マシュマロと偏見-6

 地下のフロアにはシュレッダーロボットたちはおらず、センはエレベーターを使って地上階へ出てみた。


「こんにちは、社員さん。今日は曇っているし特別な記念日でもないし空気の成分も平凡でことのほか素晴らしいというほどでもない気候ではありますが、上の階へ行くのはそんなときでも心躍る体験ですよね」


 上昇中エレベーターAIが話しかけてきたので、センはうんうんと生返事をした。エレベーターAIはたいてい話し好きな性格で、かつ自分のひっきりなしに上にいったり下にいったりする仕事をこの上なくすばらしいものだと思っているため、下手に相手をすると親切心からエレベーターの箱を上下に揺すぶったり十階分の高さを急に落としてみたりと斬新なエレベーター体験を提供しようとしてくるので、うまくいなすことが必要になってくる。擬似的な無重力体験を提供しようとするエレベーターAIの提案をうまく断り、五階のフロアでシュレッダーロボットを探していると、間もなく見つかった。窓際で三台ものシュレッダーロボットが、何事かをめぐって争っている。


「ぼくが上だよ」

「ぼくだよ。だってぼくのほうが製造番号が若いもの」

「ぼくのほうだよ。ぼくのほうがメモリカードが一枚多いもの」

「何をしてるの」


 また誰が色付きの紙をくだくか(今シュレッダーロボットの間では色付き紙をくだいて排出する紙ゴミをカラフルにするのがこの上なくおしゃれで今風だとされている)でもめているのかと思ったのだが、今回のトピックは違っていた。


「窓の外見たいの」


 シュレッダーロボットたちは一斉に窓を示した。やや上についていて、シュレッダーロボットたちの高さでは届かなそうである。


「だから誰が一番上に乗るかを決めてたんだけど、ちょうどいいからセンが下になって」

「なら私が代わりに見てあげるよ」

「やだあ。ヒトのスループットなんて銅線より低そうだもの」

「乗せて」

「台になって」


 こう言い出したら聞かないことをよく知っているセンは、右肩に一台、左肩に一台、頭の上に一台を乗せた。宇宙船の発進の時以上にGを感じる。


「見えるー」

「見えるー」

「わーい」

「もういい? 頭と肩がもげそう」

「あと六千ギガクロック分ー」

「もげるのみてみたい、もげてみて」

「もげたらもげっきりになるからだめ」


 何を見たがっているのか、と苦しい姿勢ながらもセンは窓の外を見やった。頭の上のシュレッダーロボットはがんばって首をもごうとしている。


 会社の敷地のすぐそばの道路は、地表が見えないほど埋まっていた。埋めているのは大多数がロボットで、その中にちらほらと人間が入り混じっている。プラカードやバルーンを掲げ、何かしらのシュプレヒコールを叫んでいるようだった。プラカードに目を凝らすと、そこには『コーヒーメーカー解放戦線』という文字が黒々と書かれている。他には『コーヒーメーカーに勝利を!』『移動の自由を勝ち取れ』『キャスターなくしてコーヒーなし』などのスローガンが書かれていた。そしてその列は徐々に前に進み、ちょうど会社の門の前で止まった。すると次々とキャスターつき(ガムテープで留められているところを見ると改造されたものと見られる)のコーヒーメーカーロボットが会社の敷地へ乱入してきて、次々とコーヒーメーカーを運び出していく。


「たのしそー」

「いいねー」

「武器を取れコーヒーメーカーよ 隊列を組め 進め 進め コーヒーかすが奴らの畑の畝を満たすまで」


 シュレッダーロボットが無線で受信したらしい隊歌を歌い出したのをしおに、センはロボットたちを床に下ろした。それと同時に、ポケットに入れている会社用端末がピーピーと音を立てた。


『事業継続計画が発動。担当者は速やかに所定の初期対応を実施してください』

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