憎悪プログラム
碧美安紗奈
憎悪プログラム
荒廃した街で、かつてコンビニと呼ばれた廃墟内に、ボロを纏った老若男女が身を寄せ合って震えていた。僅かで粗末な生活必需品を抱き、鳴りを静めて瓦礫の合間から周囲を警戒している。
外の地上や空を複数体うろついているのは、異形の機械たち。人間より遥かに頑強な殺人ロボット、〝アバドン〟たちだ。
遠方にいた戦車もどきのアバドン一体が、こちらに注目する。
「……まずい、探知してる。ジャミングはどうしたの!?」
それを双眼鏡で捕捉した見張りの女が小声で叫び、建物内の電波妨害装置を確認する。そいつは、電源オンを告げるランプが消え入りそうに明滅していた。
他の人員も異変を気取り、絶望を口にした。
「だめだ、もうガタがきてたか」
隠れ家に着目した戦車型アバドンはレーダーで内部に人影を見出す。変形して、体内に収納してある様々な武器を外部に露出させた。
「タイプ『
弾かれたように、そこにいた人員のおよそ半数。五〇人ほどの男らが、僅かな荷物を担いで外へと逃げだす。
戦車型アバドンは建物内に残った女には目もくれず、走り去る男たちの方へとキャタピラの足で進みだした。同時に、銃火器から火を噴く。このタイプは、男だけを殺すのだ。
何人かの男が弾に貫かれて倒れたが、直後に先ほどの隠れ家から女たちが擲弾発射器をいくつも放つ。
それにより、戦車型アバドンも大破した。
だが、騒ぎを感知した別の戦闘機型アバドンが今度は上空から男たちに迫った。
ちらとそいつを確認した、仲間うちで一人だけハーフの男は言った。
「『第三帝国』型だ、おまえらは先に行け!」
彼は一人逃げ道を変える。
「おい、だめだ」別の方向に走りながらも、仲間たちは案じた。「そっちじゃ障害物が多い!」
崩れた歩道橋を越えようとしたハーフの男に、第三帝国アバドンは容赦なくミサイルを撃ち込む。奴の狙いは、特定の人種なのだ。
――爆発。
もっとも、仲間の死に茫然とする暇もなかった。
今度は、特定の文化を愛好する者を狙う『
各アバドンに狙われる者たちが、通りかかった十字路をそれぞれ別々の方向に分かれて走り、他の者たちを巻き込まないように戦いつつ逃げる。
さらに潰走する男たちへは間髪を容れずに、様々なアバドンが襲ってきた。
奴らは各々が多種多様な一部の心身の特徴を持つ者だけを探知し、嫌悪し、狙ってくる。そして破壊力が大きい攻撃は、近くにいる人間も巻き添えにする。
瞬く間に十人ほどに減った男たちの前に、新たなアバドンの足音が地下から響いた。
傍らの廃車を吹き飛ばし、先端にドリルを備えた巨大な芋虫のようなロボットが地中より顔を出す。
「……おまえは生き延びろ」
老人が、十代前半ほどの少年へ自分の僅かな荷物を託して囁く。
「こいつは『T幕張』型だ。奴が子供と判断するのはおまえしかいない」
そう、一人を除いてもうそこにいたのは全員大人。T幕張タイプは大人だけを殺すのだ。
大人たちは覚悟を決め、軽微な銃火器や鉄パイプなどの武装で芋虫アバドンと対峙した。
「そんな」少年は狼狽えた。「嫌だよ、みんなを置いてくなんて!!」
「バカ野郎、巻き込まれるぞ!」
大人たちが叱責する。
「こんな鉄屑はおれたちでぶっ壊せる! おまえはいざというときの合流地点に急げ、女たちもあとから来るはずだ!!」
「わしらの覚悟を無駄にするな!」
その言葉で、少年ははっとして一歩後退る。
大人たちが銃弾を撃ち、鈍器などで殴り掛かる喊声をきっかけに、ついに背を向けて走りだした。
――どうしてこんなことになったのか。
道なき道を縫って、少年は泣きながら愚かな人類史を回顧した。
彼が生まれたときには世界はもうこうなっていた。だが、探索すると瓦礫に埋もれた過去の遺産などが出土することもあって、少年はそれを楽しむのが趣味だった。
なかでも、物語は彼をわくわくさせた。といっても、往時に栄えた高度な記録メディアを動かせる装置が希少な今では、ほとんど本などの残骸しか読めなかったが。
そんな作品の中には、
けれども、現実は違った。
あるとき、容易に改造でき命令を下せるロボットの開発技術が発明されたが、彼らは人類に反抗したわけではない。むしろ逆だ。現状は、人の命令に忠実に従ったためである。
人類への嫌悪をそうしたロボットにプログラムしたのは、人自身だ。それも、あらゆる多くの人間たちだ。
今人類を攻撃しているロボットたちは、むしろたいした知能も身に着けていない。彼らにある感情は、特定の人間への憎悪程度。その理由が何なのかさえ自覚していない、せいぜい弱いAIだ。あるいは、それをプログラムした人間の嫌悪感も薄っぺらかったせいかもしれない。
嫌う相手を傷つけられるならなんでもいい。そうやって、人が敵視する別人への攻撃を許可したのがきっかけだった。
例えば戦争で使われればこうだ。敵対する人間同士が互いに相手を嫌い攻撃するようロボットに命じる。
法に従って犯罪者を攻撃するようプログラムされたロボットもいれば、法律は世界各国で異なるので、他国では問題のない人もその敵として認識された。もちろん無法者も、自分に都合の悪い人間を嫌うプログラムをした。
やがて、およそありとあらゆる特徴を持つ人間が、己の嫌悪する他者を攻撃するようロボットに命じだした。
いつしかこうしたロボットたちは、ヨハネの黙示録で終末に人々を苦しめる怪物〝アバドン〟と総称されるようになった。
まもなく、他国の人間を憎む軍部のアバドン同士が世界各地で核ミサイルを撃ち合い、人類はほぼ絶滅した。結果、頑丈なアバドンだけが大量に残った。
生き残った人々は、連中がどんな人間を殺すのか観察して、どうにか対処する方法を細々と学びつつ必死で逃げ延びるのが精いっぱいだ。
「……見ツケタゾ」
横倒しのビル内部に隠れようとしたところで、少年は反対側の割れた窓から先に侵入していた存在から見下ろされ、声を掛けられた。
アバドンだ。大人の背丈を超えるほどある、金属でできた人型の『華氏451』タイプ。
硬直する少年は、そいつがどんな人間を攻撃するかをよく知っていた。
「我ニ命令を下シタ者ハ読書ヲ嫌ッタ、文章ヲ読ム人間モダ。脳内ヲスキャンシタ結果、読書家ト判断シタ。ヨッテ、オマエヲ処刑スル」
最終的にはそんな単純な理由だ。
かつて人々は、普段現実では隠している嫌悪感をあらゆる情報メディアを通してはぶちまけ、その向こうにいる他者を傷つけていたという。新聞、ラジオ、テレビ、ネット……、間にワンクッションを挟んで、他者の痛みに鈍感になって。
それらの進化の果てに、嫌いな相手への暴力性という行動までをも、ロボットという道具に代弁させるようになっただけだ。
振り上げられた華氏451の刃物に変形した機械腕が迫る中。断片的に学んだ歴史を回顧して、少年は考えた。
アバドンは、タガが外れた人間だ。と。
憎悪プログラム 碧美安紗奈 @aoasa
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