応援コメント

保守の島津、革新の島津その1」への応援コメント

  • 確かに島津の目標は保守的でしたね!薩摩、大隅、日向の統一が、そして自国の繁栄が目的ですものね(^^)
    島津忠久から4.5代目までは何とかわかるのですが、その先は全然詳しくないので、勉強になります😊👋

    作者からの返信

    @momoyo-oki様ご愛読ありがとうございます。<(_ _)>😊

    正直戦国と幕末で私の島津知識は9割埋まるので(笑)初代から4.5代はほとんど知らず、モモノキ様の足元にも及ばないかも。😅

    最近の島津書である「不屈の両殿」を見ても日向までの制圧に対する熱とそれ以降の大友領や竜造寺領に対する義久のやる気は明らかにトーンが違います。
    むしろ、国人衆に頼られて成り行きみたいな感じですね。😊

    もちろん戦後日本のような平和主義かと言われれば流石に武士なのでそれはないですけどね。🍀😆

  • また読ませて戴きます✨🤗✨✨✨

    作者からの返信

    オズ研究所 《《#横須賀ストーリー紅白様早朝からのご愛読ありがとうございます。<(_ _)>😊

    次のお話もどうぞよろしくお願いします。✨😆✨🎵🍀

  • 焼き魚の例えわかりやすいですし、私もそう思います。
    生の部分を感情的に排除するのではなく、知的な捕食者として
    毒だけ見抜けばいいのだと思います。

    作者からの返信

    星都ハナス様コメントありがとうございます。
    ここからの話、いずれ書こうと思うのですが、幕末に吉田松陰や佐久間象山といった改革者が登場しますが、薩摩ではそうした著名な学者が登場しません。

    にも拘わらず彼らの思想や行動と連携できたのはこの革新的島津の思考パターンがすでに備わっていたからではないかと思います。
    和魂洋才といいますが、日新斎の教えを「日学」と表現したのは実に見事な歴史のめぐりあわせだと思いました。

    (なお日学の日がどういう意味かはわたしも知りません。日本なのか日新斎からなのかそれとも他の何かなのか?でもいいネーミングだと思います。)