マシュマロと偏見-3

 珍しいことにコーヒーを持って帰ってからも続きの仕事を忘れることなく、センはその日のうちに申請ページの『送信』ボタンを押すことができた。ひと仕事終えたという清々しい気持ちから、センはその日の帰り、途中で店に寄って一杯飲んでいくことにした。


 バファロール星は銀河の他の生命居住可能領域惑星と同じく、様々な星系出身の知的生命体がお互い迷惑をかけあいながらなんとかかんとか一緒に暮らしている。その中でトラブルの原因になりがちなのがアルコールを含んだ飲料だった。そのためアルコール飲料の禁止が数回試みられたが、禁止する前よりした後のほうがいっそうトラブルが多発するということがその数回でわかったため、今では穏やかな規制のみがかけられていた。禁止後に発生したトラブルの中で一番多かったのは違法アルコール飲料の流通で、一番被害がひどかったのはビールに似た味がするということで医療用液体洗剤を飲んだ人々による健康被害ならびにシャボン玉の撒き散らしだった。


 センはバーの隅でケンタウリ・モヒートを飲みながら、ぼんやりと店内の様子を眺めていた。給料日まで間近なので、この一杯より多くはオーダーできない。センはなめるようにしてその一杯を減らしていった。


「何を飲んでいるんですか」


 突然、隣に一人の客が座り、センに話しかけてきた。


「ケンタウリ・モヒートです」

「何杯目ですか」


 センはこれが一杯目であり最後であり、アルファでありオメガである旨を伝えた。


「なるほど。では次の一杯をおごりましょうか」


 センは隣の客をまじまじと眺めた。相手はアリオト星系の出身らしく、全身が毛に覆われていて、その上からロゴ入りのシャツを身に着けていた。


 センはその申し出はたいへんありがたいしまた望むところではあるが、こちらはその対価として何もするつもりはないこと、特にピザを作ってくれだの今度のホームパーティーのためになにか簡単で洒落た料理を教えてくれだのやっぱりわからないから家に来て作ってくれだのには応える気は一切ないということをことわった。


「そんなことは言いませんよ」と隣の客は笑いながら言った。「ただ、私はこの運動をしてまして」


 指されたシャツのロゴをよく見ると、そこには『コーヒーメーカー解放戦線』と書かれていた。


 コーヒーメーカーというものはもっと自由にもっと喜びにあふれた日々を過ごすべきもので、ずっと壁際に設置され、毎日毎日休みなくコーヒーばかり淹れさせられている現状は早急に解決すべきものである。コーヒーメーカーへのアンケートでは、他のロボットのようにのびのびと動き回りたいという意見が大多数を占めているのにもかかわらず、ほとんどの製造者はコーヒーメーカーにキャスターをつけることすらしない。これはコーヒーメーカーに対する虐待である、これらの悲痛な叫びを無視することは人倫にもとるものである、というのがその客(クヤクフと名乗った)の主張だった。そしてもしこの運動に賛成である旨サインしてくれたら次の一杯を奢りたいという気持ちが高まるとのことだったので、センはもちろんリストの一番下に自分の名前を書き加えた。


「運動に賛成してくださって感謝します。コーヒーメーカーたちも喜ぶでしょう。こちらで会報が見られますのでぜひ確認してみてください」


 渡されたパンフレットを、センはかばんに入れた。そしてクヤクフが立ち去るのを見届けてから、一切を過去に投げさって目の前の一杯に集中することとした。

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