともせず、その爆音を無効化していく。
「はは! 激しいアプローチだ!」
カーライルは爪を振りかざして杭を弾く。その小さな爪はまるで猛獣のそれのように恐ろしい威力で杭を弾いてゆく。だがカーライルの両の手では高速で連打される杭を捌ききれない。避けきれない杭に当たり爆裂が生まれる。しかし、爆散した体でなお動き、そして再生する。
「相変わらずの化物め!」
叫ぶニコル。だがその顔は徐々に何かを感じていく。ニコルの口端がわずかだが上に歪む。
「ふふ、いいぞ。さあ、私からも思いを届けさせてもらおうか!」
カーライルの動きが変わる。杭を弾く動きから、杭をはじき返す動きに、だ。
カーライルが弾き返した杭が、正確にニコルへ向かって飛び行く。それは機械で打ち出す正確な弾道ゆえにできる返し技だ。
対してニコルは射撃姿勢から打撃姿勢へと構えを
杭を弾き終わると同時、戦闘用修道服をフル稼働、対化物用多目的破砕機を全力で投げた。
対化物用多目的破砕機は空中を無回転で突き進み、カーライルの下腹に突き込まれる。
「かはあ!」
上半身と下半身に泣き別れたカーライル。しかし、すぐさまその下半身が赤い四つ足の獣へと変化する。
「!?」
不意を突かれたニコルは赤い獣に左腕を食いちぎられた。大量のオイルと歯車が飛び散る。
ニコルの砕かれた左腕、その断面からワイヤーなどの機械類が姿をあらわにしていた。
「ふふ、悲しいなあ、恋する機械人形よ」
カーライルの言葉。しかしニコルは動揺しない。ただ、その表情に笑みを浮かべ始めている。ニコルの目の赤い輝きが強くなる。
「そう、私は機械人形。
ニコルの中に、強く愛しい気持ちが湧く。それは
「感謝しているわ、カーライル。貴方のおかげで恋という感情を知ることができたのだから――!」
ニコルが飛ぶ。戦闘用修道服の背面ブースターが全力でニコルをカーライルへと送り届けた。
ニコルの右腕が、カーライルの心臓を貫く。
「おやすみなさい、優しい吸血鬼。私に愛をくれた化物よ……」
「ああ、眠るとしよう。優しいニコル。もう私は愛する人を食べずに済むのだ……」
カーライルが目を閉じた。ニコルの中でその存在に幕を閉じた彼は、静かに灰となって消えた。
「貴方を殺すのに十年もかけた私を許して、愛しい人、カーライル……」
教会の聖母像が見下ろすその下で、ニコルの目からはただ、オイルが一筋流れて行く。
そしてすべては、時が止まったかのように静寂に支配されたのだった。
●
「カーライル、彼の魂にせめてもの安らぎがあらんことを……」
地下共同墓地に立てたひとつの十字架。その前でルイ牧師は祈りをささげる。
「愛したものの血を吸い、自分と同じ悲劇を味あわせないためにその体すら食い尽くす吸血鬼――。時として運命は酷なものを作る……」
ルイ牧師は十字架に花を添える。その十字架に刻まれた文字は、カーライルとニコルの両者の名前が記されていた。
「ニコル、貴女もきっと神の下へ行ったのだと、私は信じます」
ルイ牧師は思う。
「これで良かったのでしょう。心を持つ機械が実験体として世間の目を集めるよりは……」
カーライルを倒したその時、ニコルはまるで自ら命を絶つようなタイミングでその動きを止めたのだった。
「神よ、あの二人に平穏と安らぎを……」
ルイ牧師の祈り。それだけが二人の優しさをこの世に証明するかのようだった。
END
貴方の心に杭付けを Anchor @monta1999
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