パイシューの反逆-3

 会社中に散らばっていたシュレッダーロボット達が帰ってきた後、センは前にケーブルの様子を訴えていた個体を見つけ出そうとしたのだが、その試みは不調に終わった。何しろシュレッダーロボット達は――本人達は角のところに拾ったマスキングテープの切れはしを貼ったりアームの部分を独特な形状にぐねぐねさせたりしてそれぞれの個性をアピールしようとしているとはいえ――同じ型番をもち同じラインで製造され同じエンジンを搭載しているので、ごちゃごちゃとたくさんいるロボット達を普通人の目で個別に認識するのはなかなかに難しい。それにロボット全員の前でケーブルがどうこうという話を持ち出せば、今までこの上なくスムーズに動作していた個体までがやれ自分はセンサーが思わしくないだのやれ自分はバッテリーがもたなくなってきただのと何やかんやの故障を言い立てることは間違いないだろう。それだからセンはあの一台をこっそり呼び出してケーブルを交換するつもりだったのだが、今日のところはそれは難しそうだった。まあ現状で動作はしているのだし、オートチェックでアラートが出ている様子もないし、ケーブル交換は明日以降のタイミングの良いときで大丈夫だろうと、センはメンテナンスを終えて合唱を楽しんでいるロボット達を部屋に残して退社した。


 まだ外は明るく、センは帰り道で少し迷った。近くにバファロール星の伝統的なバーがあり、アルコールもしくはその他の脳を麻痺させ判断力を低下させる飲料および食物を安価に摂取することができる。人気の店でいつも混雑しているが、店内が広いため一つくらいの席はたいてい確保できた。好条件ばかり揃っているのになぜセンが迷っているのかというと、この店で採用されているのが三十一進法だからだった。これはやはりバファロール星の飲食店の古くからの伝統にのっとっているのだが(なぜ三十一進法がバファロール星の飲食店で伝統的に採用されてきたのかはいくつかの説があり、通説では古来からよく食べられてきたトゲのある果物のトゲが三十一本だからということになっているが、このトゲのある果物に刺されてから回復するまでの日数を指すとか、トゲのある果物に刺されてから葬式が終わるまでの日数を指すなどの説も有力である)、二、三杯ほど飲んだあとに三十一進数と十進数の相互変換をやるのはセンにとってはずいぶん骨折れることだった。そして四杯目を摂取したあとの自分が暗算の努力を放棄し十以上の数値については無視することになり、結果として店内すべての提供品がすばらしく安価に感じられるようになるため、翌日の体調と財布の中身についてはなにかの冗談だと考えたほうが精神的によいくらいになることを、センは今までの経験から熟知していた。


 しばらく迷った後、課題はわかっているのだからそれを克服できるように挑戦するのもやはり社会人としての真っ当な態度だろうと考え、というかもし申し開きの必要があるような状況に陥ったらそのように答えようと考え、センはバーの方にふらふらと歩いていった。



 もちろん前回と同じ轍を踏んだ――というより前回よりさらに深く跡がついた――センは、翌朝ベッドの中で起きようかどうしようかと煩悶した。ようやく決心してのろのろと最低限の身支度を整え、ふらふらといつもの三分の一のスピードで会社へ向かった。第四書類室に向かう前に、社内のカフェテリアに寄った。今日はコーヒーがないと何もできないと感じていたため、法的な限界までカフェイン増量をリクエストしたが、支払いの段になって口座の残高がまさにコーヒー一杯分しか残っていないことに気がついた。今日一日分のカロリーをここで取っておこうと、無料で追加できるフレーバーシロップをカップのぎりぎりまで入れてから中身を飲むと、脳が麻痺からさめると同時に身体のほうが警告を発しているのがわかる味がした。警告の方は一旦聞かなかったこととし、センはカップの中身を一気に飲み干した。


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銀河偏在稟議フロー 鶴見トイ @mochimochi

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