case1. 許されたい女(5)

 そろそろお開きにしようと思い、私はメモ帳やらペンやらを片付けるためバッグに手を伸ばした。ぼんやりと一連の話を反芻していると、私の頭の中に「逆恨み」という言葉が浮かんできた。

 そうだ、むしろ、これらの男性たちの側が冴子さんを逆恨みすることだってあったかもしれない。なのに、冴子さんの方が、されてもいない逆恨みを自ら恐れていたということか。


 そんなことを思いながら視線を正面に戻すと、まださっきの言葉のしっぽがそこに残ってるとでもいうように、冴子さんがテーブルの一点を見つめてじっとしていた。もっと話したいことがあるのだろうかと訝っていると、突然、口を開いた。


「あの、村下さん。実は私、さっきからちょっと動揺してて」

「動揺?」

「村下さん、『復讐』って言ったでしょ? それで……」

「あぁ、すみません、インパクト強過ぎましたかね?」


 またしても真意をはかりかねて、先ほどまでのやり取りに素早く思いを巡らしながら言葉を継いだ。

「『復讐』って言ったのは、麻美さんが、ということであって、冴子さんのことじゃありませんよ?」

「えぇ、わかってます。ただ、『復讐』って聞いてから、なんだかモヤモヤしたものが湧いてきて」


 今日はよく話の行方を見失うなと苦笑しながら、私は話の先を促すように首を少し傾げた。

「私も今まで、恋愛で何度かつらいことがあったけど、『復讐』って言葉を聞いて、自分だったらそこまでのことに発展するかなぁなんて思って。そしたらいきなり、本当にいきなり思い出して、あれ? これってもしかして私が復讐したみたいなこと? って……」

「ちょっと待って」と私は話を遮った。「どうして冴子さんが?」

「だから、思い出したんですよ。私、本当は誠二くんのことも、その離婚した同僚男性のことも、好きだってハッキリ意識したことがあったんです。でも、その時にはどっちも彼女や奥さんがいたから、すぐに当たり前に気持ちを封印して、男女を超えて仲の良い友だちみたいな関係をずっと続けてきて、そんなに嫉妬を感じたような記憶もなくて。いつの間にか、自分の中でもなかったことみたいに忘れてたんですけど」


 やっと話を理解して、今度は私の方が寒気がしてしまった。

 自覚してすぐに秘するしかなかった冴子さんの恋心は、男性たちがその後も冴子さんとは別の場所でやっていたことに嫉妬し、潜在意識レベルで復讐へ走らせるほど屈折したものだったのだろうか。いや、復讐は言い過ぎにしても、何らかの代償を彼らに払わせるように、それが無意識に作用したとでもいうのだろうか。


「まさか! 考え過ぎですよ。話としては面白いですけど、そんなことありませんって」

 自分にも言い聞かせるように、私は不自然なくらいテンションを上げて言った。

「あはは、そうですよね。ただ、思い出したとたん、いろんなことが自分の中で稲妻が走るみたいにつながっちゃって、ゾッとしちゃったので。まあ、でも、忘れてたくらいだから……うん、違う、違いますよね」


 吹っ切るようにそこまで言うと、冴子さんも荷物をまとめ始めた。そして、最後には晴れやかな様子で帰っていった。


***


 後日、作家先生はこのネタをボツにした。

 いかなる場合も理由は訊かないことになっている。選ぶも選ばないも先生の自由だし、おもしろいネタだったとしても、その時の先生に響かなければそれで終わりだ。運やタイミングの問題でもある。


 ボツになったこのネタを、私はcase1としてまとめ、保存名をこうした。


「許されたい女」。


 冴子さんが最後の最後に思い出したこと。

 それを大前提に持ってくると、彼女がずっと気に病み、否定したがっていた「トラブルメーカー」のようなものとして彼女自身の潜在意識が働いた、ということもありえるのかもしれない。

 が、誰の仕業であれ、何の作用であれ、潜在意識レベルのことだったならば、もはや因果を人知で判断することはできない。


 どっちにしても、冴子さんは宙ぶらりんの「ごめんなさい」を終わらせたかったということだ。さらには、自分のせいかもしれないという疑念自体を否定してほしかったのだ。

 

 ——タネをまいたのは男たちだった。

 そして、そこからお互いがひょんな巡り合わせにハマってしまっただけ。

 そういうことで一件落着にしてあげたいと思う。


 こうして、記念すべき第一号が無事に昇華され(たと願いたい)、私のパソコンに永久保存された。

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