グラニテの条件-4

「……というわけでありまして、庶務課第四書類室ならびにそこに属する社員を新社屋に移転させるとすると。概算で三十パーセントもの業務効率低下を伴う結果となります」


 プレゼンソフトでようやっと作り上げた資料を壁に映しながら、センは用意した原稿を読み上げて練習をしていた。


「三十ってのはちょっときりが良すぎて胡散臭いかなあ。調整するか」


 センは一度原稿用紙を机の上に置き、椅子に座って数値計算ソフトを立ち上げた。これはメロンスター社内で開発され、社員間で幅広く使われているソフトで、数字をつけたい何か――おいしさ向上率とかお客様満足度とか業務効率とか――とそれに付随するいくつかのパラメーター、それに出したい数値のレンジを与えれば、パラメーターをなんとかかんとかいじくり回して(それは往々にして原型を留めないほどのいじくり回し方なのだが)、ほしい数値を出してくれるのである。センはシュレッダーロボットに使われているネジの数、社内カフェテリアで一日に売れるチョコバーの数、それと今日の星観測指数をパラメーターとしてソフトに入力し、結果『三十二.七』というそれらしい数値を得て、資料の該当箇所を書き換えた。ついでに『庶務課第四書類室ならびにそこに属する社員』も『庶務課第四書類室ならびにそこに属する社員たち』に変更した。多めにしておいたほうが重要性が高まるだろうと思ったからだ。現在属している社員が複数ではない問題に関しては、たった一人ということで誤差の範囲内としておさめることに決めた。


 資料のファイルを保存していると、ちょうど社内メッセージが届いていた。開くと、タイトルは『新社屋移転部署検討会議のお知らせ』とある。ちょうどいいところに、とセンは本文を読み進めた。


『来週バファロール支店第二会議室において新社屋移転部署検討会議を行います。つきましては、各部署の代表者の方は添付のファイルに記載されております順序で第二会議室までお越し下さい。新社屋検討委員会 会長 ポセ・エリール』


 ちょうどよいところに、とセンは添付のファイルを表計算ソフトを使って開いた。それによると、第四書類室に割り当てられている時間は午後の三時から五分ほどだった。前後には他にも多数の部署がずらずらと並べられている。


(五分?)


 先程練習したプレゼンのはじめから終わりまでは、だいたい十二分ほどかかっていた。資料内にちりばめておいた意味があるようであまり意味のない、格言や統計資料をつかったページ(これはやはりメロンスター社内で開発され社内間で幅広く使われている、プレゼン資料を読み込ませると行間をうまいこと膨らませて内容にボリュームがありそうに見せてくれるツールを使って入れたものである)を省いたとしても、九分くらいはかかりそうである。前後の部署に割り当てられているのは十分や十五分、二十分と第四書類室よりずいぶん多い。ためしに表計算ソフトの機能で割当時間の昇順にソートしてみると、第四書類室が一番上にきた。


 ううん、とセンは考え込んだ。この検討委員会の会長とやらに連絡をして、もっと割当時間を増やしてもらうことはできないだろうか、名前に何か見覚えがあるんだが、と思い、センは名前をどこで見たのか思い出そうとした。人脈管理ソフトや社内SNSも見てみたが、そこに何かしらのつながりは発見できず、おそらく以前の検討委員会からの通知で見たのだろうという結論に達した。ということはおそらく割当を増やしてくれとの訴えも門前払いに終わるだろう。


 センは『早口言葉 方法』で検索を始めた。

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