グラニテの条件-3

 気休め程度の効果しかないかもしれないとは思ったが、クッションを養生テープで頭に貼り付けて保護材がわりにしてからセンは開発部に向かった。開発部のフロアは移転騒ぎなどまったく意に介さない様子でいつもと変わりなく騒然としていた。廊下を這いずり回っている蛍光イエローのべたべたしたもの(これは新開発の自走型スライムクリーナーがついこの間偶然に自意識に目覚めたもので、生まれた場所である廊下が宇宙のすべてであると考えており、床のタイルの溝が『すべてを書いたべちょぐちゃ』の意思を示すものだと信じてその解読につとめていた)をやり過ごしてから、センは開発部の資料室へ入った。


「シュレッダーロボットの写真をください」

「シュレッダーロボットはたくさんありますが、どの機種の写真をご希望ですか?」


 資料室で受付をしている汎用事務ロボットが答えた。センは一番よく導入されている機種の型番を答え、汎用事務ロボットは写真データをどっさりと引き出して社員個人用ストレージに送信した。タイルの割れ目についての解釈について考え込んでいる蛍光イエローのべたべたしたものの横を通り抜け、第四書類室に戻って送信された写真を確認したところ、『デザイン案_01』『デザイン案_02』『デザイン案_03』『デザイン案_決定』『デザイン案_決定_最終』『デザイン案_決定_最終_変更禁止』『デザイン案_決定_最終_変更禁止_今後変更した者は厳重処分』等のファイルが大量に存在しており、結局シュレッダーロボットの写真を見つけ出すことはできなかった。センはしばらく毛糸玉のゲームで遊んだ後、ペイントソフトを起動して、自分でシュレッダーロボットのイラストを描くことにした。


 しばらく記憶の中のシュレッダーロボットの姿をもとにして描いてみたものの、できたイラストはどうもあまりシュレッダーロボットらしくなかった。シュレッダーロボットのつもりで描いたのだが、全体的にはどうも崩れかけの豆腐のほうに似た出来になっている。


 センは再度第四書類室の外に出て、すこしそのあたりをうろうろした。ほどなく一体のシュレッダーロボットが見つかったので、ロボット絵本の読み聞かせを餌に第四書類室に連れ帰ってきた。


「そこでじっとしてて」

「どのくらい?」

「ほんのちょっとだから」

「ほんと? 早く本読んでね」


 素直にじっとしているシュレッダーロボットを見ながら、センは再度ペイントソフトに向かい合った。結果としては、すこし縦長になった崩れかけの豆腐が出来上がった。


 しばらく目の前の渾身の一作を見つめた後、センは社内教育プログラムを開き、その中から『イラスト作成講座――初級――』を選択した。


 しばらくセンが一番目のコース(円を描いてみよう)を見ていると、シュレッダーロボットが横にやってきた。


「本まだ?」

「ちょっと待って、今これ見てるから」

「待てないよ、早く早くー」


 シュレッダーロボットはまったく諦めず、センの周囲をぐるぐると周った。仕方なく講座を途中で止め、ロボット絵本『マッチ売りの自動販売機』を読んでやってからコースの閲覧を再開した。講座を一通り見てから再度イラスト作成を試み、何度も破棄を繰り返してからようやくなんとかシュレッダーロボットらしいと思えるものが出来上がった。


「あー、疲れた」


 センは背もたれに体重をあずけ、天井を仰ぎ見た。大変だったが、しかしどこかに達成感があった。ものを作り出した喜びと、やりとげたという思いだった。そうしているとシュレッダーロボットがポーズをとるのをやめ、こちらに寄ってきた。


「ねえねえ、何やってたの」

「これだよ」


 センは描きあげたイラストを見せてやった。シュレッダーロボットは「ふーん」とそれを眺め、「これなにに使うの」とたずねてきた。


「資料づくりにシュレッダーロボットの写真が必要だったんだけど、見つからなくって。それで自分で描くことにしたんだよ」

「へー。なんでぼくの写真を撮らなかったの?」


 センは無言のまま、しばらくシュレッダーロボットを見つめ続けた。

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