グラニテの条件

グラニテの条件-1


 センは困っていた。困惑のもとはセンの目の前に置かれたポテトドライヤーで、謳い文句は中にスライスしたポテトを入れれば迅速かつ徹底的にポテトを乾燥させ、ぱりぱりとしたノンオイルポテトチップスを作ることができるというものだった。その謳い文句に嘘がないことはセンも知っていた。一度ならず使ったことがあるのだ。それで先程誤ってびしょ濡れにしてしまった上着を入れ、乾燥ボタンを押してみた。ポテトドライヤーは迅速かつ徹底的に上着を乾燥させようとしたが、上着のほうではそれに強い抵抗を示し、ついには焼身自殺を試みた。そのため現在ポテトドライヤーは口から火を吹いているのだった。


 消火器の使い心地を試してから、センはポテトドライヤーだったものと上着だったものをゴミ捨て場に遺棄し、椅子に座り込んだ(上着は適当にクローゼットから引っ張り出してきたTシャツを代わりにした。去年の会社のパーティーで配られたもので、『もうこれなしでは生きていけない』と書かれている。この間販売終了した製品のノベルティなので、この文句が正しいのならば大勢死人が出たことだろう)。そしてひとつため息をついた。ポテトドライヤーの問題は解決したものの、このポテトドライヤー問題はそもそも上着が濡れたことに原因があり、上着が濡れた原因を作り出した問題はまだまったく解決していなかったからだ。


 センの勤務先であるメロンスター社バファロール星支社のオフィスは人員と業務内容の増加に伴い年々手狭になってきており、新しく別の場所に一部部署を移転させる話が持ち上がっていた。そしてたいていの社員はそれに賛成していた――これでカフェテリアの行列も短くなるし、出社時のエレベーターの混雑もましになる――が、その移転対象に自分の部署が含まれることについては断固として反対していた。引っ越しなんて面倒なことは他の誰かに押し付けたいとほとんどすべての社員が思っていたし、またお互いそう思っていることを知りながら口には出さないようにしていた。


 そんなわけでどの部署を移転させるかという方針策定のため、五日後に各部署への聞き取り調査が行われる手はずになっていた。第四書類室もその対象となっており、センのカレンダーにも予定がきちんと入っていた。


 他の部署の例に漏れず、センも引っ越しは絶対に遠慮したいと思っていた。一人だけならまだしも、シュレッダーロボットたちの説得にかかる時間を想像するだけで面倒だったし、今住んでいる家だって今のオフィスへの通勤を前提に借りたものだ。新社屋予定地と噂される場所への移動方法を調べてみたところ、ヒト型生命体に適した移動手段は現在のところ徒歩と水泳のみとなっていた。しかも所要時間の算出に何を用いたのか、このルートを使うためにはセンは朝三時に家を出て、マラソンと長距離水泳で地球人記録を更新しなければならない。


 しかしシュレッダーマネージャーが社内でおかれている位置を考えると、この意見が重要視される見込みはほとんどないと言ってよかった。他の部署は全力を挙げてプレゼン資料だのデモ動画だのを作り、自分たちを移転させないことがどれだけ会社の利益になるかを印象付けようとするだろうが、センが使えるのはプリインストールされているプレゼンソフトだけで、説得力のある資料を作ろうとしてもデフォルトアセットの笑顔アイコンを配置するくらいしかできなかった。上層部とのパイプとやらもないし、部署として利益をあげているわけでもなく、社員も一人しかいない。移転対象に含めるのにうってつけの部署だとセン自身も思っていた。この状況をどうにか逆転できないかと、会社が休みである今日も家で色々考えているのだが、どれも財源か政治力か暴力かが必要で、それらはどこかしらから湧いてくる見込みもない。冷たい水で顔を洗い頭をすっきりさせていいアイデアを思いつくシーンを映画でよく見ていたので試してみたが、結果はすこし焦げた壁にあらわれている。どうしたものか、とセンはベッドに寝転んだ。

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