グラニテの条件-2

 もちろん特に良いアイデアは思い浮かばないまま、翌日センはいつもの通り出社した。そして朝の恒例のシュレッダーロボットの送り出しを行う前に、一応シュレッダーロボットたちに移転について意見を聞いてみることにした。もしかしたら今日のロボット占い(これは正確に言うとメロンスター社内で使われている業務用ロボットの汎用推論モデルアップデート機構なのだが、モデルのバージョンアップに伴う高機能化に追随できているのは経理部だの法務部だの経営企画室だのに配属されているような高性能ロボットで、シュレッダーロボットなどの廉価な機体については推論モデルの詳細は隠蔽され『占い』という形で提供されるようになっている。シュレッダーロボットたちはこの占いをよく当たるとしてたいへん重んじている)で『転居は吉。機会逃すべからず』と出ていたかもしれない。


「やだー」

「いきたくなーい」

「ここがいー」


 運はセンに向いていなかったようで、シュレッダーロボットたちは一様に転居断固拒否の姿勢を示した。


「どうして?」

「だって慣れてるし」

「ここに友達もたくさんいるし」

「そうそう。掃除ロボットとか焚き火監視ロボットとか」

「でも新しい場所にいけば、その分情報量も増えるよ。それにほら、こっちに残る部署もあるんだから、全員が新しい社屋に行くわけじゃなくて……」


 ロボットたちにメリットを示そうとしたところで、センははたと気がついた。全部署が移転するのではないのだから、もちろんシュレッダーロボットは現在の社屋と新社屋両方に配置する必要がある。となれば後は社員、つまりはセンがどっちにいるかという問題となるが、一人くらいこの地下室に居座ったところで全体への影響は微差なのではないか。もちろん新社屋側のシュレッダーロボットたちが新しい環境に慣れるまでなんとかする必要はあるが、それも数回出向けば済むレベルだろう。センは深い洞窟の中で外から差し込む光を見つけたような気持ちになった。


 シュレッダーロボットたちをそれぞれの受け持ちの場所へ送り出してから、センは自分の端末で資料作りに取り掛かった。前回配置した笑顔アイコンと、なんだか殺風景だなと思って飾りのために置いたパーティーをしている人々のアセットを削除し、シュレッダーロボットアイコンを探した。しかしプリインストールされているものの中には存在せず、プレゼン資料用素材集から『ロボット』というタイトルのものをダウンロードし、しかしその中にもやはりシュレッダーロボットアイコンが含まれていないことにダウンロードしてから気づき、もう一度探した結果『文書』素材集の中にシュレッダーロボットがあったのを見つけそれをダウンロードしようとしたところでこれは有料であり使用のためにはいくらいくらを支払えというメッセージが出てきたところでセンは一旦プレゼン資料作成を中断した。


 しばらく毛糸玉を転がしてゴールまで導くゲーム(これも端末にプリインストールされているもので、センは暇なときしょっちゅう遊んでいるので社内全体で四位というなかなかの高ランクを誇っている)で遊んだ後、そういえば製品資料にシュレッダーロボットの写真が載っているはずだからそれをプレゼン資料に使えばいいんだと思いつき、センは全社の共有用ファイルが置かれているフォルダを開いた。


 共有ファイルのファイル数とファイルサイズは開始時から増加することはあっても減少することはけっして無いということは今では広く知られた法則となっている。メロンスター社でも同じで、何期かに一度目当てのファイルの探しづらさに業を煮やした社員が整理を断行するが、その秩序は紙のように薄く破れやすい。何年か前のあるとき、この法則があるにしてもファイルサイズ数の増加率が異常に高いのに気づいた管理者が調査を行ったところ、奥底のフォルダに追いやられたファイル同士が生殖活動を行っていたことがあった。彼らは子供を隠しファイルにしてヒトに見つかりづらいようにしていたが、結局発見され子供ファイルは削除されファイル同士は別々のフォルダに移動させられた。ファイルたちは毎日読み込まれながら離れ離れになったことを悲しんでおり、それを哀れんだ別の管理者が一年に一度だけファイルを同じフォルダに移動させてやることにしたが、毎年一度のことで作業を忘れやすく、結局その処理を自動化しスクリプトのファイル名は実施日にちなんで『77』とした。


 このように膨大な数のファイルの中からシュレッダーロボットの製品資料を探し出すのは困難を極めた。検索すれば存在すら知らない会議の議事録だのなんだのばかりひっかかり、ほしいものが出てこない。結局センは開発部に赴き、直接資料をもらうことにした。

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