パイシューの反逆-2

 翌日もセンはノートとペンを携えて出勤したが、やはり書くことはまったく思いつかなかった。しかしノートを見つけた目ざといシュレッダーロボットたちはそれを裁断させろとセンを囲み、そこから抜け出すために一ページずつを与える必要があったので、ノートはおそろしく薄くなった。


「ねえねえ、チップをちょうだいよ」


 白いページを裁断し終わったシュレッダーロボットたちは、次にそう要求を続けてきた。


「チップ……チップって?」

「演算処理装置の載ったチップだよ。聞いたんだけど、僕たち以外のロボットは最近チップを増設してもらったんだって」

「なんでそのチップがほしいの」

「だって時流に遅れちゃうし……他のロボットはみんなつけたっていうし……それに、チップを増設するとすごく性能が上がっていいんだって。観葉植物水やりロボットも、水やり経路の導出にかかる時間がものすごく速くなったって言ってたよ。僕たちもほしいよ」

「君たちの最大のボトルネックは紙の裁断にかかる時間で、それは物理的にこれ以上早くできないんだから、増設したって意味ないよ」と、センはロボットカウンセリング講座で身につけた応対を実践してみた。講座ではこれを言われたロボットは「そうかあ、じゃあしょうがないね」と素直に引き下がったのだが、現実のシュレッダーロボットたちは「なんでさ。僕たちだってものすごくたくさんの計算をしているんだよ。裁断中だっていろいろやってるんだから。意味ないわけないでしょ」と応戦してきた。どうもロボットカウンセリング講座で身につけた知識は実際の活用が難しいようだと思いながら、センはもう一ページずつロボットたちに紙を与え、そのまま持ち場に出向かせた。


 こういうことはよくある……とセンは考えた。どうも見聞きするところによれば、人生はもっとスムーズでもっと陽気なもののはずなのに、実際はぜんぜんそうでないのだ。『こういう状況になったときはこうすればよい』というテクニックはそこらじゅうに溢れているのだが、問題はそのテクニックは実際に役立つことはほぼないということだった。テクニックが記憶の奥底に沈められているか、テクニックがそのまま適応できるほど状況が単純でないか、もしくはテクニックを実践するためには相当なリソースを必要とするかだった。というわけでセンがこういうテクニックを活用したことは一度としてないのだが、センのニュースリーダーは様々なデータに基づいてテクニックを扱う記事を何回でも勧めてくるため、センは『星系マネージャーに就任したあと一週間でぜひやるべきことリスト(これをしないとあなたのキャリアはめちゃくちゃになります)』や『五つの行動――あなたのネットワークを七日で百三十%拡張させる』や『衛星投資ジャーナル:あなたに最適な資産形成プラン』などを無駄に読むはめになっており、そしてそれらの記事は読まれたはしから忘れ去られていく運命にあった。


 とにかくすべてのシュレッダーロボットたちが第四書類室を出ていった後、センは自分の椅子に座った。特にやることがない。しばらくペンを手の中で転がし、なにか考えているふりをしながらその実何も考えずに時間をつぶしていたが、ふとノートをめくってみてそこに『ケーブル』と書かれているのが目に入った。他にやることもないし、予備のケーブルをもらってこようとセンは腰を上げて部屋を出た。


 資材室で社員証を提示し、シュレッダーロボットの型番とほしい部品名を告げると、資材管理ロボットが子機を起動してケーブルを取りに向かわせた。多脚の子機ロボットはシャカシャカとその脚を動かし、なめらかな動作で棚をのぼり、目的のものを取るとまたなめらかに棚を降りてこちらに戻ってきた。以前ここに来たときは、棚にのぼったはいいものの降りるときにバランスを崩して最上段から落ちて脚がもげ、それを助けに来た他のロボットたちがもげた脚につまづいて自身の脚をもぎ、とみるみるうちに壊れたロボットの山ができていたものだったが、今の様子からはとうていその過去は想像できない。


「子機を変えるかなにかしたの? ずいぶん性能が上がったみたい」

「チップを増設してもらったんです」と資材管理ロボットはケーブルを差し出しながら言った。「実はずいぶん前に作られたもので、最近複数子機の協調動作計算がたいへんになっていたんですけど、増設後はとっても楽になりました」


 子機ロボットはその後ろできびきびと組体操をやっていた。七段ピラミッドまでできているところをみると、チップの増設というのは性能向上にかなりの効果があるらしい。


 とはいえ、チップの増設がシュレッダーロボットたちに必要だとはセンは考えていなかった。先程話したようにシュレッダーロボットたちのボトルネックは紙の裁断なのだし、紙の裁断があまり速くなると発火の危険性がある(以前一度このためにボヤ騒ぎが起き、センはもみ消しに苦労した覚えがある)ため、高速化も考えものだと思っていた。だいたい今でも持て余し気味のシュレッダーロボットたちを高性能化したら、さらに持て余すであろうことは考えるまでもない。ただ問題は、こうまで周りのロボットがチップを増設していると、シュレッダーロボットたちの要求は当分おさまらないだろうということだった。どうやってシュレッダーロボットたちが飽きるまでごまかし続けようか、とセンはケーブルを手に持ち第四書類室まで戻りながら考えた。

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