グラニテの条件-5

 センが『カシャンギのサカが貨車でシャカシャカをクシャった』を三回通して言えるようになったころ(カシャンギというのはバファロール星の地名、サカはカシャンギ地方によくいる鳥の呼び方、シャカシャカは鳥の特定の歩き方を指し、クシャるはその鳥の特定の歩き方がカシャンギ地方で行われている様子を指し示すものである)、持ち場に散らばっていたシュレッダーロボットたちが第四書類室に帰ってきた。いつものメンテナンスや読み聞かせの定常業務を行うと、すでにいつもの退社時刻となっていた。今日はずいぶん仕事をしたなとセンは疲れと一緒に充実感を覚えたが、今日行った定常業務以外のことはほとんど何の生産性にも繋がっていないということには気づかないふりをした。


 家に帰って、夕食のミールキット(温めるだけでサラダ、スープ、主菜、デザート、コーヒーというコースを手軽においしく食べることができるという売り文句がパッケージの上にでかでかと印刷されているのだが、サラダはサラダというより容器の端にへばりついた葉っぱというほうがより正しくその状態を表しており、他のメニューについても同様のことが言えた)を食べ終えると、センは持って帰ってきたプレゼン資料を開き、プレゼンの練習を再開した。こうやって持ち帰ってまで仕事をするのはセンとしてはほんとうに稀なことなのだが、それでもこうしているということが、センがいかにこのプレゼンを重要視しているかを表していた。


 早口言葉の練習の甲斐あってか、プレゼンにかかる平均時間はだいたい七分後半から八分前半といったところまで短縮できた。しかしあと三分弱の超過時間をどう解消すべきか。あまり本質的でないページは省こうかと考えたが、その視点でプレゼン資料を見直すと、残ったのはわずか一ページだけだったので(それ以外は会社の現在置かれている状況とか、昨今のシュレッダー環境についてとか、アニメーションがついたグラフとか、プレゼンをプレゼンらしくするためだけのページだった)、ページの選別は困難を極めた。ミールキットのコーヒーを飲んで頭をしゃっきりとさせようとしたが、それはコーヒーというよりは雑草の絞り汁を黒く色づけしたものといったほうが適切な味わいを持っており、センはその後しばらく洗面所で口をゆすがなければならない羽目に陥った。


 センは週末をかけてなんとか不要なページと必要なページを分け、プレゼンがようよう五分で収まるようにした。そして週明けには、自分はもうすべての準備を終えているのだという誇らしい気分で出社した。


 いつもの業務――シュレッダーロボットたちを送り出し、彼らが週末なのをいいことに会社のどこかからひっぱってきた元が何だったのかわからない細断済みの紙をこっそりと処分する――を終えると、プレゼンの開始時刻まではあと一時間ばかりだった。他にすることもないし、道中何があるかはわからないので、センは早めに資料を準備し、第二会議室へと向かった。


 第二会議室は社屋のずいぶん上の階に位置していて、通常はそこそこ高い役職についているメンバーの会議や、そこそこ重要なプロジェクトのミーティングなどにあてられているようだった。しかし今日は一日中びっしり新社屋移転部署検討会議で予約されていて、会議室の前には折りたたみ椅子がずらずら並べられ、それに座ってバファロール支社の各部署からやってきた代表者が自分の番を待っている。その待機中の社員の需要を当て込んで、チョコバーやコーヒー、ケーキにサンドイッチなどの軽食を売りに来た社員もいたが、コーヒーがなかなか人気のようだった。


 センは折りたたみ椅子の一つを確保すると、そこに座って資料を再度チェックした。何度も練習したので、だいたいのところは覚えていたが、それでもこの待機時間にやることは他になかったのだ。三回最初から最後までチェックし直すと、ほんとうにやることがなくなったので、センは軽食売りをしている社員からビスケットを買った。

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