Epilogue

「時子さんには負けたよ。これでも逢に初めて会った時から私なりに必死に考えたんだ。ゲームなんてものを使ったのは悪趣味で、許されることではないということも分かっていた。けれどね、私には分からなかったんだ。逢をどう幸せにすればいいのか。結局、こんな手段しか思い浮かばなかった。たまたま誘われた適当に参加していただけだった『推理ゲーム』を利用することしかね」

「それがあなたと時子さんの違いですよ。あなたは優秀すぎた。だから誰かに頼ることも、与えられることもしなかった。それは決して不幸なことでも悪いことでもないと思います。僕も意地を張って頼ることをせず、与えられたものも突っぱねて来ましたから。皇さんの言う通り、僕が子供なんです――それに皇さんは真実に辿り着く為のヒントを残してくれた」

 船が徐々に島から離れていく。屋敷にあの三人と亞傘さんを残して。

「……私は賭けたんだよ。御伽君と。私の作ったシナリオを君たちが壊してくれるのか、私なんかでは思いつきもしない方法で逢を救ってくれる人間が現れるのかどうか、賭けたんだ。結果は御伽君の勝ちだった」

「御伽さんの一人勝ちですね」

 賭博師というのは伊達ではなかった、ということか。

「――要するに助手クンが馬鹿なガキなら、真紀さんは無知な子供だったってことだね」

「……他人に言われるのは少し癪ですね」

「君に子ども扱いされるのは心外だな」

「うわ、ひっどい」

 爽やかに笑いながら、佐藤さんが僕らの間に入ってくる。

「うげえ……完全に酔ったぜえ……」

 その後ろではさっきから御伽さんが綺麗な海を汚していた。

「佐藤さんたちは分かってたんじゃないですか? どうすればいいのか」

「さて、何の事だか。それにもしそうだとしても、珍しく真紀さんが俺を頼って来たら協力するって――あ、なんだ、真紀さん俺たちに頼ってんじゃん!」

「頼ったわけじゃない。単なる数合わせに使っただけだよ。御伽君に関しても同じだ」

「うわ、ひっどい」

「うえっ……」

 彼らが見せた異常性は多かれ少なかれ、確かに彼らが持っているものだ。それに折り合いをつけられない人間が、本当の殺人者になるのだろう。

「そういえば、正直未だに明月さんを死んでいるように見せかけたトリックが分からないんですが。逢の時は僕も動揺していましたし、死んでいることを疑いもしなかったので気付きませんでしたけど、明月さんのあれは今思い出してみても、本当に死んでいるようにしか見えないんですが」

「……いや、それが正直俺も知りたい。あの時言ったことは本心だよ? 真に迫ってるなあ、って」

「私も言ったはずだよ。くるみさんには油断も隙もない、只者じゃないと。君に気付かれないように佐藤君や御伽君には君が動くのを見計らって二人の部屋の前についていてもらったが、くるみさんに限っては必要がなかったのかもしれないね」

「……」

 僕が動揺していただけではなかったようだ。本当、何者なんだろうか、あの人は。

「……流石メイド?」

 そして僕の傍で小首を傾げるこの人も何者なんだろうか。

「夏葵さんも数合わせ、ですか?」

「いや、彼女は――」

 皇さんが見ると、夏葵さんは小さく頷いた。

「――彼女は自分から参加したいと言ってきたんだ。私から計画のことは言っていない」

「……いつもと違かった、から、変だと思って」

「鎌を掛けられてしまってね」

「……ぶい」

 掛け声を若干変えてピース。

「参加した理由は――彼女から聞いた方が良いだろうな」

「……羽都、覚え、てる?」

「……? 何をですか?」

 呼び捨てで良いと言われたことだろうか。変える予定は今のところない。

「……小学校、四年生の時だけ、同じだった」

「え……」

 記憶を探る……が、思い出せない。残念ながらクラスメイトの顔もろくに覚えていない。

「……クラスも、違かったから、仕方ない」

「そう、ですか。でも良く覚えていましたね。僕は影が薄い方だったと思うんですが」

 初期の頃は悪目立ちしていた自覚はある。けれどその頃はもう物静かで、居ても居なくても同じような存在だったのだが。

「……私、記憶力、いいから」

 だとしても驚きだ。初めに渡されたルールをろくに見ずに記憶していたのは事前に知っていたからだと思っていたのに。

「夏葵くんは所謂完全記憶能力、というものを持っているんだ」

「……えへん」

 つまりゲームに参加するようになった理由を覚えていない、というのは嘘か。そうだろうとは思っていたが、完全記憶能力なんて本当に存在して、それを持っていたとは。

「……でも、たまに、自信が、なくなる。だから羽都が、私の事を覚えているか、知りたかった」

 それは完全記憶能力の弊害、のようなものなんだろうか?

「けれど夏葵くんの能力は本物だ。私も円周率の二千桁目なんて初めて知ったからね」

「……覚えてても、実感が、湧かないから」

「……妹も。僕の妹も同じ学年に居ましたから、覚えているか訊いてみます」

 気のりはしないけれど。僕も少しだけ、望月さんみたく兄らしくしてみようと思ったから。

「……あり、がとう」

「うげええ……」

「……ふう。御伽君、酔い止めの薬だ」

「おーう……」

 空気の読めない御伽さんに皇さんが薬の瓶を投げ渡す。

「時子さんにも渡してあげてくれ。船酔いと血に弱い時子さんにね」

 皇さんは予め抜き取っておいた酔い止めを僕に握らせ、佐藤さんが僕の背中を押した。夏葵さんが僕に手を振る。

「……いってらっしゃい」

「――はい」




 背中を押されるまま、僕は酔い止めの薬と水を時子さんに差し出す。

「……ああ、ありがとう……」

 海を汚してはいなかったが、船に乗って早々これでは心配だ。

「……ふう」

「楽になりましたか?」

「……薬を飲んだからといって、こんなすぐに効くはずがないだろう」

「そうですね」

 行きとは違う答えに苦笑する。

「――少し、笑い方が自然になったね」

「……そうですか?」

 意識なんて普段からしていない。ならそれが自然ということではないか、と思わないでもないが、時子さんがやけに嬉しそうなので野暮はやめておく。

「ああ。妹嫌いも治ったようだし、君も今回の依頼で成長したようだ。それだけで請けた甲斐があったというものだ」

 治ったわけではない、と思う。そして嫌いじゃありません。苦手なだけです。

「来月も乗り切れそうですしね」

「……そうだね」

 僕の給料も期待できそうだ。僕にとってはそれだけで十分、請けた甲斐がある。

「事務所に戻ったら何をしようか?」

「睦月さんの家の猫がまた逃げているかもしれませんから、それの捜索でしょうか」

 船が島からどんどんと遠退き、僕たちの日常が近づいてくる。

「でもその前に本屋に行かないといけませんね」

「……?」

「辞書、プレゼントする約束でしたから」

「……なら私はメイド服が売っている店を探さないといけないな」

「料金の代わりに一着いただいてくればよかった」などと冗談か本気か分からない声で呟いた。

「けどとりあえず――お疲れ様、荘司くん」

「お疲れ様です、所長」


 ゲームは終わり、そうして彼女たちの現実も始まっていく。

 苦手だけど嫌いではない僕は口にはしないけど、せめて願っておこう。

 彼女たち家族が幸せでありますように、と。

 それに口にすると素直じゃない、と笑われてしまいそうだから。

 こうして僕たちの現実も続いていく。

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時宮時子の探偵事務所 ~孤島という隔絶空間にて行われた遊戯を彼らはどう攻略したのか~ 詩野 @uta50

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