応援コメント

テレビ放映戦国大名総選挙その44 武田信玄」への応援コメント

  • また読ませて戴きます✨🤗✨✨✨

    作者からの返信

    オズ研究所 《《#横須賀ストーリー紅白様変わらぬご愛読いつもありがとうございます。<(_ _)>😊
    本当に励まされます。
    次回のお話もどうぞよろしくお願いします。🌟😄✨🎶🎵

  • 信玄の晩年…徳川領に攻め込んだ時期、実は武田信玄は
    もの凄く追い詰められていたというのが近年の研究です。
    というのも、当時の工業、商業、貿易や物流の拠点…
    こういう場所は全て織田方が押さえていたのですね。

    武田領内やその同盟国で作られる物資だけでは
    武田は成り立たたないのに、上記の重要拠点を全て
    押さえている織田を敵に回すというのは、
    殆ど自滅行為に近かった…。

    特に鉄砲の玉薬…原料となる硝石は当時殆ど輸入でしたし、
    鉛玉も貿易品目です。鉄砲は武田領内では生産されて
    いません。また商売や貿易、物流から得られる税収も
    織田に比べて極めて貧弱…。信玄は元亀3年秋の最後の
    出陣前に領民に猛烈な重税を掛け、それこそ未亡人に
    対してすら徹底的な取り立てをしたそうですが、
    それでも軍資金が足らなかったという記録が甲陽軍鑑に
    出て来ます。信玄は戦術家としては優れていますが、
    こう見ると戦略的にはダメダメですね…。

    作者からの返信

    白狐姫と白狐隊様いつもとても勉強になるお話をありがとうございます。
    <(_ _)>😊

    歴史とは何かを考えた時、私達現代人は現代に伝わった歴史を見ることになります。

    それは時代と共に変わります。
    例えば、明智光秀は長きにわたり裏切り者としてネガティブな評価でしたが近年それは変わりました。

    私が嫌いな王莽でさえ、中国の方に教えてもらったのですが近年再評価が進んでいるとのことです。

    いずれ指摘されると思いますが、私のダントツの一押しの島津も恐らく将来評価される時が来た時同時に重税や苛政の話が取り上げられると思います。

    この一連の話をするときに決めた方針として、批判的な表現をしないようにしました。
    もちろんご指摘の点を含めマイナスな点も私なりに見えていましたがそれも表現を工夫することで弱くしたり、よく見えるようにしました。

    多分、読み返していただくと京都人的な表現がいくつかあるかと(笑)
    こうした近年の研究も含め武田信玄が道徳的、道義的にも、また国主としても色々ありながら現代まで高く評価されている、これもまた歴史の一面の真理かと思います。

    また、この小説全体が実は歴史を作るための道具の一部にしたいという目的もあり、そのためにどうしたらよいか模索している面もあります。
    簡単に言えばまず沢山の人に見てもらい、応援と拡散してもらった上で上記の指摘も含め議論を活発化させ、結果として日本人が一人でも多くより正確な、そして将来役に立つ歴史認識を持ってほしいと考えています。

    最近、服部卓四郎という人物の人間性や考えではなく、人を説得するテクニックに感銘を受けそれに倣うようにしています。
    柔よく剛を制す、そうして目的を達成できればと思っています。

    ゆえに時には私の知識と違うことを肯定的に表現したり、あえて私自身の考えと違う考えを表に出すこともテクニックとして書いています。

    目的は多くの人に歴史とその重要性を知って活用してもらうことなので、あらゆる人に対応しながらも主眼は歴史をあまり知らない多数の方向けのお話になるという点をご理解いただけると嬉しいです。😊

  • 信玄は朝倉には、相当怒っていたと史実に残っていますものね。
    肝心なときに地元へ戻ってしまったので、あれがなければ、信長も危うかったかもしれません。

    作者からの返信

    アメリッシュ様為になるコメントありがとうございます。<(_ _)>😊

    武田信玄は真面目で頭がいいのですが、それは裏を返すと自分と立場の違う人間を理解できないという弱点になります。

    孫子などの謀略系の外交は得意ですが、それはあくまで自分に利があって相手をうまく利用するという本音があります。

    私は最近つくづく思いますが、外交は勝過ぎても負けすぎてもいけないものだと。

    それと、ある考察をニコニコ動画などで拝見したのですが、朝倉は雪の影響で戦争にかなりの制約があったそうで、朝倉の怠慢ではなく補給などの観点から選択肢がなかったという話もあるみたいです。

    いずれにせよ、優秀な信玄公もこうした分野ではあまり理解がなかったというのは事実のようで彼の限界を垣間見た気がしました。