第217話 北条得宗家といろはの「し」

舌だにも 歯の強(こわ)きをば 知るものを 人は心の なからましやは


現代語訳

よく噛(か)んで食べる。しかし舌を噛むことは滅多にありません。

舌でさえ歯の固いことはよく知っています。

まして人においてはなおさらのことです。

人の心を察し、その心の動きを感知して用心することです。


北条得宗家、鎌倉時代に権勢を振るった北条家の中でも特にトップとして君臨した人々をさしてこのような名称がつきました。

鎌倉時代の初代執権北条時政から9代の高時までの間、この家は事実上日本を支配する家柄でした。


ちなみに源頼朝からはじまった源氏将軍はわずか3代で滅亡します。

他にも三浦家や安達家といった北条氏と同じような立場にあった御家人たちも権力闘争により滅亡していきました。


そのような中で北条家が生き残った理由はいくつかありますが、その中に「用心深さ」があったのは大きな要素だったと考えられます。

北条家は自分達が幕府で主要な立場を占めていることをよく理解していました。


なので、自分達の意に反する将軍がいればすぐに干渉して、自分達の災厄の目を早めに摘み取っていました。

その一方で目立ちすぎて御家人たちの反感を招かないようにあくまで幕府の一員であることは超えないようにしていました。


後の豊臣秀吉のように朝廷の権威やなわばりに過度に干渉せず、北条家の官職も決して高くしないように注意をして、周りの反感を買わないように用心しました。

ここまでしても、なお北条家に反感を持っていた勢力に対しては幕府の要人としての立場と力を用いてその勢力をおさえました。


それでも抑えきれない強い御家人(三浦氏や安達氏など)に対しては一族が彼らの先手をとって武力制圧をして敵対する一族を壊滅させるという念の入れようでした。

もちろん、こうしたことを速やかにしかも日常から行えたのは北条氏の情報収集力が優れていたからというのは想像に難しくありません。


さて、以前北条高時という人物についていろは歌で扱いました。

心を闘犬などの趣味によって奪われた人物として紹介しましたが、実はそうなる前に一つドラマがありました。


それはこの北条得宗家が終焉を迎えた原因であり、今回のいろは歌のアドバイスを生かせなかった事例でしたのでここで紹介します。

北条得宗家が権力を他の勢力に渡さない姿勢は徹底していましたが、この高時の時代にその権力が奪われることになりました。


奪ったのは、ライバル御家人ではなく、内管領(ないかんれい)と呼ばれる北条家のいわば執事のような存在であった長崎一族でした。

一度は北条高時もさすがにまずいと思い、手段を講じたらしいですがもはや手後れな状態でした。


こうして彼は政治に関心を持たなくなり、娯楽に心を奪われ政治をないがしろにして滅んでいきました。

もちろん、奸臣あるいは北条に寄生したかのようにその実権を奪った長崎一族も一緒に滅んでいきました。


鎌倉時代は武士の時代であり、ある意味現代では考えられない壮絶な権力闘争があったと思われます。

そのような激動の時代にあって北条得宗家は細心の注意を払って政敵たちの心を観察し、未然に危険を払いのけてきました。


そして、その最後が身内の心を見抜けないことで権力を奪われるというのは何とも皮肉な感じがします。

私達も人の心の動きに気を配り、十分な用心を行うことで災いを防ぐことが出来ればいいですね。


次は、第二次大戦のヨーロッパの暗号戦についてお伝えしたいと思います。









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