また読ませて戴きます✨🤗✨✨
作者からの返信
オズ研究所 《《#横須賀ストーリー紅白様いつもごあいどくありがとうございます。<(_ _)>😊
次もお楽しみにお読みいただけたらうれしいです。✨😄🌟🌟🌟
気になっている事があります。
戦いのあとの沢山の亡骸はどのように扱い、どのように誰がまつられたのか。
敵、味方別々だとおもいますが、敵の滅ぼされた方々はどうなるのか? 近くに住む方々が葬ってくれるのでしょうか? すみませんちょっと気になっていたので……また読ませて頂いて、そっと帰り、また参りますm(_ _)m
作者からの返信
akasarasa様コメントありがとうございます。私も門外漢なので知りうる範囲の話をしますが、専門家ではないので違う可能性が高いことを念頭に置いて聞いてください。
島津が関わったある大規模戦闘では戦死者が多すぎたため埋葬できなかったという記録があります。
これは、埋葬できないという事実を述べるとともに、可能ならしていたことを示唆しています。
また朝鮮での戦いの際戦功報告のため耳を削ぐという行為があった一方、弔いのため敵のための塚を作ったという記録もあります。
埋葬の際近隣の村人を徴用したかは分かりませんが、少なくとも敵将や兵士に対して尊敬の念を抱いたり、敵の最後を見て島津将兵が泣いたという記録もあるので、その亡骸を粗略には扱わなかったとは思います。
ただ、日新斎の言葉によるとお経をあげても上げなくてもよいというのは埋葬についても過度の負担をかけたくないという思いもあったのかなとは想像しています。
それと他のいろは歌を見ると輪廻転生について度々触れているので、遺体を粗略に扱うのはその思考からもご法度だったのではと思います。
私個人としてはこのいろは歌通り敵味方区別なく供養したのではと理解していますが、それを裏付ける資料は提示できません。
わたしも無知で資料も少ないため明確なお答えが出来ずすいません。
もし、知る機会がありましたら包み隠さずお話したいと思います。
今後も本作をよろしくお願いします。
応援コメントありがとうございました。
訪問させていただきました。
これほどの大作、正直もったいない、と思いました。
御作品を何話か最初より拝見し、
一話の長さが私好みに長い
内容が有る
など、いいなと思ったのですが、
以下、気に触ったら無視してください。
改行、スペース行、が無いのが「読む者にとってかなり厳しい状況を作り出している」のでありまして、、
では、どこかで誰かがそれに言及しているのではないか?と最新話を見たらすっきり!
とても読みやすい!!
面倒くさいとは思うでしょうが、
一話目から改行、スペース行を入れるだけでいいから変えていったら、
かなり読む方がおおくなるのではないかな?
なとど思いました。
勝手な言い草でしたが、もしご参考になりましたら。
で、役に立てたら嬉しいです。
作者からの返信
とても参考になるアドバイスありがとうございます。
私自身、ど素人でこの作品が初投稿、しかもweb小説も初参加ということで、コツというのをほとんど理解していません。
以前から、幾人かの方からアドバイスをいただき、改行、スペースを入れていたのですが、おっしゃる通り初めのお話では長文の見ずらい文になっています。
これから少しづつ、改良をしたいと思います。
最後にとても参考になりました。
本当にためになるアドバイスをいただきとても感謝しています。
ありがとうございます。
荒ぶった心を沈めるために、確かにそうだったと思います。
あらためて戦国時代について考えました。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
戦国時代は混乱の時代であり、現代の価値基準ではありえないことも頻繁にあったと思います。
あまり、過激なことを書くと読者様を驚かせてしまうので、その点を注意しつつ、しかし歴史の一面は知ってもらうという姿勢で書いています。
戦国時代を題材にされた方であれば、通じる悩みかと思います。
ありがとうございます。
死者を弔うのは気持ちがあれば十分だと思いますね。
簡素な弔い方であろうと、そこに故人を偲ぶ大きな気持ちがあれば良い。
逆にどれだけ盛大なお葬式を挙げても、故人を偲ぶ気持ちがそこになければ、
まったく意味がないと思います。
亡くなった人を悼み、思い出を大切にし、涙する…。
それが故人への最大の敬意だと思います。
作者からの返信
あっちゅまん様コメントありがとうございます。<(_ _)>😊
また長編である本作に長い間お付き合いいただいていることもこの場を借りて感謝したいと思います。
敵味方の区別なく弔うのは気持ちとは別に負担という点でも大変だったと思います。
それゆえ、僧であると同時に歴戦の将でもあった日新斎はあらゆる人に適用できる言葉を残したのだと思います。
戦国時代は殺し合いの時代でしたが、それでも人の気持ちというものがあってこの教えは心のこもった死者に対する敬意を大事にするのが要点だったのかもしれませんね。😊🍀