第166話 徽宗と芸術といろはの「ぬ」

徽宗とは今から約900年前の中国、北宋という国の皇帝です。

水滸伝をご存じの方であればなじみがあると思います。

彼もまた良心を盗まれた人物です。

彼は芸術、とりわけ花石綱という石に心を奪われました。


彼はこの巨大な石をコレクションするために、運河は掘るは、輸送先の家々は壊すは重税を課すはとやりたい放題でした。


実は彼は皇帝になりたての頃はまともな政治をしようとしていたそうです。

ですが、嫌気がさして政治を放り投げ、しかも自分の趣味のためには税を高くするというどうしようもない人物でした。


どちらが先か分かりませんが、彼の徴用した佞臣は質の悪い官僚であるとともに芸術にはうるさいタイプを揃えたそうです。

前に紹介した北条高時ももしかしたら芸術家やその手に詳しい官僚を優遇したかもしれませんね。


さて、話を戻しますがこのような悪政を敷いたため、各地で反乱が起き(水滸伝の元ネタ)北宋は内政も軍事も弱り切ってしまいました。

ちょうどその時、北方で「金」という国と「遼」という国が争っていて、北宋は最初金と同盟しますが、後に遼と手を結び金を怒らせます。


その結果、北宋は金によって都を占領され、徽宗は捕らえられてしまいます。

彼の集めた芸術品も石も役には立ちませんでした。


彼自身はなんとか命だけは全うしたようですが、彼の臣下たちはことごとく処刑され、彼の周りにいた女性たちは金によってむごい目にあわされ、自殺する者もいました。


場所は日本と中国、時代も違いますが北条高時と徽宗はとてもよく似た人生を送り、その結末も悲惨という点では同じようなものでした。

私たちも美術や芸術に心奪われるようなことがあるかもしれませんが、あまりに奪われすぎて「心を盗まれること」がないよう気を付けたいものですね。


今の日本でもコロナの影響が騒がれている時期にとある芸能関係者が「自分たちはその辺の労働者と違って特別な存在だから国はそうした特別な者たちに援助をするのは義務である」といった発言を耳にしました。


もし、為政者がコロナによる庶民の重圧感を無視して、こうした芸能関係者を優遇するようなことがあれば、ぜひ北条高時や徽宗、そして島津いろは歌の「ぬ」を思いだしてほしいものです。


後で扱いますが、島津いろは歌は文武は車輪の両端に例えていますので決して芸術を軽視してはいません。

ですが、優先順位を間違えたり、物事の軽重を誤ると致命的な失敗をすると警告しています。


心を奪う盗人に大切な未来を盗ませないようにしたいものですね。

さて、芸術ばかりに焦点を当てましたが次は三国志の少し後の時代、「晋」の司馬衷から心を奪われた暗君について考えてみることにしましょう。





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